Fate/gold knight 14

 今日もマウント深山で買い物を済ませ、皆一緒に帰宅する。自宅の門扉が施錠されていないのに、開けようと手を掛けてから気がついた。まあ、俺たちの帰宅が遅くなったからだろう。藤ねえと桜はとうに来てるだろうからな。
「ただいまー」
 玄関に滑り込み、声を掛けながら靴を脱ぐ。俺に続いてセイバー、弓ねえ、遠坂、アーチャーの順番でぞろぞろと入ってくる様子は、まるで里帰りしてきた一家みたいだ。……父親はアーチャーでいいとして、母親は誰だよ?
「あー、お帰り士郎。遅いぞー!」
「お帰りなさい、先輩」
 ほら、予想通り。桜はエプロンを着けて台所に立っていて、藤ねえはちゃぶ台の前に鎮座。そう言えば緊急避難用の餌はなかったっけか。はー、江戸前屋寄ってきてて助かった。もしあれがなかったら、ほんの数分後には大怪獣フジムラタイガーの暴走が始まってるだろうから。いやもうあれは収拾がつかなくて大変なんだよほんと。最終的には我が家の双璧をなす超怪獣エミヤユミが爆走して収まるわけなんだけど、その後に残るは惨憺たる居間。片付けるのは当然俺。
 ……親父。俺、何でこんなことになったんでしょうか?
 まあ、それはともかく。
 居間に入ると、桜がばっちりのタイミングで緑茶を淹れてきてくれた。お盆の上には俺込みで五つの湯飲みが並んでるあたり、分かってるというか。桜と藤ねえの分は、既にちゃぶ台の上でほんわかと湯気を上げている。うん、良い香り。ほっとするなあ。
「ただいま。藤ねえ、桜、来てたんだ」
「当然でしょー? 今朝はまともにご飯食べられなかったんだもん、もーお腹空いちゃって空いちゃってー」
「ほんとにお元気ですね、藤村先生」
「んふー、私は元気が取り柄なのだー。でもお腹空いたお腹空いたー」
 じたばたと手足を振り回す藤ねえ……なあ、担任されてる生徒の俺が言うのも何なんだが、あんたほんとに教師か? ほら、桜だって呆れて肩すくめてるじゃないか。
 と、俺の隣にするりと滑り込んできた遠坂が、彼女用の湯飲みに手を伸ばしながら口を開いた。
「桜、あんたは大丈夫なの? 美綴さんに病院でつきっきりだったんでしょ。食事とか」
「あ、はい、大丈夫です。最近の病院って、ご飯美味しいんですよ」
 一瞬ぽかんとした桜の様子が、ほんの少しだけ心に引っかかる。ま、確かにいきなり遠坂から気遣われたら驚くよなあ……しかも、何だか仲良しっぽい口調でさ。けれど、桜は引っ込み思案であまり友人もできなくて俺や姉上たちも気にしていたから、遠坂が話しかけてくれるのは嬉しい。
 ……何だか、慎二より遠坂の方が桜のきょうだいっぽいよなあ。何となくだけど。
