Fate/gold knight 5

 夢を見ている。
 五年前の冬の夜。
 空に浮かび上がった月を俺と弓ねえ、そして親父の三人が縁側に並んで見上げていた。
 この頃、親父は家から出ることもほとんど無くなっていた。家の中でのんびりと、俺たちや藤ねえとの穏やかな生活をにこにこ笑いながら楽しんでいた。
 今思えば、最後の時を自分の子供たちと共に過ごしたかったんだろう。それが分かっていれば、俺たちだってもう少し気を遣っただろうに……いや、俺も弓ねえも藤ねえも、親父の不調は一時のものできっと良くなる、って信じていたのだけれど。
「子供の頃の話なんだけどさ。僕、正義の味方に憧れていたんだよ」
 月を見上げながら、切嗣がそうぽつんと呟いた。親父の横に座っていた俺と、その横にいた弓ねえは並んで親父の顔を見つめる。だって、俺たちにとって衛宮切嗣という男は正真正銘正義の味方だったんだから。
「何だその言いぐさは。諦めたのか? 情けない」
 弓ねえが腕を組み、心底呆れたように問いかける。顔を見たらむすっとしてて、本気で呆れてるのだと気がついた。親父もそれに気づいたらしく、くすっと苦笑いを浮かべる。
「うん、残念ながらね。ヒーローってのは期間限定モノでさ、大人になると名乗るのが難しくなるんだ」
 そんなこともっと早く気づけたら良かったのにね、と困ったように微笑む切嗣。俺は、親父の言うことだからそうなんだろうと勝手に納得してしまっていた。けれど、姉はそうじゃなかったらしくて。
「何を言うか。大人であってもヒーローを名乗る例などいくらでもある。そなたが名乗れぬは単にこっ恥ずかしいからではないのか?」
「うわ、弓美はきっついこと言うねー」
「弓ねえ、きっつー」
 親父と俺は同じようなことを口にして、思わず顔を見合わせてしまった。むっとする姉上の顔を二人で見つめてしまい、同時にぷーっと吹き出す。
「な、何だそなたら! 切嗣も士郎も、我に対して失礼であるぞ!」
「あはは、ごめんごめん」
 顔を真っ赤にして怒る弓ねえの頭を、腕を伸ばしていつものようにゆっくり撫でる親父。むすっとしたままの姉も、おとなしくされるがままになっていた。
「……でも、爺さんがそう言うんなら、しょうがないのかな」
「本当にしょうがないんだよ。参ったよね」
 状況を変えるつもりで俺が呟いた言葉に、切嗣が相槌を打ってくれた。だから、俺は親父を安心させる意味で言葉を続けることにした。
「うん。しょうがないから俺が代わりになってやるよ。爺さんが大人でもう無理でも、俺はまだ子供だから平気だし。だから」
 俺は、本当にそう思って言ったんだ。誰かを助けるために、家族を守るために、俺は正義の味方になるって決めていたから。

 ――だから、爺さんの夢は俺が形にしてやっから。

 そう言葉にする前に、切嗣は弓ねえを撫でていた手を止めた。そのまま俺もまとめて抱きしめる。ああ、何で親父の腕、こんなに細くなっちゃったんだろう。
「うん。士郎も弓美も、強くなってくれてよかった。ありがとう」
「……切嗣?」
 弓ねえが名前を呼びきる前に、その腕から力が消える。赤い世界から救い出した娘と息子をその腕の中に抱きしめて、衛宮切嗣は人生の終わりを告げていた。
 まるでずーっと眠くて、そのまま眠ってしまったみたいだったから、あまり悲しいとかそういう感情は湧かなかった。
 『眠りについた』切嗣を布団に横たえて、俺は弓ねえと一緒にその枕元にいた。最初は二人して正座していたけど、そのうち姉が寂しそうに腕を伸ばし、俺をまるでぬいぐるみか何かみたいにだっこして膝の上に乗せて。俺も多分寂しかったんだろう、おとなしくぬいぐるみの役を演じていた。そのまま……二人して、泣きながら夜を明かした。

 うん、夢だ。
 五年前の、衛宮家が三人から二人になった晩の夢。
 何で今頃、こんな夢見てるんだろう。おかしいな、もう起きなくちゃ。
 そろそろ起きろ、って脳の奥が言ってる。もう朝だ、ご飯作らないと。
 あー、身体がうまく動かないや。何でだろう。
 口の中、何か溜まってて変な味がする。ああまずい。

