Fate/gold knight 12

「それじゃあ、いただきます」
『いただきます』
 美綴も無事……とは言い切れないけれど見つかったことでみんな一安心したようで、いつもの通り、俺の一言から朝食が始まった。本日の食事当番にもここだけは譲らせない、というか何というか。どうも、親父が死んでから五年間ですっかり習慣として染みついてしまったらしい。今更直す気はないけどな。さて、まずは味噌汁を一口。
「……む」
 あー、やっぱり。きっちり出汁取ってるな、これ。
 アーチャーの腕を再確認してしまった。確実に俺よりうまいのは悔しいけれど認めよう。こんちくしょう、俺の立場がどんどん悪くなっていくじゃないか。
「ふむふむ……うむ、良い味だ。味噌汁のお代わりを所望する」
「はむはむふむふむ……はむはむはむはむ」
 弓ねえもセイバーも、幸せそうに頬張っている。セイバーなんか三人分だぞ、あれ。ええい赤いおさんどんめ、頑張って修行してお前よりうまくなってみせるからな。セイバーたちはともかく弓ねえ専属シェフの座は渡さない。
「ふむ。実に美味であった。士郎も修行して、この域にまで達して欲しいものだな」
 姉上が食後のお茶をすすりながら、満足げに言ってくる。当然だと少しむくれながら食器片付けに入る……やっぱりアーチャーと二人がかりでだけど。これがまたスムーズに進むんだよなあ。本気でこいつ、俺の前世だったりしたらどうしよう。
「……む?」
 ほぼ片付いたところで、弓ねえの奇妙な声。何だろう、と視線をやってみると、ひしゃげた時計を手にしている。ああそうだ、遠坂に見せろってアーチャーに言われてたんだっけ。食卓にはなかったから、多分アーチャーのやつ朝食の準備前に片付けてたんだな。
「士郎、これはどうした?」
「ああ、それか。……アーチャーがさ、遠坂に見せろって」
「そうなのか?」
「わたしが何よ……ん?」
 きょとんとして、俺と姉上のやりとりを見ていた遠坂の視線が、弓ねえの手にある時計に止まった。
 ……えーと、遠坂?
 何で急に顔が赤くなるんだ?
 こめかみに青筋立ててるんだ?
「………………な」
 あ。何か黒いオーラまとってる。これはあれだ、耳栓用意ー。
 アーチャーも同時に同じことをしているのはもう慣れた。視界の端でセイバーも見よう見まねで耳を塞いでる。