「ふむ、桜がそう言うのならば大丈夫であろう……しかし、あの病院なれば十年前はさほど美味ではなかったのだがな」
 こくりとお茶を飲んでから弓ねえが一言。十年前、俺が入院していた病院のことを言っているのだろう。俺自身、何回か食べたはずなんだけどあまり覚えてないなあ……ああ、その後の食生活の方が凄かったから、印象が薄いんだな。きっとそうだ。
 はっはっは、おかげで基本的な料理はレシピ見なくても勝手に手が動いて作れるようになったぞ、こんちくしょう。
「あ、お夕飯なんですけど、一応献立を考えて下準備はしてあります。先輩、手伝ってください」
「ああ、分かった」
 ……そのスキルを最大に発揮できる時間がやってきたようだ。桜に返事してから、まずは身支度を調えるためにいったん部屋に戻る。カバンを置き、制服から私服に着替えて出てくると……
「大河は夕食までこれでも食ろうておけ。今日はどら焼きを買うてきた」
「わーい、弓美ちゃんありがとー♪」
「セイバーはこちらだ。各自一袋限定故、その他の袋には決して手を出してはならぬぞ?」
「あ、ありがとうございます、ユミ」
 ……金の姉が、猛獣二頭を餌付けしていた。なんだ弓ねえ、やればできるんじゃんか。猛獣使いの名を与える、ってなんでさ。本人が猛獣なのに。
 ともかく、一番やかましい二人が静かになったのに安心してエプロンを着け、台所で桜と並び立つ。……エプロンのひもの調整が微妙にずれていたのは、アーチャーが着けたからだな。今日の買い物で、あいつ用のエプロンも買っておいたからいいけど。
「……そういえば大河、桜。綾子はどうであったのだ?」
「んぁ? 美綴さん? うん、軽い貧血みたい。二、三日入院して様子を見るって」
 弓ねえと藤ねえの会話が聞こえる。そうか、美綴、大したことなかったみたいだな。本当に良かった。ちらりと遠坂を伺うと、そっちもほっとした表情を浮かべている。
「ふむ、それは重畳。……昨晩の行方が気になるが、それは先生方にお任せしよう」
 てきぱきとちゃぶ台周辺を片付けてくれているアーチャーも、心なしか機嫌が良いように見える。……えーと、あいつ美綴と面識あったっけ? 遠坂にくっついて学校に来てるから、見てはいるのか。まあいいけどさ。
「……」
 そんな中で、たった一人。
 桜だけが、どこか沈んだ表情をしていた。
「……桜? 何か気がかりなことでもあるのか?」
「え? あ、いえ、何でもないです、はいっ」
 俺の問いに、桜はぱっと顔を上げて笑いを形作る。うん、無理して笑ったっていうのが普段から鈍い鈍いと言われてる俺にすら分かってしまうのは、かなり問題だぞ。やっぱり何かあるんだろ……とは思っても、これ以上深く踏み込めないのは俺が男で、桜が女の子だからだろうな。多分。


