Fate/gold knight 13

 放課後。クラスメートはほとんどが既に教室を出て、残っているのは俺だけになった。一成にも先に出てもらい、ことさらゆっくりと帰り支度をすませる。
「……さて、行くか」
 朝よりは軽くなったカバンを手にして立ち上がる。目を閉じて周囲の気配をたどるけれど、俺には何も感じることはできない。どこからか霊体化したアーチャーが見ていてくれるはずだけど、それを感じ取ることはへっぽこ魔術師見習いの俺にはとうてい無理な話で……というか、マスターである遠坂以外の人間には関知できないんだろうなあ。
「まあ、せいぜい頑張るよ」
 多分仏頂面で俺を睨んでいるだろうあいつに、わざと聞こえるように俺はそう言った。
 教室を出て、階段を下りる。できるだけ自然にしようと思っているけれど、やっぱりどこかぎくしゃくしてしまうのは拙い。俺の意図を気付かれてしまっては、元も子もないからだ。
 俺は、学校に潜むマスターをいぶり出すための囮を、買ってでてるんだから。


  Fate/gold knight 13. あおのさそい


 靴を履き替え、俺は改めて周囲を見回す。結界の基点を処理した成果なのか、校舎内の空気が何となく軽くなっているのは分かった。
「……けど、根本的な解決にはなってないんだよな」
 結界を展開したサーヴァント、もしくはそのマスターを排除するなり術を解除させるなりしなければ、再び結界は力を蓄える。そうして発動した結界は、学園を赤い地獄に──
 ──そこまでを口にしてしまいそうになり、慌てて周囲を再確認する。他の……魔術師でない、一般の誰かに聞かれでもしたら拙いことこの上ない。俺のように、巻き込んでしまうから。
 まあ、幸い誰もいなかったようだけど。そりゃそうだ、教師からのお達しで今日はさっさと帰宅させられることになってるもんな。
 ──だから、俺の背後に湧き出したこの気配は人間のものじゃない。
「くっ!」
 反射的に振り回したカバンに、何かがぶつかった衝撃があった。とっさに床を蹴って距離を離し、そちらの方向に視線を走らせる。
 そこに、女がいた。
「サーヴァント!」
 しなやかな長髪。
 豊満な肉体と、その身体にぴったりフィットした露出度の高い黒衣。
 恐らくは端正であろうと思われる顔、その上半分を覆い隠す無骨な眼帯。
 長い手足。
 その手に握られた、長い鎖のついた釘のような剣。
 そして、全身から放たれる、人間とは違う威圧的な気配。
「……っ!」
 身を翻して走り出す。校舎の外に出れば、体格の大きな彼女にも有利になるけれど、俺を監視しているはずのアーチャーにも有利になるはずだ。あいつも身体でかいし。
「ああもう、こんちくしょう!」
 もう少しで外に出る、と思った瞬間、俺の腕に鎖が絡まった。そのままぐいと引き戻され、放り投げられて背中を床に打ち付けてしまう。衝撃でカバンが手から離れてしまい、床を滑っていくのが視界の端にちらりと映った。
「っ……!」
 何とか身体を起こした俺の目の前に、釘剣を構えた彼女がふわりと舞い降りた。眼帯の向こうから、俺を見つめる視線が感じられる。これは──魔眼封じ?