「何なのよそれは──────っ!!」

 ああ、弓ねえノックアウト。決まり手は遠坂の大音量。だから耳ぐらいふさげよ、今のは分かりやすかったぞ。


  Fate/gold knight 12. しろのもほう


 それにしても。
 昨夜アーチャーに言われてはいたから、あれがおそらく普通の魔術師から見たら異常なものであるのだろうことは分かっていた。
 分かってはいたんだけど、何でこう、遠坂に殺気のこもりまくった視線を向けられなくちゃならないのかが分からない。
 そこまであれは、異常なモノなのだろうか?
「……衛宮くん。これは何?」
 何でこう、感情を抑え込んだ冷え切った声で尋ねられなくちゃならないのかも分からない。
 そこまで俺は、異常だということなのだろうか?
「何って……だいぶ前に、鍛錬中の気晴らしに投影してみたもんなんだけど。形はひしゃげてるし、中身もない出来損ないだよ」
「だいぶ前? 投影?」
「……凛、これは……」
 遠坂と並んで時計を覗き込んでいるセイバーも、眉間にしわを寄せている。弓ねえは不思議そうな顔をして、遠坂たちと俺とを見比べている。ああそうか、アーチャーの言葉は知らないんだよな、姉上。
「俺は、異常なんだってさ。その時計を見せれば遠坂が教えてくれるって……俺の本質とか、そういうものが分かるってアーチャーが言った」
「異常? ……異常なのか、そなたは」
 自分の弟が、人から言われたとはいえ自身を異常だと告げる。多分それがイヤなんだろうな……姉上はあからさまに不機嫌になった。うん、俺もあんまり気分はよろしくない。だけど、この問題をこのまま放置していたらきっと、取り返しの付かないことになりそうだったから俺ははっきり頷いてみせた。
「そうらしい。遠坂、そうなんだな?」
「ええ。異常も異常……ここでこれを見たのがわたしだってことに感謝しなさい、衛宮くん、弓美さん」
 うわ、遠坂の顔、本気で怖い。俺を見る目が敵対者を見るような目になってる上に、俺の呼び方が外でもないのに『衛宮くん』になってしまってる。それはつまり、俺がそれだけ異常だということの証だろう。
「シロウ」
 涼やかな声が、そんな遠坂の表情をゆるませた。発言者であるところのセイバーは、しばらく時計を見つめてから俺と視線を合わせる。
「これは、本当にあなたが作ったものですね?」
「おう。そんなしょうもない嘘をついたって仕方ないだろ」
 真剣な彼女の問いに、こちらも真剣に返答した。それにうなずき返してくれてから、セイバーは凛に視線を移す。
「凛。シロウとユミに、解説を」
「分かってるわ。手短にいくからね」
 遠坂の表情はまだこわばっているけれど、だいぶ落ち着いてきたみたいだ。よかった、俺がどう異常なのかはっきり言ってくれるのは、多分遠坂だけだろうから。
「まずは、これを投影だって言っちゃってるのが異常。普通の投影とは、その有り様から違うわ」
 いきなりずばりと言ってくれるのは遠坂の良いところだ。けれど、普通の投影って……これが普通じゃないのか?
「俺のこれ、普通じゃないのか? そりゃ形はひしゃげてしまってるし、中身もないけどさ」
「そうじゃなくって。これ、だいぶ前にって言ったわよね? 一週間か一ヶ月かはたまた一年かは知らないけど、魔術で作り出したものがちゃんとそれなりの素材の質感を持っていて、それだけ長持ちしてるってことが異常なの。普通はせいぜい外見だけの模倣、それも数分しか持続しないのよ」
 ……はあ。
 そういえば親父、俺がモノを投影してみせたら「効率が悪いから、士郎は強化を伸ばした方が良いよ」って言ってたっけ。そりゃ、数分しか持続しないんじゃ効率悪いよなあ。しかも外見だけって。
「そうじゃない。士郎のお父さんは、あんたの魔術の異常性に気付いて止めたんだと思う。……こんなの他の魔術師に見られてみなさい、あんた四六時中警戒してなきゃならなくなるから」
 自分で考えたことを口にしてみたら、遠坂に否定された。しかし、そんなに俺の投影は異常なのか。こんな外見しか模倣できない、空っぽの魔術が。
「だからね、例え空っぽとはいえ消滅しない、っていうのが問題なの。投影魔術で生み出されたモノはあくまで幻想だから、世界による修正を受ける。数分しか保たないっていうのはそういうことよ」