  Fate/gold knight 14. はいいろのがんさく


「──慎二がマスター? そんな馬鹿な」
 話は、学校から家に帰る途中にまでさかのぼる。
 俺が学校を出るのが少し遅くなったせいか、通学路にはほとんど人がいない。おかげで俺たちは、あまり周囲に気を張ることなく会話を交わすことができた。もっとも、アーチャーとセイバーは時々あたりに視線を巡らせていたけれど。悪いな、二人に任せてしまってるみたいで。
 それはともかく、慎二との会話の内容を遠坂たちに伝えたとき、遠坂はそう言って眉間にしわを寄せたのだ。
「気持ちは分かるがな、凛。私も確かにサーヴァントを確認している。クラスがライダーであることも判明済みだ」
「そうです、凛。事実は事実として受け止めねば」
 アーチャーとセイバーがフォローを入れてくれる。アーチャーはライダーと刃を合わせているし、セイバーは慎二に対する先入観がないために冷静に物事を判断してくれるから助かるよ。……弓ねえが難しい顔をして腕を組んだままだんまりなのが気に掛かるけど。
「ううん、そうじゃないの。……慎二がマスターになれるはず、ないのよね」
 遠坂が首を振ると、二つに結われた髪がふわりとなびく。ツインテールっていったっけ……親父が生きてる頃に弓ねえがやってみたら、髪の量と癖のせいかまんまキャンディキャンディになってしまって、親父・藤ねえと三人で爆笑したことがあった。その後全員ぼこぼこにのされたけど。はは、良い思い出だな。うん。
 いや、そんなことを思い出している場合じゃなくって。
「……前にもそんなことを言ってたっけか。もう一つある魔術師の家系は、マスターにはなれないって……どういうことだ? 遠坂」
 慎二がマスターになれない、と断言してみせた理由を発言者に尋ねる。その本人である遠坂は、俺たちをぐるりと見回してから人差し指をびしりと立てた。どうやらあれ、説明するときの癖みたいだな。
「だから、マスターってのはわたしや衛宮くんみたいに、少なくとも魔術師の素養を持つ者じゃないとなれないのよ。そうでなくちゃ、元々サーヴァントを召喚する儀式なんて発動させられない。発動させるための魔術回路がないんだもの」
 遠坂の言葉に、セイバーを召喚した夜のことを思い出す。
 あの召喚陣はいつも俺が魔術の鍛錬をする土蔵の床に描かれていた。多分、親父に魔術を教わり初めてからの八年間、毎日毎日あの上で鍛錬をやっていたときの魔力が、少しずつ陣に溜まっていってたんだろう。毎晩、魔術回路を一から作り上げる馬鹿野郎の魔力を。
 そうしてあの夜、俺の叫びに答えてくれた。
 セイバーは、俺の叫びに応じて登場してくれた。
 一度に召喚の儀式を行っていたら多分魔力不足で失敗しただろうけれど、その前の蓄えがあったから俺は自分でも知らずに、セイバーの召喚に成功したんだ。
 そして、魔力の備蓄と儀式の発動は、俺自身に魔術回路が備わっていたからこそだ。……遠坂が力を貸してくれなかったら、今でも俺はわざわざ魔術回路を作らなくちゃならなかったんだろうけど。ああ、ほんとに情けないなあ。
「慎二の家……間桐は確かに古い魔術師の家系よ。でも、土が合わなかったのか水が合わなかったのかは知らないけど、だんだん衰退してきてね……確か先代くらいで魔術回路がなくなっちゃってるはずなのよ。痕跡くらいは残っているでしょうけど、まともには動かせないわ。つまり、魔術師としての間桐は死んだわけ」
 俺の思考と関係なく続けられた遠坂の説明は、慎二にはそれすらもできないということを示していた。そもそも魔術回路がないのであれば、魔術を発動させることはできない。サーヴァント召喚の儀式を行うことは不可能……つまり、聖杯から選ばれてマスターになることはできない。そもそも聖杯が選ばないのだ、と遠坂は言う。
「すると……慎二がマスターである以上、その権限はライダーを召喚したどこかの誰かが慎二に譲り渡した、もしくは慎二が奪い取ったということになるの」
 じっと話を聞いていた弓ねえが、ぼそりと呟く。魔術師でない人間はサーヴァントを召喚することはできないけれど、一度呼び出されたサーヴァントとそのマスター権を譲り受けることはできる。もし、俺があの教会でセイバーのマスターとしての権限を返上していたなら、セイバーは他にマスターを捜してその人と契約するはずだった──つまり、権限の委譲は可能ってことだ。