 そうしてどうにかこうにかまぶたを開けた時、俺の見たものは。

「……すー……」

 人を抱き枕にして安らかな寝息を立てている、我が金色の姉の寝顔だった。
 なんでさ。


  Fate/gold knight 5. あかいあくま


 OK。状況を整理してみよう。
 まず俺が寝ているのは……天井や周囲の光景から俺の自室。これは間違いない。
 で、俺が横たわっているのも……俺の布団。これも間違いない。
 そんでもって……弓ねえが普段着のまま、俺を抱き枕にして寝ている。これは大間違い。
 結論。つまり、この状況の過ちを正すには。
「……おーい弓ねえ、起きてくれ~」
 目の前におられる、姉上に目を覚まして頂くしかない。というわけで、俺をしっかり抱きしめている姉の腕の中から何とか自分の腕を引き抜いて、そっと肩を揺さぶる。うぇ、何でこんなに吐き気がするんだろう。
「くー……」
 弓ねえの寝起きが悪いのはいつものことだけど、こういう時は誠に大変だ。藤ねえとか桜に見られたらどうすんだよ、俺は何もしてないけど。うぷ、早く起きてくれないと吐く、吐くってば。
「ゆ~み~ねえ~、起きろってば!」
 ゆさゆさゆさ。今度は力を込めて、思い切り揺さぶってみた。さすがに今度は反応があって、しばらくしたら弓ねえはぼんやりと目を開けた。
「……んぁ?」
 ぼへ~と寝ぼけ眼で半身を起こしかけ、俺の顔をじーっと見つめる姉上。俺としては弓ねえには早く退いて頂いて、さっさと洗面所に行って吐き気をどうにかしたいわけなのだが。
「弓ねえ、起きたか? 早速で悪いけど、早くどけ」
「………………き」
「き?」

「きゃあああああああああああああああああああああああああ!!」

 ドタドタドタ!
「何です、何かあったのですかユミ!」
「ちょっとちょっと、何よ弓美さんっ!?」
「……あ、えーと………………なんでさ」
 ばたーんと、襖が破壊せんばかりの勢いで開かれた。どうやら姉上の金切り声に反応したのだろう、走って飛び込んできたセイバーと、遠坂と、アーチャーの目の前で繰り広げられていたのは……
「ギ、ギブギブ! ぐるじぃ、ぐるじいぞゆびでぇ!」
「やかまし黙れこのケダモノ! 我に手を出そうなどとは片腹痛いっ!」
「だ、だがらぢがうだろっ! は、はぐ、ぎもじわるぃっ!」
 ……姉上にキャメルクラッチを貰っている俺、という何とも情けない図であった。ほんとになんでさ。

「――わ、悪かったな。つい」
 十分後。
 何とか姉上を俺から引きはがして貰い、ウチの居間に全員が揃っていた。俺の目の前で、弓ねえはぷいと拗ねている。うん、寝ぼけて怪我人にプロレス技掛けておいて何だかなぁ。
「まったくもう。弟の看病は姉の役目だーとか何とか言っておいて、何やってるのかしらねお姉様は」
「凛、お代わりはいるかね?」
「ええ、お願いするわアーチャー」
 呆れ顔で勝手に淹れた紅茶を飲んでいる遠坂。……というか、どうやら淹れたのはアーチャーらしい。俺たちの前にも、それぞれティーカップが並んでいるあたりはさすがだな。うむ、良い香りが漂ってくる。うちにあるのは安物のはずだが、どうやったらここまで良い香りを出すことが出来るのであろうか。少々ご教授願いたい気もする。
「ユミ、淑女ともあろうものが殿方の寝床に潜り込んで同衾とは、あなたの方がケダモノではありませんか。恥を知りなさい」
「む、しかし姉と弟であるぞ?」
「それならば余計にたちが悪いではありませんか!」
 言動が我が親友たる生徒会長殿に似ているなぁ、と思わされたのはセイバー。早速弓ねえをお説教に掛かっている。弓ねえ、いくらふくれっ面で拗ねられてもこの場はアンタの方が分が悪いぞ。
「ま、弓美さんは後々めいっぱい突っつくとして……衛宮くん。その分だと、もう怪我は心配なさそうね。とりあえずその点については謝ってちょうだい」
 小さく溜息をつきながら、遠坂が俺の顔を覗き込むように見る。謝れって? 怪我って……俺、何か怪我したっけ?
 そもそも、何で遠坂がウチにいるんだ?

 ――やっちゃえ、バーサーカー!