 中身のない時計を手のひらの上でぽんぽんと跳ねさせながら遠坂が言う。……あんな真剣な表情で言うんだから、本当のことなんだろう。それに、俺もそのくらいは独学でだけど知っている。世界は矛盾を許さないってことくらい。
「つまり、幻想だから本来は存在しないもの。だから、世界がそれを存在してはならないモノとして排除する、ってことか」
「そういうことね。……だのに」
 ぱし、といい音がした。しっかりと手の中に捕まえた時計もどきをぐいと俺の前に突き出し、彼女は怖い顔をして俺を睨み付ける。憎悪と、恐怖の入り交じった表情で。
「士郎の投影……あんたが投影って言うからわたしも同じ言葉を使わせて貰うけど。その投影魔術で作り出されたこの時計、いつ作ったのかは知らないけれど、数分どころじゃない期間消えてないでしょ。世界の修正を受けない、なんてあり得ない。あり得ないはずのものが、今ここにあるの」
 そう説明されて納得した。確かに、それはおかしい。
 元々この時計には見本があった。壊れた目覚まし時計の修理中に、それをサンプルにして投影したのが今ここにあるもの。つまり、中身のあるなしにかかわらずこれは元々一つしかないはずのものの二つめであり……本来はあるはずのないモノ。世界は矛盾を許さないから、あるはずのない二つめは速攻で消されるはず、と遠坂は言いたいんだろう。
 ──確かに、俺は異常だ。
「こんなの、投影なんて代物じゃない。物質創造って言ってしまえるかもしれないわ」
 遠坂の手が、時計をテーブルに置く。ことんと鳴った音は、本物の時計をそこに置いたときと同じ音だ。普通の投影魔術では、そこまでのものが作れない、ということなんだからな。
「わたしが普通の……士郎にとっては普通とは言い切れないか、ちょっとでもマッド入った魔術師なら、今ここで速攻あんたを拉致監禁するわね」
 唐突に、遠坂がそんなことを言った。なんでさ、と思ったけれど口は思うようには動いてくれず、間抜けな音を吐き出す。
「は?」
「そうして、実験体になってもらうわ。この異様な投影魔術を研究して、自分のモノにするためにね……洗脳するか、人質を取るか、それとも脳髄引きずり出してホルマリン漬けにするか。手段はともかく」
 今度は脳細胞までまともに動いてくれなくて、一瞬遠坂の言葉の意味が分からなかった。だから、身動きの一つも取れなかった。
 俺の代わりに動いたのは、二人の金髪の女の子で。
「凛!」
「凛、そなた……」
 ぽかんと突っ立ってる俺の前に、素早く弓ねえとセイバーが滑り込む。二色の金髪を視界に入れながら……やっと俺は、どうやら自分がとんでもないやつらしいという結論にたどり着いた。遠坂が、あんな風に言うなんて。
 で、さすがに武装はしてなかったものの殺気を漂わせている姉上とセイバーに対し、あかいあくまは両手を挙げて降参のポーズを取った。困ったような笑顔に、さっきまでの負の感情は見られない。
「ああ、安心して。わたし、そこまで人間辞めてないから。そんなこと考えてるのに、先に宣言すると思う?」
「……本当ですね?」
「本当よ。遠坂の家名とわたし自身に誓って嘘はつかない。そんなくだらないこと、絶対にしないわ」
 セイバーの言葉に、遠坂は即座に頷いてくれた。ああ、よかった。遠坂凛ってやつはほんとに良いやつだ。それだけは自信を持って言える。
 さっきの台詞は、俺に自分自身がどういう存在であるかを教え込むためだったんだから。
 ……もしかしたら親父も、それが分かっていたから投影を使うなと言ったのだろうか。誰かに──親父以外の魔術師に、俺の投影魔術を知られないように、と。
 ふと、遠坂がちらりと視線を動かした。その先にいたのは、弓ねえたちの動きに呼応して遠坂を守るためにその前に立ったアーチャー。
「だいたい、聖杯戦争の最中に余計なところまで気を回してられないし、セイバーと弓美さんを相手に正直勝てるなんて思ってないし。ね、アーチャー?」
「……不本意ながら、マスターの意見に同意せざるを得んな。衛宮士郎を屠ることは容易いが、その代わり自分の命も差し出さねばならんだろう」
 両手に作り出した双剣をすっと消し去り、露骨に不機嫌な顔をしてアーチャーは頷いた。一瞬俺に向けた眼に、とてつもない殺気がこめられていたのには気付かないふりをする。
 ──あれ?
 遠坂、俺の投影の異常には気付いたのに、アーチャーの双剣には気付かなかったのか?
 今目の前で見せられて分かったけど、あれは俺のと同じタイプの投影魔術じゃないか?