「そうなんだけどね……仮にも聖杯に認められ、聖杯戦争への参加を許された魔術師が、魔術なんて使えない──回路すら持たないボンクラにわざわざマスターの座を譲り渡すなんてどうかしてる。慎二が奪い取ることだって、よっぽどじゃないけど無理。絶対おかしい」
 ……なあ、遠坂。お前、よっぽど慎二にマスターやって欲しくないんだな。多分戦いたくないから、とかいう理由じゃ無しに。
「しかし、おかしいかどうかはともかく、現時点で慎二がライダーのマスターであるのは事実だ」
 アーチャーも俺と同じことを考えていたのかな。溜息をわざとらしくついてから言葉を吐き出してきた。自分のサーヴァントの台詞に、遠坂も不承不承口を閉ざす。弓ねえはアーチャーの台詞に頷いて、言葉を引き継いだ。
「そうなるの。ならば、その背後にいかなる動きがあったのかは心の隅に止めておくべきだろうが……今メインの話題にするのはどうかと思うぞ。あのゲスを叩き潰し、参戦権を奪ってしまえば何の問題もないからの」
 あー、弓ねえも慎二の参戦には大不満だったか。ま、元々仲は良くないからしょうがないか、これは。
「それにしても、こうなることが分かっておったら首を捻っておいたものを。その方が後腐れなく済んだのに、士郎が止める故出来なんだ」
 だからってこういう発言はどうかと思う。何しろ姉上はサーヴァントだし、その気になれば本当にやってのけそうな気がするので、愛されてる弟としては止めなくちゃならない。さすがに敬愛する姉が警察にしょっ引かれるのは俺、嫌だし。
「その代わり、この近辺で派手に大暴れしてくれたじゃないか。あれからしばらくの間、俺ご近所さんに顔向けできなかったんだぞ」
「ドメスティックバイオレンスなぞやらかした腐れが悪い」
 確かに。そう言われると、ぐうの音も出ない。弓ねえも藤ねえも結構暴力を振るってくることはあるけれど、でも二人とも俺のことを可愛がってくれてるのは分かってるから間違ってもDVだなんて言いません。ええ、イイマセンヨ?
「シロウ、ユミ。話がずれています、軌道修正を」
 うう、一人だけ妙に冷静なセイバーにたしなめられた。でもまあ、こういう関係は嫌じゃないな。だってそうだろう? 何だか、家族が増えたみたいでさ。
 あ、また話がずれそうだ。戻さないと。
「そうね。まあ慎二がマスターなのは事実、と。それで衛宮くん、あいつ何言ってきたの?」
「ん、ああ……慎二は、遠坂に気をつけろって言ってきた。目的のためなら何するか分からないからって」
「どっちがよ」
 姉上と同じく一刀両断。遠坂はともかく、慎二については俺はあまりそうは思わないけど。あ、でも手段を考えないのは問題だって、一成が何度か注意していたような気がする。……そうだよな、桜に手を上げるくらいだし。
「それと、自分と組まないかって。俺は遠坂と同盟組んでる訳だから、意見は保留しておいたけど」
「……考えることは一緒か。あーもう、何であんなやつと同じこと考えつくんだろ、わたしったら」
 あ、遠坂、頭抱えた。けど、同盟組んで敵に対抗するっていうのは割と誰でも考えつくことだろう? 何でそう、慎二のことを嫌がるかなあ。それとも、俺が鈍感なんだろうか。
「で。士郎としてはどうしたいのだ?」
 弓ねえが俺に尋ねてくる。慎二から同盟を申し込まれたのは俺だから、俺の意志に任せるつもりなんだろう。セイバーも遠坂も、アーチャーも俺の顔をじっと見つめている。
 うん、大丈夫。俺の答えは、もう決まったから。
「慎二には明日断っておく。同盟を組んでいる相手をけなされて、それで仲良くやれるほど俺は人間できてない」
 そう答えたら、全員が一斉にほっと息をつくのが分かった。お前ら、そんなに俺を信用できないか。特に姉上。
「信用できぬというか、そなたが慎二に何故あれほど信頼を置くのかが皆解せぬだけであろう」
 だからそう問うたら、こう反撃されてしまった。うーん、でも慎二ってそれなりに良いやつなんだけどなあ。確かに、妹を殴るのはよくないけれど、それだって事情があったんだろうし……そうかな?
 ともかく。
 せっかく同盟を申し込んでくれたのは嬉しいけれど、慎二には断りを入れる……ということで決着した。既に遠坂と同盟を組んでおり、それを慎二には言ってないんだからな。裏切り者ーとか罵られそうだけど、そこは自業自得と言うことで我慢しなくちゃならない。
 だけど、慎二。
 桜には当たるんじゃないぞ。
 俺には、心の中でそう祈ることしかできなかった。