 ……急に吐き気が戻ってきた。
 何で、すっかり忘れていたんだろう。
 俺は、セイバーと弓ねえを助けようとして、バーサーカーに腹を切り捨てられたんだ。
 俺も逃げようとして、でも足がなくて逃げられなくて。
 意識が遠のく中、セイバーと弓ねえと遠坂の声が聞こえた。

 って、俺さっき歩いて居間まで来たよな?
 改めて、自分の身体を見下ろしてみる。うん、ちゃんと腹も腰も足もある。無くなってなんかない。
「……遠坂、また助けてくれたのか。ごめん、ありがとう」
 ここにいるメンバーの中で他人の治療ができそうなのは遠坂しかいないから、きっと俺のことをまた助けてくれたんだ。そう思っての言葉だったんだけど、彼女は思いっきり妙な表情を浮かべた。
「そこじゃないでしょ、謝るところは。アンタ、自分がどれだけバカなことしたのか分かってるの?」
「む、バカとは何だよバカとは」
「ならば大たわけ、だな。衛宮士郎」
 遠坂に言い返したら、アーチャーにさらに返された。こんちくしょう、お前ら良いコンビだよほんとに。服も赤と黒でお揃いだし。
 アーチャーは腕を組んで、口の端を歪め皮肉な笑みを浮かべる。う~、お前のその顔、何だか他人に思えなくて嫌なんだよなぁ。
「貴様の考えは分からなくもないが、マスターがサーヴァントをかばって負傷する、というのは頂けんな。我らサーヴァントは、マスターに依って現界している存在なのだぞ」
「アーチャーの言う通りよ。幸い、衛宮くんは生きていたからいいけど……もしあのまま死んじゃってたら、あなたと契約しているセイバーも消えるのよ。セイバーが大事なら、まず自分が生きなさい」
 赤いコンビにお説教を食らう俺。……そう言えば遠坂の聖杯戦争講座で言ってたっけな、そういうこと。俺はセイバーと弓ねえをかばったんじゃなくて助けようとしただけなんだけど、最終的にそうなってしまってたんだから言い返しようがない。
「……シロウが手数を掛けました、凛。サーヴァント・セイバー、主に代わって詫びましょう」
「あら、セイバーは悪くないのよ。悪いのは、自分の力量もわきまえずに前に出たあげく死にかけた、そこの大たわけさんなんだから」
 あうううう。セイバーのフォローを利用してさくさくと言葉の棘を刺してくれる遠坂は、まさにあかいあくまというに相応しい御仁だった模様。にやにやとこっちを見ているアーチャーの嫌みな笑いが、俺の気分の悪さをさらに増幅させてくれる。まあいいや、今はそれより知りたいことがある。
「……確かに前に出ちまったのは悪かったよ。だけど――悪い、とりあえず状況を教えてくれ」
「……そうね。自分が何で生きてるのか、そこら辺の事情は知りたいでしょうし」
 俺が尋ねると、遠坂は素直に教えてくれた。
 あの後、俺が意識を失ってすぐ、イリヤはバーサーカーを連れて去っていった。だけど内臓を散らばらせた俺を蘇生させる、なんてことは遠坂にも無理だったのだという……だけど。
「アンタの身体が勝手に治り始めたのよ。何か映像でも巻き戻してるみたいに、するすると肉体の再構成が始まってね」
 気持ち悪そうに顔をしかめる遠坂。俺はその光景を想像しようとして、内臓から拒否反応を示された。分かったから吐き気はやめてくれ、こんなところで遠坂に失態見せるわけにはいかないだろ。
 で、十分もすると外見上、俺の身体は元通りに治ってしまった。けれど意識の方は戻らなかったので、みんなでウチに戻ってきて、今に至るというわけだ。
「……まったく、一時はどうなることかと思うたぞ。そなたを死なせては切嗣に見せる顔がなかった」
「その割にぐっすり眠っていたようだがな、君は」
 ふくれっ面で俺を咎めようとした弓ねえだったけど、アーチャーの的確なツッコミに思わず口を閉ざした。うん、確かによく寝てたよなぁ。
 ……でも、つまりそれは、弓ねえは俺が目を覚ますまでずっと側にいてくれてたってことだ。良かった、俺は寂しいのは嫌だったから。
「アーチャーも弓美さんも、話そらせないで。まったく、アーチャークラスってそういうの得意なのかしら……まあいいわ、話を戻す」
 ごほん、とやたらでっかい音で咳をして、遠坂が俺たちの視線を自分の方に向き直らせた。遠坂凛の講座再び、って感じだな。ここで眼鏡掛けて指し棒持ったら完璧だろうな、と想像しようとしてやめた。何か怖い考えになりそうだったしな。
「ここで重要ポイント。衛宮士郎は、自身一人で生ききったってことよ。確かにわたしは少しばかり手助けしたけれど、あなたは自分のぶっ飛んだ中身を自分で何とかしたの。そこ、勘違いしちゃ駄目よ」
 びしす、と人差し指を立てる遠坂。説明されなければ勘違いしたままだっただろうから、まぁ彼女の話は素直に聞いておくことにしよう。またあかいあくまに降臨でもされたら、余計に話がややこしくなる。