 ほんとにアーチャー。お前誰だ?

「……ところで凛。そろそろ出ないと遅刻だが、どうするかね?」
 どこか凍り付いたような空気を元に戻したのは、そのアーチャーの一言だった。慌てて時計を見ると、確かにその通り。うわー、さすがにちょっとやばいんじゃないか?と思ってたら、弓ねえが「行くが良い」と口を挟んでくれた。
「状況が状況であるしの。一応出向いた方が良いのではないか? 大河とて、授業を休むわけでもなかろう」
「そうだな。点滴受けるって言ってたから、病院から直行だと思う」
 電話の内容を思い出しながら弓ねえに答えつつ、弁当を持ってくる。俺と遠坂の分、弓ねえが家で食べる分は普通サイズ。セイバーだけ重箱入り。正月にしか使わないモノをどこから出してきた、この色黒ツンツンサーヴァント。
「それもそうね。藤村先生が出てきてくれれば、ある程度状況は把握できるでしょうし……綾子、大丈夫かしら」
 赤い弁当包みを受け取った遠坂が、ぼそっと呟いた。俺だって美綴の容態は心配だけど、桜がついていてくれてるはずだからきっと大丈夫だ。
「案ずるでない。桜がついておるのだろう?」
 そんな遠坂の肩を叩いて、弓ねえがふんわりと笑う。……うん、姉上の笑顔を見られると、俺は嬉しい。もういい、こうなったらシスコン街道驀進してやる、開き直った。
「そうだな。それじゃ行くか。セイバー、弓ねえ、家は頼んだ」
 本気で時間がやばそうだったので、そう声を掛ける。そうしたら一斉に俺の方を向いて……みんな、笑ってくれた。
 何だかほっとする。誰かの笑顔を見ていたいのは、きっと誰もが同じだろうから。
「はい。シロウ、凛、アーチャー。お気を付けて」
 ほんの少しだけ口元をゆるめてくれたセイバーに分かった、と頷く。
「くれぐれも気を緩めるでないぞ、士郎よ」
「分かってる。じゃ、行ってきます」
 自分もどじっ子というかうっかり属性持ちのくせに弟のことばかり心配する姉上にもきちんと答え、家を出た。遠坂と、霊体化したアーチャーと共にそのまま通学路を歩いていく……うーん、学校に近づくにつれて周囲の視線が気になりそうだ。昨日はそうでもなかったのに。意識しすぎだぞ、衛宮士郎。
「……ああ、そうそう」
 交差点。赤信号で立ち止まった俺に、遠坂が低い声で囁いてきた。何だろう……といっても、大体の推測はつく。
「言っておくけど、投影魔術はなるべく使わないようにね」
「ああ、分かった。……他人に見られるわけにはいかないんだろ」
 やっぱりな。あれだけ脅しを掛けておいてさらに忠告してくれるなんて、本当に遠坂凛はお人好しな、良いやつだ。ああ、魔術師ってのが親父や遠坂みたいな連中ばっかりだったらいいのにな。
「そう。サーヴァント相手ならともかく、マスターに見られた日には洒落にならないわよ」
「……確かにな。遠坂の出した例が大マジなら冗談じゃない」
 さすがに洗脳だの人質だののホルマリン漬けだのはイヤだからな、どこのアニメのヒロインだ俺は。というかヒロインか、ヒロインなのか。
「……そりゃ、弓ねえやセイバーや遠坂の方がヒーローちっくだよなあ……」
 強いし。
 かっこいいし。
 性格だってヒーローっぽいし。
「……衛宮くん? 大丈夫?」
 外に出たからか名字呼びの遠坂に、大丈夫だと返事をして前を見つめ直した。うん、今までだって頑張ってきたんだ。これからも頑張れば……少しは、ヒーローっていうか正義の味方に近づけるよな?
「うん、頑張ろう」
 一言声に出して、自分に気合いを入れた。