「そこをどけ!」
 眼帯を通してすら視線に含まれているらしい魔力のせいか、身体がずしんと重くなる。それを無理矢理動かして、俺は床を蹴った。無謀だとは分かっているけれど、体当たりでもかまして少しでいい、時間を稼がないと。アーチャーが来ないのは、近くにいるかもしれないこいつのマスターを捜しているのだと、俺は思っているから。
 元々、それが目的で俺は囮になったのだし。
「……っ!」
 囮っていうのは、あくまで目標をおびき出すための餌だ。だから、さほど実力を持っている必要なんてない。特に、今回の俺の場合は。
 だから、こうやっていとも簡単に弾き飛ばされ、組み敷かれてしまうのも仕方のないことだけれど……あ、でも悔しいなあちくしょう。思いっきり力負けしてるよ。っていうか、どんどん身体が重くなってくる。頭の中に何か重しが詰まったみたいに、ずるずると意識が遠ざかっていく。
「く、この、離せ……!」
「……」
 両腕を床に押しつけられて、ぴくりとも動かせない。下半身には彼女が自分の体重を乗せてきていて、いろんな意味で動かしづらい。いや、そんなこと言っている場合じゃないんだけど。大体、身体全体が──意識までが重くなってしまって、正直動きたくない。
「……」
 彼女は言葉を発しない。しゃべれないのかしゃべらないのか、それは分からないけれど。ただ、彼女は牙を持っていることだけは分かった。くわっと開かれた口の中に、はっきりと他の歯より長いそれが見えるから。
「吸血種か……っ!」
 そのくらいは、俺でも少しは知っている。人間の血を吸って、そこから精気を得て生きる種族。いろんな種類がいるらしいけれど、今目の前にいる彼女がどれなのかは考えても無駄なことだろう。どの種族であるにせよ、今俺が彼女に組み敷かれて襲われている最中だっていうのは曲げられない事実なんだし。ああやっぱり、俺は本当に一人じゃ何もできないんだな。
「……」
 首元に、彼女が顔を寄せる。全身が重くて動かせないまま、俺は覚悟を決めて目を閉じた。ちくしょうアーチャー、せめて遠坂にはこいつのこと、伝えておけよ。

「やめろ。ライダー」
 不意に掛けられた声。それに対応するかのように、身体の上から重さがなくなった。物理的な重量も、精神的な重圧も。
 自力で動けるようになったので、ゆっくりと身体を起こしてみる。うん、倒されたときに背中を軽く打ったけれど、特に怪我もないみたいだ。助かった。
「よう、衛宮」
 俺を窮地から救ってくれた主は、俺と同じ制服を着て、同じカバンを持って、いつもの皮肉っぽい笑みを浮かべてそこに立っていた。
 自分の斜め後ろにあの女を控えさせ、腰に手を当てて、これもいつもの通り少しばかり自信過剰気味な態度で。
「……慎二」
 びっくりした。
 目の前に立っているのは、間桐慎二。桜の兄貴で、俺の友人。
 こいつが、いぶり出されたマスターだってことなのか。
「はは、悪かったね衛宮。うちのライダーのしつけがなってなくてさ」
「ライダー……ってことは、お前」
 ライダー。おそらくそれは、俺を襲ってきた彼女のことだろう。うちの、と言ったってことは、慎二は間違いなくマスターだってことだ。ライダーのサーヴァントを従える、七人の魔術師のうちの一人。
「ああ、マスターさ。お祖父様の言いつけでね……ったく、いくらうちが古い魔術師の家系だからって、イヤになるねえ」
 遠坂が言っていた、冬木市にあるもう一つの魔術師の家系。それが、間桐の家だということを口にして、慎二は眉をひそめた。つまらなさそうに青っぽい髪を掻き上げながらふと振り返り、無言のままじっと立っているライダーを見据える。そうして足を軽く振り……。
 がすっ、どすという鈍い音と共に、彼女の長身が床に投げ出された。量の多いストレートの髪が、まるで蛇か何かのようにのたうって散らばる。
「慎二!」
 いくら相手がサーヴァントでも、暴力を振るうのは……まして足蹴にするなんて、駄目だ。慌てて止めようとした俺を、慎二は軽く手で抑えた。ちらりと見えた横顔は、最近よく見せるようになった不満の表情。
「いいんだよ、このくらい。僕に断りもなく衛宮を襲ったんだからな」
 がん。
 すねを蹴られて、それでも彼女は無言のまま、抵抗することもない。慎二のサーヴァントだから、慎二には絶対服従ということなのだろうか? ……うーん、セイバーやアーチャーや弓ねえが特殊なのかなあ。
「反省しろ、ライダー。今後、僕の命令を無視したら令呪を行使するからな」
「………………申し訳ありません、マスター」
 低く頭を垂れ、謝罪の言葉を口にしてライダーが立ち上がる。「ふん、分かればいいんだよ」と鼻息荒く振り返った慎二は、俺の顔を見ると肩をすくめてみせた。俺、一体どんな顔していたんだろう。
「イヤになっちゃうよ、まったく。こいつは本当に、言うこと聞かないんだから」
「だからって、蹴ることないだろ」
 俺がたしなめたら、余計に慎二は機嫌を悪くしたようだ。まあ、自分が一番って考えのあるやつだから仕方ないけれど、でも友人なんだから言うべきことはちゃんと言っておかないとな。
「……ちぇ、分かったよ。衛宮の言うとおり、さすがに足蹴ってのはちょっと問題があったよな。これからはやめるさ」
 あ、珍しい。慎二が自分から引いた。何かあったんだろうか? だけど、俺の話を聞き入れてくれて良かった。
「そ、そうか。分かってくれればいいんだ」
「何だよ衛宮、その顔は。僕だって引き際くらいわきまえてるよ」
「ああ、分かってる」
 機嫌を損ねてしまった慎二だけど、でも俺を放っていかないところを見ると分かってはくれたらしい。それに、この状況を説明してもらわないと、こちらとしても困る。情報はちゃんと集めなくちゃな……そういえば、アーチャーのやつ何やってるんだろう。あいつが俺の身を案じるとは思えないし、様子見か?