「……今の話聞いてると、どうやらそうみたいだな。遠坂が助けてくれたんじゃなかったのか?」
「あのねぇ。瀕死の重傷者の蘇生なんて芸当、もうわたしには出来ないわよ。ましてやぶっちゃけられた内臓なんて、まともに見るのもイヤ」
 それは分かる。
 記憶の端に残っている、自分の内臓が道路上にぶちまけられた光景。半ば死んでいた俺自身ですらぞっとするのに、意識が正常だった遠坂はさぞかし気分が悪かっただろう。
 だけど、正直言うとまだ半信半疑なところがある。俺は人体治癒はおろか、無機物の修復だって出来やしない。その俺が、無意識のうちに自分の身体を再構成するなんてこと、天地がひっくり返ったって無理なんだから。
「確かにな。士郎は異常を発見することは得意だが、その異常を魔術で修復することはできぬ。おかげで魔術師の家だというのに、大工道具はプロが使うようなモノが揃っておるぞ」
 土蔵にしまってある品々を思い出したのか、溜息をつきつつ弓ねえがぼそっと吐き出した。彼女の言うとおり、家には大工道具やら何やらDIYショップを開けるんじゃないかってくらいに器具が勢揃いしている。ほとんどは俺が必要にかられて購入したモノだったりするんだが……だって姉二人が破壊魔なんだから、しょうがないだろう? うちはそんなに金持ちじゃなかったし、使えるモノはちゃんと修理してやらないと。ちなみにまだ修理していないものは土蔵にいろいろ積み上げてある。確か次は、藤ねえが両断したビデオデッキだったかな。
 ぶつぶつと口の中だけで多分俺に対する文句やら何やらを呟いていた姉がふと、セイバーに視線を移す。どこか確信に満ちたその視線に気づき、セイバーは思わず姿勢を正した。
「何でしょうか、ユミ?」
「いや。……士郎自身に本来は存在しない治癒能力が備わった、となると原因はそなたとの契約ということになるのではないかと思うてな。凛、そなたはどう思う?」
 はぁ、と弓ねえの言葉に目を丸くするセイバー。そう言えば、セイバーが出現した後、俺の腕の傷が治っていたっけ。同じように負傷した弓ねえの怪我は治らなくて、救急箱を出してきて手当てしたんだったよな。
「そうかもね。マスターとサーヴァントならラインが繋がっているはずだし、セイバーに自然治癒能力があるのはゆうべ見せて貰ったし」
 遠坂は弓ねえの推測を肯定するようにうんうんと頷く。そうか、セイバーは昨夜のバーサーカーとの戦いで重傷だったんだ。弓ねえは……やっぱり遠坂が治してくれたんだろうな。見たところまるで何ともないみたいだし。
 そう思いつつ皆の顔を見ていくと、ふとアーチャーと視線が合った。アーチャーは何か言いたげにちらちらとこちらを見ていたけれど、口を開くことなく遠坂のそばでおとなしくしている。何だろう、俺に遠慮するわけはないしなぁ。
「話を聞いていると、衛宮くんのセイバー召喚はかなりイレギュラーだったみたいね。そのせいでわたしとアーチャーのような普通の契約とは違う、おかしな状態になっているんじゃないかしら」
「そうか、遠坂とアーチャーは普通の関係なんだ」
「まあね。人の言うこと全然聞かない奴だけど、一応そう。普通の魔術師と使い魔の関係よ」
 アーチャーの様子に気づかないまま、遠坂は俺の言葉に腕を組みつつ不満げな顔で頷いた。確かに、胸を張って魔術師を名乗れるレベルじゃない俺とセイバーの組み合わせが普通なわけはないよな。いや、指摘点はそこじゃないけれど。それに、俺はセイバーを使い魔として扱いたくはないし。
「話がずれたわね。ともかく、普通じゃない契約を交わしてしまっていることで、セイバーの治癒能力が衛宮くんに流れている、って可能性はあるわ。本来なら魔術師の能力が使い魔に備わるんだけど、その逆ね」
「はぁ……要は、川の水が河口から逆流してるようなもんか。ポロロッカみたいに」
「それって、アマゾン川が逆流するってあれ? 何でそこでそういう名前が出てくるのよ、アンタは」
 俺の方こそ、何でそこでお前は額を抑えるんだと尋ねたいよ。遠坂の説明を受けて頭に思い浮かんだイメージがそれだったんだから、しょうがないじゃないか。
「まぁ、良い例えではあるけどね。セイバーの魔力がそのポロロッカを引き起こしちゃうくらい膨大ってことだし。そうでなければ、あれだけ体格差のあるバーサーカーとほぼ互角に打ち合えるなんて考えられないもの」
 なるほど。
 そう言えば、ランサーとセイバーが戦っていた時、セイバーの攻撃のひとつひとつにはかなりの魔力がこめられているのが俺から見てもはっきりと分かった。必殺技――遠坂の聖杯戦争講座に曰く『宝具』は多大な魔力を使用するらしいけど、そうでない攻撃にこめられる魔力としては、あれは格段に多いんじゃないだろうか。それはつまり、セイバー自身が持っている魔力が膨大であるがために小出しにする必要がないとか、そういうことなんだと思う。もしかしたら、セイバー自身はあれでも小出しにしてるのかもしれないけれど。