 朝のHRには、藤ねえはいつもの通り廊下を盛大に走って突っ込んできた。さすがに美綴の話は出てこなかったけれど、改めて放課後はとっとと帰宅しろと釘を刺してきた。その方が、こちらとしても助かる。詳しい話は帰宅してから尋ねるとしよう。
 学校に張られた結界は、完全に消せはしなかったけれどだいぶ弱まったままだ。ここからまた力を貯め直すのだろうけれど、その前に術者を潰してしまえば問題はないはずだよな。
 教師か、生徒か。
 最低後一人、この学園の中にマスターがいる。
 日中はおそらく大丈夫だろうけれど、例えば廊下の端で、屋上で、校舎の裏で……学校にも死角なんていくらでもある。
「こら、士郎。ぼうっとしてない!」
 ぺし、と額を叩かれて正気に戻った。今は昼休み、死角の一つである屋上の隅っこで遠坂と一緒に昼食を取っている真っ最中である。……そりゃ、自分と会話してる最中にぼうっとしてたら怒られるよなあ。
「ごめん、遠坂」
「ま、いいけどね」
 既に遠坂はメインを食べ尽くし、ちゃっかり別梱包で持ってきている昨夜の残りの杏仁豆腐に手を伸ばしていた。まあデザートを独占されるのはいいんだけど、自分の分の昼食は食べてしまわないとな。
「で、投影のこと? それとも、校内にいるはずのマスターのこと?」
 で、せっせと箸を進めている俺に遠坂がそう尋ねてくる。何がどうしたという文章は全くないけれど、彼女の言いたいことは分かるから、ちゃんと答えた。
「何だ、バレバレかよ。後者だ」
「やっぱりね」
 ぱちんと音を立てて密閉容器のふたを閉め、ごちそうさまと手を合わせてから頷いた遠坂。俺が視線を向けると、彼女も俺を見ていた。周囲に気を張る役目は霊体のアーチャーに任せているはずだけど、それでも遠坂が周囲を警戒しているのが分かる。……俺は、相変わらず駄目だな。
「……少なくとも、わたしがマスターだってことは感づかれてると思う。だから、直接わたしに接触してくるか、それともここのところ一緒にいることが多いあんたに接触してくるかどっちかよ。待っていれば尻尾を出すわ」
 丁寧に弁当箱を包み直しながら遠坂が言う。確かに遠坂の家は冬木市の管理者で、魔術師ならば調べればそのくらいのことは分かるんだろう。魔術師一族の現当主であるところの遠坂凛が、己の管理地である冬木市における聖杯戦争のマスターの一人だろう、というのは情報を集めて推測すればはじき出される結論だろう。同じようにもう一つの一族もあぶり出されてくるんだろうけど……遠坂は、そっちにはマスターはいないだろうって言ってたっけ。
「ならいいんだけどな」
「安心しなさい。あんたたちと同盟を結んでいる以上、守ってあげるから。セイバーの戦力惜しいし」
「……ああ」
 くすん。
 俺、セイバーのマスターとしての地位しか認められてないのかな。ちょっと悲しい。
「あらいやだ、今わたしの大家さんじゃない。胸張ってよ」
「張れるか!」
 ──姉上。あんたの自信、少し分けてください。
「あら、衛宮くん? ちょっと、ホントに胸張っていいのよ? 一家の主なんでしょ?」
「一応な。弓ねえが大黒柱だけど……ごちそうさま」
 俺も昼食終了。手を合わせ、片付けに入る。
 表向き、衛宮の家の主は俺だってことになってる。ホントなら姉である弓ねえなんだろうけれど、弓ねえ自身は俺を推薦して、後見人である藤村の爺さんもそれを承諾したからな。だけど経済的には藤村に管理して貰ってる親父の遺産と、弓ねえの稼ぎに頼っているようなもんだ。自分でもバイトはしているけれど、とてもじゃないが姉上の稼ぎには敵わない。本気でサーヴァントのスキルか何かだろ、あれ。
「その弓美さんは士郎ラブラブだし、士郎が主で弟だから守るーって感じよねぇ。ほんとあんたたち、変な姉弟ね」
「……やっぱ変か」
 遠坂のニヤニヤ顔がちょっとしゃくに障るけれど、とりあえずは意識の外に置こう。だいたい何の話をしてるんだよ、俺たちは。
「っていうか、話ずれてるぞ遠坂。うちの事情について話し合ってる場合じゃないだろ」
「それもそうね。ああもう」
 長い綺麗な黒髪を、くしゃくしゃと無造作に掻く。もったいない傷むだろ、と思うんだけど、このくらいじゃあ人間の髪は傷まないのかな。その辺はよく分からないんだけど。
 ……ふと。
 そのとき何故か、不意に考えが浮かんだ。消えないうちに、遠坂の判断を仰ごう。
「そうだ遠坂。ちょっと提案があるんだけど」
「何?」
「放課後は別々に行動しないか?」
 あ、怒りそうだ。ちょっと待て、と両手で制して話を続ける。どうも瞬間湯沸かし器に近い部分があるんだよな、遠坂って。アーチャーの苦労が目に見えるようだ。……なんでさ。
「遠坂、自分がマスターであることは他のマスターにばれてるって見てるんだろ。俺がマスターかどうかはともかく」
「そうね。イリヤスフィールとわたし、ランサーのマスターは知ってるけど、その他のマスターが知ってるかどうかは微妙よね」
 むう、と口をとんがらせて考え込む。女の子って、何かモノを考えるときは大体そんな顔になるよな。男でもそうなんだろうか? 少なくとも、親父がそこまで真剣にモノを考えたって場面には思い当たらないんだけど。
「だったらさ。その他のマスターって、俺と遠坂が一緒にいたら向こうから接触はしにくいんじゃないかな?」
 遠坂の顔を見ながら、さらに言葉を続けることにする。あ、何か遠坂の背後であきれ顔のアーチャーが見えるようだぞ。おかしいな、あいつ実体化してないだろ? 何で分かるんだよ、俺。