「はは、でも衛宮も悪いんだよ。あんまり無防備だから、ライダーも襲いたくなったんじゃないかな。マスターなんだから、もう少し周囲には気を張ってほしいもんだね」
 ──あ。
 そういや俺は、『ライダー』の言葉に反応した。それは何だ、とは聞き返さなかった。
 それはつまり、俺は聖杯戦争について知っている……参戦者・すなわちマスターであるって自分から言ってるようなもんだ。
 あちゃー、ミスった。まさか弓ねえのうっかり属性が伝染したんじゃないだろうな、俺。
「……む」
「ああ、身構えないでいいよ。僕、衛宮と敵対する気はないから」
「……え?」
 慎二に言われて初めて、俺は自分がいつでも戦えるように身体の重心を落としているのに気がついた。これでばれないように剣でも投影するなりカバンあたり強化するなりすれば、それで戦闘準備は終わってしまう。もっとも、慎二相手ならともかくライダーにはかなわないだろうけど。
「さっき言ったろ? 僕はお祖父様のお言いつけで嫌々参加させられてるんだよ。死にたくないから頑張ってるだけで」
「……本当だな?」
「本当だって。衛宮もそうだろ? ライダーに襲われてんのに、自分のサーヴァント出してこないじゃないか。お前も巻き込まれたんだろ、お互い大変だねえ」
 大きく手を広げながらまるで他人事のように言葉を口にする慎二の顔を、まじまじと見つめる。いつものへらへらとした笑顔に戻っている慎二が、俺に対して嘘をついているかどうかは正直分からない。けれど、少なくともここで敵愾心を見せるのは得策じゃないと思ったから、俺は警戒を解いた。
「分かった。信じる」
「悪いね。ま、衛宮のことだから信じてくれるとは思ってたけど」
 そんなに俺、お人好しか? と思ったけれど、多分そうなんだろうなあ。弓ねえや遠坂やセイバーが俺のことを気に掛けてくれるのも、一つにはそれが理由なんだろうし。
 ……多分、アーチャーのやつはこんな俺は鼻で笑うんだろうな。危機感の欠片もない、お人好しだって。
「そうだ、衛宮」
 ぼんやりと考え事をしていたんだろうなあ、慎二に名前を呼ばれて意識を引き戻す。いつものニヤニヤ顔で、慎二はいつの間にか俺の目の前に立っていた。肩に、手がぽんと置かれる。
「僕のサーヴァントは紹介したんだから、お前のサーヴァントも良かったら見せてくんないかな? 良いの捕まえたんだろ」
「……それは」
 うわ。拙い。
 慎二は、俺が自分のサーヴァントを霊体化させてそばに控えさせてると思ってるんだ。遠坂もそうやってアーチャーを連れているしな。普通はそうなんだろうけれど、セイバーの場合は事情が違う。
 まさか、『霊体化できないので家に置いてきました』なんて言えるわけもない。そう告白した瞬間、ライダーが問答無用で襲ってくる可能性がないとは言い切れないし。慎二は友人だけど……その、時々、妙に頭が回る部分があるから。
 と、俺の身体が軽く後ろに流された。目の前に、赤と黒の大きな背中が出現する。
「何をしている」
「あ……」
 アーチャー、と呼びそうになって、思わず口を塞いだ。肩越しに俺を見下ろすやつの視線が『黙っていろ』と告げてくるのが分かったから。どういうことだろう?