「ともかく、今度からあんな無茶はしないこと。普通の人間なら二回は死んでるのよ? 三回目はないと思いなさい。多少の傷なら治るなんて甘い考えは捨ててね」
 遠坂が俺の目を覗き込むようにして真剣なまなざしで言ってくれる。
 うん、俺は昨晩だけで確かに二回……いや、三回は死んでいたはずだ。一度は遠坂に救われ、一度はセイバーに救われ、最後の一度は……やはりセイバーに救われた。
 十年前だってそうだ。俺はあの赤い世界で死ぬはずだったところを切嗣に救われた。
 たくさんの人に助けられて俺は生きている。だから、そう簡単に死ぬわけにはいかない。
 たくさんの人に助けられて俺は生きている。だから、俺も誰かを助けなくちゃいけない。
 そして、大事な人たちを守らなくちゃいけない。
 それが、正義の味方だから。
「ああ、分かってる」
 だから、遠坂の言葉に頷いて肯定を示した、のだけど。
「本当に分かってる? 衛宮くん、今まではやたら運が良かったみたいだけど……それって絶対、運以外のナニカをすり減らしているとしか思えない。例えば寿命とか勝負運とか預金残高とか」
 人を信用しろよ、このあかいあくま。ちゃぶ台に両手をついて俺の方に身を乗り出して、これで横にライトでもあったら取調室の刑事に見えるぞ。すると俺は重要参考人か被疑者か。冗談じゃない、そもそもここは俺の家だ。
「凛、預金残高は関係ないと思うのだが」
「関係あるわよっ! あのね、魔術ってのは金食い虫なの! 使ってたらどんどんどんどん残高が減っていくものなの!」
 肩を落としつつツッコミを入れてくれたアーチャーに対してがあーと吠え、拳を握りしめて力説する遠坂。何か、普段から苦労してるんだなぁと涙を拭いたくなるのは何故だろう。それに、うちはそうでもないし。
「凛よ。遠坂の家系はそうかも知れぬが、衛宮の家に関しては当てはまらぬぞ。我がきちんと稼いでおるからな」
「――は?」
 えっへん、とここにいる女性陣の中で一番豊かな胸をこれ見よがしに反らせる我が姉上。彼女の言うとおり、うちの家系は姉上の収入と俺のバイト代で何とかなっている上、切嗣の遺産がちょぴっとと藤村の爺さんがくれるお小遣いのおかげもあってそこそこ預貯金もあったりするのだ。
 ちなみに弓ねえの職業、デイトレーダー。これって職業と言っていいのかどうか分からないけれど、本人がそう言ってるのだからそういうことにしておく。それなりに稼いでいる様子で、自分の食費やうちの維持費なんかはきちんと出してくれる。たまに大物に手を出して失敗することもあるけど、最終的にきちんと儲かっているらしい。これってもしかして、サーヴァントが持つスキルとかいう奴と関係あるのだろうか。
 ……デイトレードが一般化する前は、新都でパチプロやってました。定時出勤するような職業には就きたくないんだそうで。確かに、普通の会社なんかに就職したら可哀想だなぁ、弓ねえの上司になる人が。
「何でよ――――――っ! そんなの不公平だわっ、わたしが苦労して苦労して苦労しまくってるっていうのに、何でへっぽこぴーな衛宮くんがお金に困ってないのよっ!」
 何でよ、って言われても困る。俺たちが遠坂の家の家計事情なんて知るわけないだろ。
 思わず視線をそらしてみると、セイバーはさっきから我関せず、とばかりに目を閉じて微動だにしない。アーチャーは何か背景に太いマジックで縦線書いたように暗くなってる。そうだよな、遠坂は自分のマスターだもんな。大変だな、お前。
 しかし、遠坂の本来の性格ってこんなのだったんだなぁ。ああ、弓ねえとは違うタイプだなってちょっと憧れていたのに、同類だったとは。俺、こういう性格の女の子に縁でもあるんだろうか?
「はー、はー……ま、まぁお金の話はこのくらいにしておきましょう。次は真面目な話なんだけど、いいかしら? 衛宮くん」
 さんざん叫んで気が済んだのか、落ち着いた様子の遠坂は俺を睨み付けるように見つめて話を切り出した。……そうか、俺の看病を弓ねえがしてくれてるのに遠坂が家に残っていたのは、その話がしたかったからなんだろうな。じゃあ、ちゃんと聞かないと。
「ん? ああ。遠坂、その話が本題なんだろ。いいぜ、何だ?」
「ええ。じゃあ率直に聞くけど衛宮くん、これからどうするつもり?」
 ――本当に率直だ。遠坂凛っていう奴は、俺が尋ねて欲しくない問題をまっすぐに突きつけてきた。
 いや、違うか。
 尋ねて欲しくないのは、俺が真正面から問題と向き合いたくないからだ。
 向き合いたくないのは、そこまで俺の考えが及んでいないからだ。