 時間は過ぎて、既に日付が変わろうかという時刻になっていた。
 桜と藤ねえはそれぞれの家に戻り、家にいる皆もおのおのの部屋へと引っ込んでいる。アーチャーは相変わらず屋根の上だろう。……形式的にでも、部屋を用意しておくべきかな。桜も藤ねえも、あいつがうちにいることを知ってるわけだし。
 で、俺は土蔵にこもり、魔術の鍛錬をこなしていた。床に敷き詰めたブルーシートの上に座し、目を閉じて精神を鎮める。八年間ずっとやっていたこの作業で漏れ出た俺の魔力が、セイバーを召喚するための魔力として貯蔵されたんだろう。
「同調、開始」
 俺の中でがちり、と撃鉄が落ちる。それがスイッチとして機能し、俺の中にある魔術回路が動き始める。
 遠坂に指摘されなければその存在すら分からなかったであろう、俺に生まれつき備わっていた魔術回路が力を蓄える。
 いつもならそこら辺に転がっているがらくたに魔力を流し込んで強化してみるんだけど、今日は違うことをしようと思っていた。
「…………俺の魔術は、投影……か」
 本来のあり方とは似て非なる魔術。
 世界の修正を受けない投影。
 あまり人前でやるべきではないって言われたけれど、ここでなら大丈夫だろう。そう思い、口を開く。
「投影、開始」
 頭に思い浮かべる設計図は……インパクトが強かったのか、ぽんと出てきたセイバーのお弁当箱。三段重ねの大きなものだ。本来は正月のおせち料理を収める器であるそれを思い浮かべ、造り出そうとする。
 ──やがて、手の中に重みが生まれた。重量は大体こんなものだけど、何だか持ちにくいというか、がたがた音がするんだけど。
「──投影終了。あ、駄目だこりゃ」
 目を開けてみて納得した。四角い重箱を作ろうとしたのに、何でこう横から力一杯蹴り飛ばした一斗缶みたいにひしゃげてるんだろう。三段の器とふたがそれぞれ違う歪み方をしてるもんだから、前に投影したことがあるヤカン同様まともに機能しないことは確認するまでもなく分かってしまった。穴が開いていて使い物にならなかったヤカンほどじゃないか、一応入れ物にはなるからなあ。だけど、これに弁当を詰めても美味しそうには見えない。
「やっぱり失敗、か」
 夜中にうっかり放り投げて大きな音を出すわけにも行かないので、バランスが悪いせいでかたかたと音を鳴らすそれを隅っこに置いておいた。いくら異常な魔術ったって、出来上がるモノが失敗作ばかりじゃあ何の役にも立たないだろうに。それとも、何か特定のモノだけ成功する、とかいうピンポイントだったりするんだろうか。
「……そう言えば」
 ピンポイント、で思い出した。
 弓兵のくせに刀剣で戦う、何となく俺とよく似た奴。
 しかも、戦闘に使う刀剣は俺と同じ『異質な投影』で生み出したものだ。
「よし、やってみるか……投影、開始」
 再起動。今度は脳裏に、アーチャーが構えた白と黒の短剣を思い浮かべた。
「──あ」
 何だろう、このしっくりとした感覚。
 かちり、と俺の頭の中でパズルのピースがはまったように、何かが開けた。
 短剣の生まれた経緯。
 名前と、その由来。
 あいつが、如何にしてそれを使いこなしているか。
 それらが、するすると浮かび上がってくる。
 まるで、最初から俺の中に『それ』があったかのように構成が浮かび上がってくる。歴史が積み上げられていく。
「……投影、終了」
 そうして、一通りの行程を終えた俺の両手には、あの番の短剣──陽剣干将・陰剣莫耶が存在していた。形が歪むこともなく、中が空っぽであることもなく、俺が見たままの双剣。
 見たままは見たままだったけれど、でもやっぱりコレは失敗作だった。
「まだまだ、だな。骨子の構成からしてなってない」
 そう。完全にあれを形成することはかなわなかった。それが証拠に、互いをがつんとぶつけ合わせただけで刃は砕け、本来存在するはずのなかった物質は魔力へと還っていく。これでは、戦闘はおろか鍛錬にすら使えない。
「うーん……サーヴァントの武器だから、かな?」