 だけど、少なくとも慎二には、アーチャーが俺を慎二から守るために間に入った、ように思えたらしい。何しろアーチャーは、その両手に黒白の双剣を構えていたんだから。
「ふうん、お前が衛宮のサーヴァント?」
 一方、慎二の方は顔を引きつらせながらも余裕の口調だ。……ひょっとして、自分がうろたえてるって俺たちに気付かれたくないのか? バレバレなんだけどな。
 それはともかく、慎二はいきなり登場したアーチャーを俺のサーヴァントだと誤解したらしい。ってことは、じろじろと失礼な視線でアーチャーを見回してるのは、あいつにしてみれば俺のサーヴァントを値踏みしてるってことか。うわ何だろう、自分を値踏みされているようで気持ち悪い。
 まるで、アーチャーが俺、みたいで。そんなはずはないのに。
「うわー、頭固そうだねえ。そんなとこ、衛宮そっくり」
 そんなはずはないのに、慎二はそう言ってきた。自分が頭が固いらしいことは分かってたけど、こいつと似てるなんてそんな馬鹿な。でも、第三者から見たらそんなに似ているんだろうか。うわー、何かいやだな。生理的に。
「失礼な。ライダーのマスターよ、口にして良いことと悪いことがあるぞ」
 アーチャーも考えていることは同じだったらしく、大げさに溜息をついてみせる。剣を消さないのは、慎二の背後で釘剣を構えているライダーへの牽制だろう。そっちがその気なら、こちらも戦闘の用意はある、と。
「……お前」
「全く、危なくなったら呼べと言っておいただろう。危機感の欠片もないお人好しのへっぽこ魔術師が」
「ぐっ」
 そうして俺には、相変わらずの口調を叩きつけてくれました。確かにそうだけど……もしかして俺、囮も失格とか思われたか? お前だけには言われたくないぞ。
「へー。剣持ってるってことはセイバーかな? いいの引き当てたじゃないか」
 俺とアーチャーの、ある意味漫才に見えるだろうやりとりを見ながら、慎二が口を挟んできた。あ、口の端がひくひく震えてる。勘違いここに極まれりだけど、まあいいか。何となく、実は違うんだと言えない雰囲気になってしまってるし。
「……まあ、な」
 少なくとも俺のサーヴァントが剣を持っているセイバーで、慎二曰くの『いいの』であることには間違いないので、言葉は少なめに頷いた。うん、誰も今目の前にいるやつが俺のサーヴァントのセイバーだ、なんて言ってないよな。慎二が勝手にそう思っただけだ。
 とはいえ、これ以上こいつにいられるとボロが出てしまいそうなので、お引き取り願うことにしよう。少なくとも、ライダーに対する牽制にはなったわけだし。
「悪い、下がっていてくれ。お前がいると、できる話もできなくなる」
「……了解した」
 わざとクラス名を口にせず、そう頼んだ。アーチャーのやつも分かってくれたのか、小さく頷いてその姿を消す。慎二の背後に立っているライダーが構えを解くのを、俺は確認した。ふー、助かった……のかな?
 と、慎二が背後に向かって大儀そうに手を振った。ライダーがすっと姿を消したのは単なる霊体化か、それともアーチャーを追ったのか。それは分からないけれど、少なくとも目に見える範囲では俺と慎二の二人きり、ってことになる。
「衛宮んとこのやつも、結構わがままっぽいな。ちゃんとお前の命令聞くのか?」
「命令……ってのは、してない。俺が好きじゃないからな」
 慎二の問いに、素直に答えた。これも嘘は言ってない。そりゃセイバーはわがままといえばそうなるよな、特に食事の量において。
 ……少し良心がとがめるが許せ、慎二。下手を打つと金の姉とあかいあくまが何してくるか分からないからな。俺だって自分が可愛い。多分。
 だからそう答えたら、慎二はうんうんと頷いて、また返してくる。
「ああ、それもそうだっけな。お前は金の姉上様の命令をはいはい聞く立場だもんなあ」
「……ぐ」