 なら、そう素直に言うしかない。
「正直言うと、分からない。聖杯を手に入れるための戦いだっていうけれど、俺は親父以外の魔術師に会ったことはなかったから、魔術師同士の戦いなんてやったこともない」
 目はそらさない。これは俺の現実って奴だから。
 親父以外の魔術師を知らず、他の魔術師を見分けることも出来ず、ろくな魔術を使えない魔術師。
 高い理想はあるけれど、その理想を実現するための力には全く届いていない、無力な自分。
 それが現実。
「第一、俺は殺し合いは避けたい。それに聖杯なんてもの、俺は別に欲しい訳じゃないし」
 だから、せめて自分の意見だけははっきり示しておかなくちゃならない。俺は戦いを止めたくて、その戦いの向こうにある弓ねえの過去を知りたくて、セイバーのマスターを引き受けたんだから。
「シロウ」
 いきなり、俺の横に座っているセイバーから殺気が吹き出した。思わず身構えた俺と、セイバーのこちらを見つめる視線が重なり合う。うわ、あの目はかなり本気だ……だけど俺、セイバーに殺気向けられるようなこと言ったのか?
「衛宮くん……セイバーがまだ分別のある娘で良かったわね。下手すると死んでたわよ」
「なんでさ」
 遠坂の呆れ声。俺は本当に理由が分からない……けど、彼女の台詞が嘘じゃないであろうことは今のセイバーを見れば一目瞭然だ。つまり、理由は分からないけれど俺はセイバーを怒らせたわけだ。それこそ、俺を一刀の元に殺しかねないほどに。
「わたしたちサーヴァントの目的もまた、聖杯であるからです。わたしは聖杯を手に入れるため、願いを叶えるために、十年前も今回もマスターの召喚に応じた」
 俺の疑問には、セイバー自身が答えてくれた。そう言えばそんなことを言っていた……ようないないような。駄目だな、この辺記憶が曖昧だ。後でちゃんと思い出さなくちゃ、みんなに失礼だ。それに、そういうことならまるで問題にならないよな。聖杯を欲しくないのは俺、なんだから。
「なら、俺は要らないからセイバーが貰えばいい。弓ねえだってそう言った」
「うむ。我も聖杯は要らぬ故、もし我らが入手することになったのであればセイバーが手にすれば良い」
 俺と弓ねえがそう答えると、セイバーと遠坂は目を丸くした。あーもー、確かに俺たちが特殊なのは分かったからそんな珍獣を見るような目で見るな、遠坂。というかセイバーまで同じ目で見るのはやめてくれ、俺たちが特殊、の『俺たち』の中にはお前も入っているんだぞ。
「……は、はぁ……それはまぁ、助かりますが……っていえ、そうではなく」
「セイバー、ほんとにエライマスターに当たっちゃったものね」
「お心遣い、痛み入ります。リン」
 ってこらそこ、何肩を叩き合ってるんだ。そんなに俺の認識って甘いか? 甘いんだな?
「一応自覚はあるみたいね。そうよ、アンタの認識ってとんでもなく甘いわ」
 セイバーとの慰め合いを終えたところで、遠坂の聖杯戦争講座第三回がスタートしてしまった。よほど俺、何も知らないんだなぁ。もっとも、つい昨日まで素人同然だったんだから仕方ないんだけど。
 で、曰く。サーヴァントは自分たちも叶えたい願いがある。それを叶えるために聖杯が欲しくて、マスターの召喚に応じて来ているということ。
 だから、例えばマスター同士の交渉で聖杯をあきらめて貰う、なんていう方法は採れない。マスターがあきらめたって、サーヴァント自身が聖杯を欲しくて出てきたんだから彼らはあきらめない。
 マスターは上手いこと令呪を奪ったりして敵マスターを殺さずに無力化できるけれど、そんなことができないサーヴァントは敵マスターを無力化するために殺すしか方法がない。で、マスターは自分を守るためには、結局自分のサーヴァントを敵のサーヴァントと戦わせるしかない。
 つまり、どうあっても戦いを避ける、なんてことは出来ない。一度参戦表明をした俺には、戦って敵を倒すしかない、ということ。
「分かった? まったく、衛宮くんがここまで甘ちゃんだとは思わなかったわ」
「む、悪かったな。俺は出来るだけ、人死にを出したくないだけだぞ」
「それが甘いって言ってんの」
 俺の反論はあっさりばっさり。そりゃまあ、今までの四回の戦争で多大な被害、人死にが出ているのは分かっている。だけど、だからこそ少しでも被害を減らしたいっていう俺のこの気持ちは、本当に甘いだけの中身のない妄想なのか。
「甘いかもしれないけれど、俺はそれでも被害を減らしたい。少なくとも当事者以外に被害を出すなんて、そんなことは許したくない」
 俺の本当の親だった人も、隣家に住んでいた人も、近所の遊び友達も、あの業火に焼き尽くされた。俺はもう、誰かにあんな思いをさせたくはない。