「その1、俺がマスターじゃないと思ってる場合。その場合、俺は聖杯戦争のことを知らない可能性が高い。向こうさんも、部外者に事情を知られるわけにはいかない……つまり、俺がそばにいるときに遠坂には接近したくないんじゃないか? 俺から遠坂のことを聞き出すにしても、一緒にいるところで聞く馬鹿はいないだろ」
 俺が手早く話を進めていくと、遠坂の表情が変化してきた。具体的に言えば、俺の話を真剣に聞いてくれている顔。これは名案なのかどうか自分で判断することは出来ないけれど、遠坂の顔を見る限り少なくとも即刻却下されるような案ではないらしい。
「その2、俺がマスターであると思ってる場合。バーサーカーならともかく、それ以外のサーヴァントを連れてるマスターはあんまり1対2に持ち込みたくないんじゃないかな。よほど地の利とかがあるならともかく、普通は自分が不利だってのは分かってるだろうし」
 俺のセイバー、遠坂のアーチャー。……この場合、弓ねえはイレギュラーだから考えないとして。バーサーカーは弓ねえ込み3人を相手にしてすら有利だったけれど、残る内ランサーとは直接戦ってその力は分かってるし、ライダー・キャスター・アサシンはそのクラス名称からしてそこまで強いとは思えない。もちろん相手を侮っているわけではないけれど、セイバーかアーチャーのどちらかが相手の隙や弱点を突くことは十分できるだろう。最悪、弓ねえにお出まし願うことになるかな……それは避けたい。ひいきしてると言われるかもしれないけど、弓ねえは俺の大事な姉貴だから。
「それと。あちら側の視点で考えるとさ、相手が二人いる場合説得で仲間に引きずり込むのは難しいと思う。どっちか片方だけを単独で説得した方が丸め込みやすいだろうしな」
 ここまで話を進めたところで、遠坂が挙手してきた。む、これは遠坂からの意見提出か。
「……うん、確かに良い案だと思うわ。だけどね、士郎」
 俺の名前を呼んで、俺の顔をびしすと指差してきた。こら遠坂、人を指差したら駄目だって言われたことなかったか? それと、何でそんな不機嫌そうな顔をしてるんだ? ……やっぱり、何か問題でもあったのかな。俺の案。
「士郎。それってつまり、自分を囮にして隠れてるマスターをあぶり出すってことでしょ?」
「え? あ、ああ、そう言えばそうなるな」
 言われて初めて気がついた。俺の案は、俺の側に他のマスターが接触してくることを前提にしている。まあ、遠坂の方に接触してきたらそれはそれでどうにかなると考えていたからだろうけれど……何しろ、遠坂には今でもアーチャーがついている。セイバーがそばにいない俺と違って、奇襲でもそれなりに対処できるはずだ。
「あのねー。相手が士郎をマスターだと知っていて警戒してたらどうするの? 別行動して、それであんたがいきなり襲われたら無事は保証できないわよ」
 セイバーや弓美さんに怒られるじゃない、と遠坂はばつの悪そうな顔をしてぶつぶつと呟く。いや、そこかよツッコミどころは?
「何とか頑張ってみるよ。最悪、武器の一つも作る……のは駄目か」
「それは墓穴でしょ。あんたの投影見たら、大概の魔術師は面白そうだとっつかまえてやるーって余計に張り切るわ」
「う……」
 はい、俺の負けです。やっぱり無謀だったか……良い案だと思ったんだけどなあ。こらアーチャー、きっとてめえ、今肩震わせて笑ってるんだろう。ああもう、俺が悪かったですよーだ。
「でもまあ、やってみる価値はあるかもね」
 ──って、あれ?
 今聞こえた台詞の意味を一瞬理解できなくて、遠坂の顔を見直す。あきれ顔ではあったけれど、あかいあくまはへっぽこ魔術師見習いの意見を聞き入れてくれているらしい。ちょっと、驚いた。
「何だ。俺は却下されたかと思ったぞ」
「それは、本気で別行動を取るって言った場合よ」
 一瞬、遠坂の綺麗な黒髪が風に揺れた。その向こうに、赤と黒の男がすっと姿を見せる。相変わらず偉そうに腕組んで、上から見下ろしている……まあ俺よりかなり背が高いから当たり前なんだけど。
 そして、己のサーヴァントを背後に従えた遠坂は、俺のよく知る自信満々の優等生の表情になっていた。その実は、自信満々のあかいあくま&その執事みたいなもんだけど。
「こちらがあんたを監視出来ていれば、問題はないと思うわ。ね、アーチャー?」
「……ああ。そいつ程度でも囮の役には立つだろうよ」
 うわ、はっきり言ってくれるよ。
 だけど、アーチャーの言うとおりだから不満を口には出さない。俺はまともな戦力ではないから、せいぜい囮になるくらいしかできないんだから。多分、投影魔術を使ってもそうなんだろう。俺が作り出せるのは、歪んで空っぽな偽物だけ。そんなもんでサーヴァント相手に立ち回れるはずはない。
「それじゃあ、そういうことでいいんだな。遠坂」
「ええ。放課後は別行動しましょう……とは言っても、弓美さんたちが迎えに来るんだからあまり離れてはいられないけれど。わたしが先に出るから、士郎は後から来て」
 遠坂の指示は的確だと思う。普段から俺は一成の手伝いとかで放課後はそこそこ残ってる方だし。バイトの日は早めに出るけれど、今日はそうじゃないし。
「アーチャーに上から監視させておくわ。だけど、いざとなったら」
「令呪でセイバーを呼べ、だろ。分かってる」
 どこか心配そうに俺を見つめる遠坂に、当然のように頷いてみせる。……本当に俺は、役に立たないへっぽこだな。出来ることは囮と、解析と、セイバーの呼び出しくらいしかないんだから。
 だけど、逆に言えばそれは出来るってことなんだから、やってみせる。特に今回は、自分で出した案なわけだしな。
「大丈夫だよ。自分でやれることはやってみせるから」
 だから、しっかりと答えてみせた。