 理由を考えると、そこに突き当たった。アーチャーはサーヴァントだから、その武器にもそれなりの由来がある。となれば、ただの魔術師見習いである俺がまともに投影できたってのがそもそも無茶だ。俺には俺にふさわしいレベルのものがあるはずで。そう考えて思いついたのは。
「…………包丁、とか?」
 悪かったな、使い慣れてるよちくしょう。俺がだいぶ料理できるようになった頃に、弓ねえがご褒美だっつーてセットでン万とかン十万とかいうのを買ってきてくれたんだよ。丁寧に研いで、大事に使わせてもらってるよ。ほんとにもう、あの姉貴は金の使いどころが微妙におかしいというか、何というか。
 カコバナは置いといて、一番慣れている刀剣、というか刃物で再チャレンジしてみることにする。投影開始。
「………………………………できたし」
 投影終了。大変に笑える結果になってしまった。
 現在俺の目の前には、愛用の包丁六本──えーと右から出刃・薄刃・柳刃・牛刀・パン切り・冷凍食品用がずらりと並んでいる。これは全部、俺が投影してできたいわゆるバッタモン。さっきの干将莫耶と違って我ながら大変に出来が良く、このまま本物の予備用に使えるんじゃないだろうか。ばれなければ、だけど。
「はあ、なるほど……刃物ならいけるのか、俺って」
 自分の能力をやっとのことで理解できたような気がする。俺は刃物──刀剣の投影が大変に得意なのだ。そして多分、一度見たモノならば作り出すことができる。アーチャーの双剣を形だけとはいえ投影できたのがその証拠だ。
 まあ、例えば弓ねえの剣とかを投影しろ、と言われたらまだ無理だろう。干将莫耶と同じく、もっと俺が精進しないとその域には到達できないから。おそらく構成骨子の解析が甘いんだな。
「ふん、自力で解明するとは大したものだな。衛宮士郎」
 だから、何でお前がそこにいるんだよ。そりゃ、周囲の警戒を任せっきりにしているこっちも悪いけどさ……それに、昨夜は藤村組の人たちが出回ってたから良いけど、今日は普通に静かな夜だからな。誰か動いているかもしれない。
「……そりゃ褒めてんのか? それともせいぜいその程度かってけなしてんのか?」
 予備にすることに決めた包丁セットをまとめながら聞いてみる。さらしを取り出して、一本一本丁寧に巻いてから適当な空き箱を引っ張り出してきて収納。うん、意外とぴったりサイズで助かった。
 で、俺に聞かれたアーチャーはふん、と鼻で笑ってくれた。あーやっぱり、俺のことけなしてるか? と思ったら、一言。
「ひねくれた考えをするものだな」
「お前に言われたくはねーな」
「ぐ」
 即返したら、さすがにたじろいだ。何だか勝利したみたいで気分が良い。たまにはこっちからやりこめてやるのもいいもんだな。いつもは弓ねえに助けてもらってるようなもんだし。
 ってこら、人の投影した包丁を何吟味してんだよ。それはもう一つ一つ丁寧にさらしを解いてじっくり上から下まで眺めたり明かりにかざしてみたり刃先を触ってみたり。で、満足行くまで見終わるとちゃんと巻き直してしまってくれるからまあいいけれど。
「ふむ。確かに使い慣れているだけあって、貴様にしては完璧といっていいだろう」
 六本全てを確認して、アーチャーはうむと頷いた。何だか満足げな表情をしているっていうことは、第三者から見ても十分納得できるレベルの投影になってるってことか。もっとも発言者がアーチャーなんであれだけど。
「俺にしては、か。それは褒め言葉として受け取っておくぞ」
「勝手にしろ。誰もけなしてなどおらん」
 あ、本気らしい。良かった、って笑って見せたら奴は逆に不機嫌そうな顔になった。なんでさ。
「しかし、包丁は投影できても私の剣はまだ無理だったか」
「ああ、まだ甘い。鍛錬して、もっとちゃんと投影できるようにならなきゃ、いざというときに何もできないな」
「分かっているのならば良い。せいぜいあがくことだ」
 ……ええと、アーチャー。
 お前の台詞を字面通りに捉えたら嫌みにしか聞こえないんだけど、もしかして意訳でがんばれ、って言ってくれてるのか?