「その意見には賛成だけれどね。あーもう、ホントのホントに何でこんなのがセイバー引き当てるのよ、あー頭に来る! 宝の持ち腐れならぬサーヴァントの持ち腐れって奴じゃないの!」
 あ、遠坂がまた荒れ出した。何だよ、結局お前が怒ってるのって俺がセイバーを召喚したからか? んなアホな。ちゃぶ台を力一杯殴るな、食事が取れなくなるだろうが。
「……私はどう反応すればいいのだ、これは」
「気にしない方がいいでしょう、アーチャー」
 落ち込み気味のアーチャーを、セイバーが慰めているというか何というか。そして弓ねえは……あー、腕組んで傍観の構えだ。確かに彼女は、今回の聖杯戦争には直接関係がある訳じゃないからな。たまたま弟である俺がセイバーのマスターになったから、力を貸してくれてるだけで。
「………………ええい! 衛宮くん、この家空き部屋あるっ!?」
 と。
 唐突に遠坂はがばりと立ち上がり、俺を見下ろしてそんなことを尋ねてきた。
「空き部屋? そんなの、イヤってほどあるぞ。うちは母屋以外に離れもあるし」
 尋ねられたことには素直に答える。我が家はやたら広い割に住人が俺と弓ねえ時々藤ねえしかいないので、空き部屋はいっぱいある。こまめに掃除はしてるんだけど、人の住まない部屋っていうのは寒々しくて寂しい。桜が前に言っていたけど、衛宮の家は住んで貰った方が嬉しいんだとか。まあ、家というのは人が住むための建物なんだから、自分の役目を果たせるということは家自身にとってとても喜ばしいことなんだろうけれど。
 そう考えていると、目の前の彼女はトンデモナイ台詞をのたもうてくれた。
「了解。じゃあ、今日からわたし、この家に住み込むことにしたから」
「はい?」
「は?」
「り、凛?」
「……何がじゃあ、なんだよ。遠坂?」
 代表で俺が、彼女にその真意を尋ねてみることにした。一体何がどうなって遠坂凛がその結論に達したのか、当人のサーヴァントたるアーチャーにもさっぱり分かっていないようだし。
 で、尋ねられた遠坂は腰に手を当て、仁王立ちしたまま俺を睨み付けながら答えを返してくる。その姿はまさにあかいあくま、威圧感がただものじゃない。
「うるさい。ここまで無知な魔術師、じゃなくて魔術師見習いを敵のマスターだからって放置しておけるほどわたしは馬鹿じゃない。というか、こんな奴が自分の管理地にいたってこと自体問題だし。心の贅肉だけど、わたしがあんたの師匠やってあげるわ。せめて聖杯戦争を、まともなマスターとして戦えるように」
 ええと、それはつまり、遠坂は俺に力を貸してくれるってことなのか?
 どうやらそうらしい、と俺の意識が彼女の台詞を認識すると同時に、遠坂の背後に控えていたアーチャーがむすっとした表情で口を挟んできた。ちらちらと俺を睨み付けている視線には、ほんの少し前のセイバーと同じくらいの殺気をこめながら。
「凛。それは無駄な行為だと私は思うがな。無知な相手ならばさっさと排除するに越したことはない。ましてやその無知が使役するのはセイバーのサーヴァントなのだぞ?」
「だから心の贅肉って言ってるでしょう? それに、正直言うとバーサーカーへの対策も練りたいところなのよね。弓美さん込みでサーヴァント三人がかりでもはっきり言って負け戦だったじゃない」
 自らの使い魔に対する魔術師の答えは明白だった。そして、その答えの中に出てきた、バーサーカーの名前。
 イリヤと名乗った少女が連れていた、鉛色の巨人。セイバー、アーチャー、弓ねえが三人で当たっても、あいつはろくに傷つかなかった。もし俺たちがそれぞれバラバラに戦っていたら、結果は分かり切っている。白い少女と巨人は二組の敵+イレギュラーのサーヴァントを倒し、聖杯に一歩近づく。
「確かに。少なくともあのサーヴァントを倒すためには、各々が別に挑むよりは協力態勢を敷いた方が勝率は上がるかと」
「街中での戦闘だった故にこちらが全力を出し切れなんだ、という可能性もありそうだな。戦う場所も考慮する必要があるが……誘導するためには複数でことに当たる方が確かに良いか」
 セイバーと弓ねえもそのことを理解できたようで、うんうんと何度か頷いた。この二人は遠坂の申し出を承諾してくれた、と思って良さそうだ……良かった、俺も遠坂とは戦いたくなかったし。
 で、後は眉間にしわを寄せて露骨に嫌がっている、遠坂自身のサーヴァントだが。
「アーチャー、あんたこの後ずーっと身体重い方がいい?」
「…………………………了解した。地獄に落ちろマスター」
 あかいあくまの、無邪気な笑顔と共に放たれた一言で撃墜された。アーチャー……ホントにお前、いろいろと苦労してるんだな。同情する気分にはどういう訳かならないけれど。
 多分、俺もこれから苦労しそうだから。というか決定事項なんだろうなぁ、きっと。