 否定しきれないのが何ともはや。というか、弓ねえは俺の保護者で大黒柱で大事な姉上なんだからな。それに、何でもかんでも命令聞くわけじゃないぞ。主に食事の好き嫌いとか。親父共々、そりゃあ大変だったんだから。
 ……まあ、そこら辺は家庭の事情ってやつだし、俺の家族同然で内部事情を知っている桜ならともかく、慎二に何か言われる筋合いはないんだけど。
「まあいいか。あのさ、衛宮」
 今度こそ遠慮なく、慎二が俺の肩に手を置いた。少し力のこもった手が、肩に食い込んで痛む。そっちはバイト中に火傷を負った方なんだけどな……慎二、知ってるだろ。
「この戦争、僕と組まないかい?」
「え?」
 唐突な提案。同じことをほんの少し前に、別の人間から言われたのにどうして、こう驚くんだろうな俺は。
 遠坂の時はそうじゃなかったのに、何故か背筋が冷える。何でなんだろう? 相手は慎二だぞ。俺の大事な友人だ。
 弓ねえは、「そのにやついた顔が気に食わぬ!」ってあんまり好いてない相手だけど。
「七組の主従が互いにつぶし合うのが聖杯戦争。けどさ、一人で他の六組を全部敵に回すよりは、僕とお前で組んで他の五組と戦った方が勝ち残れる確率は高くなるんじゃないか?」
「……それはそう、だけど」
 いや、それだと遠坂とも組むことになるから他は四組……あ、無理だな。遠坂と慎二、絶対合わない。遠坂と性格が似てる弓ねえが嫌ってる相手を、遠坂が気に入る理由がない。
 そうすると、俺はどちらかを選ばなくちゃならないのか。あまり気が乗らないけれど。それに。
「でも、そうやって勝ち残った場合、最後は俺とお前で決勝戦、ってことに……」
「ならないね。僕は別に、聖杯なんて要らないから」
 自分の愚かな危惧は、慎二の一言で切って捨てられた。俺が慎二の顔を見たら、あいつはおかしそうに喉をくくっと鳴らす。そうか、俺、かなり驚いた顔をしてるんだろうな。いまいち自覚がないんだが。
「僕にはこれといって叶えたい願いもないけど、死にたくはないから戦ってるだけ。衛宮もそうなんじゃないのか? いきなり訳の分からない戦争に巻き込まれてさ」
「……そう、だな」
 確かに、いきなり巻き込まれたことは事実だ。いきなり殺されて、生き返って、襲われて──そして、当事者の一人となって。
 そうして今、俺はこうやって他の当事者と向き合っている。
 だけど、これは自分で決めたことだから。姉貴のために、戦い抜くと決めたから。
「少し、考えさせてくれないか。こういったことは、しっかり考えてから決めたい」
 だから、そう答えた。姉貴や、セイバーや、遠坂にきちんと話を通さないといけない。俺自身は慎二を信用しているけれど、もしかしたら何か落とし穴があるかもしれないから。特に、慎二を聖杯戦争に巻き込んだ、『お祖父様』が気に掛かる。
「ははっ、衛宮にしては慎重だな。いいよ、お前がそう言うんなら待ってやる。だけど、気をつけろよ」
 けれど慎二は俺の内心には気付かなかったようで、うんうんと年長者が子供を見るような表情で頷いて納得してくれた。俺、お前に面倒見てもらったことあったっけ? まあいいか。それはともかく、何に気をつけるんだろう。他のマスターのことかな。
「? 何がさ?」
「A組の遠坂、知ってるだろ? 最近時々話してるみたいだけど」
「あ、ああ、まあな。美綴と仲が良いらしいから、顔合わせることが多いかも」
 遠坂のことか。既に遠坂と同盟を組んでいることは、まだ口外しない方がいいだろう。口にしないだけで嘘はついてない……ああ、自分を正当化してるな、これ。後でばれたら慎二がブチ切れそうだ。
「ふうん。その様子だと気付いてないみたいだな……あいつも、マスターだよ」
「……」
 だけど、続けて出てきた慎二の言葉に息を飲む。そうか、遠坂がマスターだってことは分かってたのか。だけど、遠坂のサーヴァントが今見たアーチャーだってことは気付いてないみたいだな。分かってるなら、出てきた時点でそのことに触れてるはずだし。じゃあ、どうやってその情報は手に入ったんだろう。あの神父だろうか?