 何だ、お前良いやつじゃないか。それもかなり。
「ありがとう、アーチャー。せいぜい頑張るよ」
「何で私が貴様に礼など言われなければならんのだ」
 そっぽを向きながらアーチャーが吐いた台詞は、遠坂と言い方が似てるような気がした。うん、お前らそっくりだよ。マスターとサーヴァント、相性もばっちりだし性格もそっくりなんだなあ。似た者同士で主従になるんだな、うん。
 ──そうすると、やっぱりライダーは慎二のサーヴァントじゃないよな。彼女、性格が慎二に似てるとはとても思えないし。似ているとしたら──
「ん?」
 不意に、アーチャーの表情が険しくなった。眉間にしわを寄せ、入口から外を睨み付けている。その全身からただならぬ気がだだ漏れしているのに気付いて、俺は立ち上がった。
「どうした? アーチャー」
「弓美が家を出た」
「え?」
 アーチャーは、声すらも低くしている。これは確実に警戒態勢だ。
 だけど……何で、弓ねえが、今頃外に出る?
 この前は俺を迎えに深夜の学校まで来てくれたけれど、あれはかなり特殊な部類だ。そもそも。
「彼女は、夜中に徘徊する趣味でもあるのか?」
「姉貴が? まさか。弓ねえは布団大好きだぞ。特に冬は」
 そういう理由がある。そうでなければ、毎朝毎朝姉上様を部屋まで起こしに行ったりしない。あの布団まんじゅうを見たことないから、アーチャーはそんなことを聞いて来られるんだ……って、それはつまり、よく分からないけれど何かが起きているということだ。
 弓ねえ、どこに行くつもりなんだ? 俺に何も言わずに。
「なるほど……どうする?」
「どうするも何も、追いかけるに決まってんだろ」
 作業着のままだとちょっと問題かな、と思ったけれど、自分の格好より姉貴の行き先が気になる。慌てて土蔵を出ようとしたけれど、アーチャーに肩を叩かれて止められた。何だよ、お前の相手してる暇はないんだよ。
「貴様の足で追いつける速度ではないぞ」
 アーチャーにそう言われて、一瞬考え込む……までもなく分かった。サーヴァントの能力は、俺たち人間とは比較にならないほど高いんだってことを思い出したから。第一姉貴、あの細腕で俺よりずっと力持ちだもんな。普段は「そなたがやれ」の一言で俺が重い荷物持つけれど。
「バイクの音はしてないから、走ってるんだな。……アーチャー、お前追えるか?」
 で、ちょうど目の前にいる姉上と同じ、アーチャーのサーヴァントに尋ねてみる。奴は腕を組んで、俺を見下ろしてにやりと笑った。う、これは嫌みったらしいけど、自信のある笑みだ。二人の姉上や遠坂のそういう笑みと一緒だから、何となく分かった。
「私やセイバーなら十分追える。当然だがな」
「分かった、セイバーを呼んでくる。留守番は頼む、アーチャー」
 そうだ、俺はセイバーのマスターなんだから彼女に頼まないと。アーチャーは遠坂のサーヴァントだし、こんなことでこいつの手を煩わせるわけにもいかないしな。こいつと遠坂にはうちに残ってもらって、備えを固めておいてもらわないと。
 と、思った横から、アーチャーが俺より先に土蔵の外に出た。軽く地面を蹴り、塀の上に飛び乗る。このやろ、いちいちかっこつけてやがるなあ。って、待てよ。
「馬鹿者。私が先行する。実体化したままで追うから、セイバーなら私を追ってこられるはずだ」
「え、あ、おい!」
 俺が呼び止めるより早く、奴は宙へと舞い上がる。ちらりと肩越しに俺を振り返って、アーチャーは言い放った。
「とっとと追いついてこい、へっぽこ」
「……た、頼んだぞ!」
 誰がへっぽこだ、と言い返すより前にやることがあるのに気がついた。アーチャーに弓ねえを追ってもらって、その間にセイバーと……できれば遠坂にも起きてもらおう。自分があまりにも弱いのが分かっている……から。それに、遠坂を一人にしておくのも何だか嫌だから。
「セイバー! 遠坂! 悪い、起きてくれ!」
 母屋に走りながら、ふと着替えだけはしよう、と思い立った。二月の夜は、足下からしんしんと冷え込んでくるから。