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この記事へのコメント

風まかせ
2007年02月02日 20:17
舞台が動きましたね。
昨日久し振りに読み返しに来たところだったので、この更新は嬉しいです。
嘘(笑)予告に従うとそろそろ海草の出番でしょうか。
そして何より金ぴか分が足りません。次回を期待していますね。
真紅なる竜帝
2007年02月03日 11:45
はじめまして。Fate/gold knight読ませていただきました
士郎とギルが兄弟なのはありましたが姉弟なのは初めてです
イイなぁ、このブラコンシスコン姉弟
続き楽しみにしています
Shunki
2007年02月08日 21:44
風まかせさま

>昨日久し振りに読み返しに来たところだったので、この更新は嬉しいです。
大変お待たせして申し訳ありません(平身低頭)。
少しはリアルで余裕ができてきてるので、次回はもうちょっと早く更新したいです。

>嘘(笑)予告に従うとそろそろ海草の出番でしょうか。
>そして何より金ぴか分が足りません。次回を期待していますね。
予告のシーンまではもうちょっとありますが、海草君(笑)はそろそろ登場です。
金ぴか分は書いてる自分が一番足りないです。ええもう何とかしてくれ姉上(笑)


真紅なる竜帝さま
はじめまして。来訪ありがとうございますー。

>士郎とギルが兄弟なのはありましたが姉弟なのは初めてです
ギル女性化もので「衛宮」士郎の姉、というのはうちくらいのような……「言峰」士郎でどこかなかったかな?

>イイなぁ、このブラコンシスコン姉弟
仲が良いのはいいことです。例え先行きがどうなっても。いえ目指せハッピーエンドですが。