「気をつけろよ。僕はともかく、普通のマスターは聖杯を手に入れるためなら何でもするだろうさ」
「……分かった。忠告ありがとう慎二、気をつける」
 慎二の言葉に頷く。こいつが何を考えているかは分からないけれど、少なくとも俺のことを気に掛けてくれたが故の忠告なんだろうし。やはり、俺はみんなに迷惑と面倒を掛けて生きているんだな。
 普通のマスター。今分かっているマスターは慎二を入れて四名。そのうちのイリヤスフィールと……他三名のマスターが、確かにどういった手段に出てくるかは今のところ分からない。まあ、イリヤスフィールはバーサーカーのパワーに任せて正面から来そうなものだが。
「ん、ならいい。それじゃ、また明日な」
「あ、慎二、ちょっと待て」
 軽く手を振って、出て行こうとする慎二を俺はつい引き留めた。こいつがマスターだって分かってから、胸の中に感じたもやもやを今のうちに払いのけておきたかったんだろう。
「何だよ?」
「一つ聞きたい。お前んち、魔術師の家系だって言ったな」
「ああ、言ったよ。それがどうかしたかい?」
 嫌そうな顔をしている慎二に、僅かに歩み寄る。あまり距離があったら、声を荒げてしまいそうな自分がここにいたからだ。一つ深呼吸をして、それから問いかけた。落ち着け、自分。
「なら……桜も魔術師なのか? あいつも、聖杯戦争に関わってるっていうのか?」
「はあ? 桜が? まさか、そんなわけないだろう」
 俺が思いきって出した質問の答えを、慎二はあきれ顔で返してきた。俺のことを鼻で笑って、腰に手を当てて偉そうに……それでも、いつもの仕草で。そうして、昔のままの慎二は言葉を続ける。
「衛宮、魔術師の家系ってのは一子相伝だって知ってるだろ。知らないわけないよな、お前も魔術師なんならさ」
「あ、まあ、一応……」
 うちは事情が特殊だけど、それはこの際関係ないので頷いておく。まあ、弓ねえも魔術関係だから知っていても問題ないんだけど……そう言えば弓ねえのマスターって、誰なんだろう。生きているのか死んでしまったのか、それも分からないもんな。
「例え兄弟がいてもね、後継者以外には魔術は受け継がれないんだよ。桜は間桐の家が魔術師だってことも知らないさ」
 だから、慎二の言葉はどこか遠い世界の話のようにも思えた。兄が知っていて、妹が知らないまま育てられるってことが、果たしてでき得るのだろうか。
「本当だな?」
「何、衛宮のくせに生意気だな。僕の言うことが信じられないって言うのかい?」
「いや、そういうわけじゃない。すまん」
 俺の言い方が悪かったみたいだ。慎二の気分を損ねたのは間違いないから、つい謝ってしまう。だけど、慎二の話が本当なら桜は何も知らない。聖杯戦争の話も、自分の家が『こちら側』だってことも。それなら、桜は俺みたいなやつと違って、普通の人生を生きていける。ああ、良かった。
「ふん、桜はうちより衛宮んちの方が居心地良いみたいだからね。まあ、せいぜいこき使ってやれよ、桜も喜ぶぜ」
 そう言って肩をすくめた慎二の顔が、少しほころんでいるのに気付いた。ああ、こいつちゃんと兄貴なんだよなあ、と俺も嬉しく思う。
 ……以前、慎二は桜に暴力を振るったことがあった。そのことで俺や弓ねえと口論になり、それからはお互い距離を置くようになったんだけど……きっとこれなら、もうそんなことはないだろう。そう思いたい。
「こき使ったりはしないぞ。家事の手伝いはしてくれるけど……桜、うちに来るようになってからだいぶ料理の腕上がったんだぞ、知ってるか?」
「へえ、そうなんだ? うちじゃあろくに家事もしないくせに。今度何か作ってもらおうかな」
「ああ、それが良いんじゃないか? たまにはさ」
 藤ねえはまったく料理をやる気はないというか、うっかり作らせたら素材に失礼なものしか作れない。だけど弓ねえはちょっとくらいならできるようになったから、ごくたまに軽食を作ってもらったりする。それと同じように、桜も慎二の食事を作ってやれば兄妹、うまくいくんじゃないかと思うのは俺の妄想だろうか。
「……ま、考えとくよ。それじゃあな衛宮、お前もちゃんと考えておいてくれよ」
「ああ、分かった」
 安心したところで、今度こそ慎二と別れることにする。慎二がちゃんと桜の兄貴をやってくれるなら、これほど嬉しいことはない。きょうだいは仲良く、っていうのは俺が衛宮になってからの十年の生活の中で刻み込まれてきた、当たり前のことだから。、

 カバンを回収して校門を出ると、そこにはダブルきんいろのおうさま・おいかりバージョンがいました、まる。
「士郎!」
 弓ねえは毎度おなじみ、腰に手を当ててふんぞり返り。
「シロウ。何があったのですか?」
 セイバーは仁王立ちで、握った両の拳がぶるぶる震えてる。うわー、怒ってる怒ってる。
「……ごめん、待たせた」
 二人の怒ってる理由が俺にあることは確実なので、素直に謝るしかない。一方、遠坂は……あ、このやろ、アーチャー共々離れたところでにやにや見物してんじゃねえよ。
「ごめん、ではありません。凛に物陰に引きずり込まれたのですが、誰か会わせたくない相手でも?」
 セイバーがずずいと迫ってくる。会わせたくない相手……うーむ、この状況だと俺がセイバーと会いたくなかった……っていうのは置いておいて。誰だろう……慎二かな? あいつ、女の子と見るとすぐ声掛けるからなあ。
「さあねえ。わたしもアーチャーから、慎二が出てくるからセイバーと会わせるなって言われただけだから」
 ニヤニヤ加減はそのままに、遠坂が口を出す。……アーチャー、素直に引っ込んだのはそれか!