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この記事へのコメント

風まかせ
2007年03月21日 00:40
ああ、姉様分が足りない(笑)
いや冗談です。
布団大好きのくだりはニヤニヤと読んでしまいました。

前回から少し士郎とアーチャーの仲が良くて…少し嬉しかったり。
いがみ合うよりは、皮肉を飛ばし会う距離が見てて楽しくて好きですね。
舞台が動いて次回へ、楽しみにしています。
lostlifer
2007年03月22日 20:52
うわぁ、更新間隔が短い!
すっかり油断してました、姉様分は今回はおあずけかなぁ。
ええっと、地固めの回・・・ですかねぇ?
目立った動きが無い様に見えて、動いていく準備をしてるみたいな。
アーチャーとの仲が展開に影響するのかなぁ、なんて少し勘繰ったりしながらバトル有りと仰られてた15話を楽しみにしております。
御体には気をつけてー、ではっ。
天田志朗
2007年03月23日 14:09
>猛獣使いの名を与える
猛獣が猛獣を使役するとは…弓ねえには金の獣王の名を進呈したい(笑)
この三頭の猛獣が一斉に暴れ出したらもう竜巻(トルネード)どころではないだろうな(あッ、それとアカイアクマとクrぐゎあぁ……)

士郎がアーチャーの皮肉を皮肉で変え似て丸め込んだり、
真意を的確に読み取って素直に受け取ったりで、
アーチャーが対応に困ってるのが面白い。

次の更新を楽しみにしております。
それでは、また。
天田志朗
2007年03月23日 14:12
皮肉で返して、でした。失礼しました。
JUN
2007年03月23日 22:22
士郎に対して厳しくも優しい?アーチャーが非常にツボでした。

それにしても俺も投影使ってみたいな~
包丁が刃毀れして買い換える時期が来たみたいなので(笑)
Shunki
2007年05月08日 18:05
風まかせさま
>ああ、姉様分が足りない(笑)
私も足りないです、はい(笑)
というわけで次の話は弓ねえ祭りです。

>前回から少し士郎とアーチャーの仲が良くて…少し嬉しかったり。
>いがみ合うよりは、皮肉を飛ばし会う距離が見てて楽しくて好きですね。
レアルタ凛ルートの柳洞寺はなかなか楽しいらしいです。まだプレイしてませんが。
そう言えばあのやりとりに声がついてるんだよなあ。

lostliferさま
>うわぁ、更新間隔が短い!
ちょっとリアルで余裕ができましたので。
週刊連載だったマジリンよりはのんびりなのですが。
……そこから次までが長くてすみませんorz

>アーチャーとの仲が展開に影響するのかなぁ、なんて少し勘繰ったりしながら
>バトル有りと仰られてた15話を楽しみにしております。
あう、お待たせして申し訳ない。
しかしこれで何のバトルがあるのかは分かってしまいましたな(笑)
Shunki
2007年05月08日 18:06
天田志朗さま
>この三頭の猛獣が一斉に暴れ出したらもう竜巻(トルネード)どころではないだろうな
>(あッ、それとアカイアクマとクrぐゎあぁ……)
衛宮邸が跡形もなくなりますなあ。まあ誰ぞの金で新しい家がすぐ建つでしょうが(笑)

>士郎がアーチャーの皮肉を皮肉で返して丸め込んだり、
>真意を的確に読み取って素直に受け取ったりで、
>アーチャーが対応に困ってるのが面白い。
姉が一人増えたせいか、人付き合いがそこそこ上手くなってるみたいですね。
まさかアーチャーも、この世界の自分がこんな風になっているとは思ってなかったろうし。

JUNさま
>士郎に対して厳しくも優しい?アーチャーが非常にツボでした。
友人間ではアーチャーはツンデレ認定されております(笑)

>それにしても俺も投影使ってみたいな~
>包丁が刃毀れして買い換える時期が来たみたいなので(笑)
どうせなら専門店で良い物を見てからにしましょう……違う(笑)