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この記事へのコメント

myu
2006年02月26日 03:14
切嗣が死んでしまった時、士郎を抱きしめて悲しみに耐えてた弓ねぇの弱さと優しさをみてジーンとしてるところにいきなりラブコメが始まってビックリしましたよ!!(^ ^;)
弟を心配して徹夜で看病して「うっかり」発動…素晴らしいコンボですね!!次はどんなうっかりを起こすのか楽しみです!!!
ORT
2006年02月26日 07:47
さっきを帯びた視線に撃沈。
またFateやりたくなりました。なので早速。
鉄塊
2006年02月26日 10:54
前々回に続き、凛の暴君化がまた深くなってしまった。暴君二人に囲まれてセイバーはいつまで自分を保てるのか!? 食事イベントまでと予想している(苦労するのは男二人のみか・・・)。
面白かったです。次も楽しみです。
かっぱ
2006年02月26日 12:11
凛にぼろくそ言われるアーチャーが哀れ・・・。
衛宮家はエンゲル係数が上昇しても弓ねぇの黄金率で安泰のようですねw
次も楽しみにしてます。

T.T
2006年02月26日 15:08
良いですね~、もう、頑張って欲しい、の一言です。
2006年03月03日 00:23
いつもご感想ありがとうございます。やる気増進です、本当に。

>myuさま
>弟を心配して徹夜で看病して「うっかり」発動…素晴らしいコンボですね!!
うっかり属性ありがとう、と思うのはこういう時ですね。次は何やらせようか、とか考えるのは楽しいです。

>ORTさま
>またFateやりたくなりました。なので早速。
行ってらっしゃーい。まとめてほあたーまで行きます?

>鉄塊さま
>暴君二人に囲まれてセイバーはいつまで自分を保てるのか!?
>食事イベントまでと予想している(苦労するのは男二人のみか・・・)。
何しろ食いしん王ですからねぇ。哀れなり野郎ども。

>かっぱさま
>凛にぼろくそ言われるアーチャーが哀れ・・・。
これでちゃんと士郎狙えるんでしょうか、このひと(笑)

>衛宮家はエンゲル係数が上昇しても弓ねぇの黄金率で安泰のようですねw
まぁ、ぼちぼち生活は出来るレベルだと思います。士郎があまり贅沢するタチじゃないし。

>T.Tさま
ありがとうございますー。きりきり頑張ります。
黒ネコ
2006年03月07日 00:01
 遅めになりましたが感想です。
 あかいあくま襲来でした、なんと言うか読んでて、士郎が自分の事を考えない善人と例えるなら、遠坂って、他人の事を考えない善人だなーと実感した話でした。
 きっちり相手と自分に利益があって、納得出来るのがあかいあくまの怖さだなーと(そこが良いのデスガ)
 失礼、凛の台詞に萌えつつ苛立ってます、ああ虐げられたい(おひ)

 前半の幼年期~目覚めは、もう弓ねえがちゃんと家族してるんだなーと見てたら…そこでラブコメですかっ!! 士郎の「なんでさ」って台詞で思わず吹いてしまいました、ええ、盛大に。

追記 凛のはなしでフェイトを思い返してみると、聖杯が絶対に必要って人(含むサーバント)って、少数派かもとふとおもったり。