 ま、いいけど。アーチャーのことだ、慎二を誤解させっぱなしにしたかったんだな、きっと。こんなすぐにセイバーとアーチャーが別人だって分かったら、慎二は確実にかんしゃく起こしてライダーに俺を襲わせるだろうから。
 ──ん、ってことはアーチャー、俺を守ってくれた訳か?
「慎二か……士郎、あの馬鹿者と何を話しておった? いつものにやけ面を晒しながら出て行きおったが」
 一方の弓ねえ。桜とは仲が良いんだけど、何故か慎二とはそりが合わないせいもあってお怒りモードはまだ解けない。まあ、姉貴の気持ちも分かる……初めて顔を合わせたときに早速ナンパ掛けて、こっぴどく振られたのに懲りてないからなあ。曰く、ツンデレっていいよね、だとさ。あいつの好みは良く分からん。
「あの無礼者、桜の兄でなくば即刻すり潰してくれるところだ」
「いや弓ねえ、それは聞いてるだけで痛いからやめてくれ」
 ぐっと拳握る弓ねえを慌ててなだめる。普通の人ならともかく、弓ねえだったら本気でやりかねない。桜が慎二に暴力振るわれたのを知ったときだって凄かったからな……あれは金の嵐事件としてご近所さんには伝説になってしまってるし。
「ともかく、ちゃんと話すから。アーチャー、フォローあったら頼む」
 ちらり、と我関せずな表情の野郎に視線を送る。返事があると思わなかったから、だけど……意外なことに、アーチャーは素直に頷いてくれた。
「了解した。だがな衛宮士郎、お前の口からきちんと説明すべきことだろう。私は大して聞いていないのだからな」
「言われなくても分かってる」
 そう、慎二と差し向かいで話をしたのはこの俺だから。話の内容を伝えて、判断をするのもこの俺だから。
 だから俺は、みんなの顔をぐるりと見渡した。彼らの視線が、全て俺に向いていることを確認するために。

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この記事へのコメント

天田志朗
2007年03月09日 13:55
初めまして、12更新時より読ましてもらってます。
女性金ピカ違和感なしでとても面白いです。
アチャ策士>うそは言ってないもんね(^▽^)
金の嵐事件>いったいなにがあったんだ(汗)
次を楽しみにしております。
lostlifer
2007年03月17日 00:08
今日見つけましたので、ここまで一気に読了です。
いやぁ、金ピカがこーゆーのは、私的にアリです。
むしろ、これが本編でも(型月関係者に失礼
さてさて、次回はどんな騒動やらバトルやら。
私的にバトルシーンがあると良いなぁ、なんて。
では、失礼致します。
Shunki
2007年03月20日 16:57
天田志朗さま
>女性金ピカ違和感なしでとても面白いです。
ありがとうございます……ほんとか?(笑)

>アチャ策士>うそは言ってないもんね(^▽^)
はい、誰も嘘はついておりません。言ってないことがあるだけです。
それで慎二が勘違いしただけですから。

>金の嵐事件>いったいなにがあったんだ(汗)
タイガー爆発弓ねえ版、でしょうか。
……エアが使えなくて良かったな、まったく。

lostliferさま
>いやぁ、金ピカがこーゆーのは、私的にアリです。
>むしろ、これが本編でも(型月関係者に失礼
いやほんとに。Zeroの金ぴか様楽しいですわ。さていつセイバーにプロポーズするんだか。

>私的にバトルシーンがあると良いなぁ、なんて。
すいません。バトルは多分15話くらいです。原作凛ルートのあれ微妙改変。