Fate/gold knight 11

「たわけが。そなたが探しに行ったところで、どうなるものでもないわ」
 まだ帰宅していない美綴を探しに行きたい、と提案した俺を弓ねえはそう一喝した。セイバー、アーチャー、遠坂も一様にうんうんと頷いている。四対一の多数決で俺の意見は却下、となってしまった。
 まあ、姉貴の言いたいことも分かる。俺たちは今聖杯戦争の真っ最中であり、戦争の当事者たる魔術師の行動時間は夜、と相場が決まっている。つまり、例え友人がいないからといってのこのこ出て行くというのは、『敵』である魔術師たちに俺たちを攻撃させる隙を見せてしまうことになるわけだ。下手を打ったら、一緒にその友人本人や彼女を捜している知人までを巻き込んでしまう。
 それは分かっているのだけれど。
「分かっているなら、おとなしくしなさい。今の士郎が出て行って、もし敵のマスターかサーヴァントに見つかったら一撃でおしまいよ。セイバーが対応できるかどうかも危ういわ」
 そう遠坂に切って捨てられては、俺も口を閉じざるを得ない。
 そうして俺は、正義の味方から遠ざかる。
 女の子に説教されて、女の子に守られる。
 情けない。
「……まったく。まことに大たわけじゃの、我が弟は」
 ぽふ、と頭を撫でられた。手の主は、軽く背伸びをしている我が姉上。そのまま頑張って俺の頭をなで続ける弓ねえに、俺はどう反応していいか分からなくてぽかんと立ちすくんでしまっている。だってさ、ほら、アーチャーも俺とたぶん同じ顔してこっちを見てるし。遠坂、口開けっぱなしはどうかと思うぞ。
「あのな。男がどうの、とかまた考えておったのであろう? 我はそなたの姉で、そなたより強い。故にそなたを守る。セイバーも然り」
 くしゃくしゃくしゃ、なでなでなで。
 まるで犬を撫でるみたいに俺の頭を走り回る弓ねえの手の感触が、なんだか心地いい。ってああ、そうじゃなくって。
「それはそうだけど……親父が言ったんだから。男の子は女の子を守るもんなんだって」
「姉は弟を守るものだ。それが我の持論だが、文句でもつける気か?」
「…………いや」
 えっへん、と胸を張った姉上に、文句をつける気は毛頭ない。俺は衛宮士郎になってから十年、この姉上のおかげでちゃんと生きてこられたようなものなんだから。そりゃあ料理できないし、妙なコレクション癖はあるし、やたら傲慢だけど、でも俺のことは守ってくれたから。
 だけど。
 だからこそ、姉上より身長も伸びて、料理もうまくなって、弓道だって……そりゃかじったくらいだけどできるようになった今は、俺が姉貴を守りたいのに。
「わたしはシロウのサーヴァントです。サーヴァントはマスターを護り、聖杯戦争に勝つことが使命。ですから、お気になさらず……無理でしょうけど、ふう」
 考え込んでしまっていたら、セイバーにまでそんなことを言われてしまった。最後の溜息にやたらと実感がこもっているのが分かるあたり、何だかなあ。
「少なくとも、藤村組の人たちは動いてくれてるんでしょ? だったら、士郎はおとなしくここで連絡を待ってなさい。家主のあんたが落ち着いてくれないと、わたしたちも落ち着けないのよ」
 遠坂が、俺の顔を覗き込むようにしてそう話しかけてきた。藤ねえからもらった電話の中で、彼女は藤村組の若い衆使って夜回りしてみるから士郎は家にいなさいって言っていた。それもあっての言葉なのだろう。
「……分かった」
 ここは、折れるしかない。分かってる。俺が出て行っても、何もできないんだから。それどころか、足手まといになる可能性が高いんだから。
 セイバーに、遠坂に、アーチャーに……そして、何よりも弓ねえに負担をかけたくないから。
 だから、待つしかない。
「……」
 ええと、だからアーチャー。何でいちいち俺を見るんだよ。今度はそんな、何かあり得ないものを見るような目で。
 そんなに俺は、お前から見ておかしいのか?


  Fate/gold knight 11. あかいかがみ


 で、結局。
 俺は一人、のんびりと湯船に浸かっている。ちなみに終い湯。ちくしょうこれが家主に対する仕打ちか? ま、追い炊きはできてたのでいいことにしようか。
「……ぷは」
 ざぶりと勢いよく顔を洗い、前髪を掻き上げつつ天井を見上げる。湯煙にかすんだ光が俺の目に届いて、少しまぶしい。
「……いつもの修行、やらなくちゃな」
 そう呟いてしまってから思い出す。切嗣に魔術を教えてもらうようになってからほとんど欠かしたことのなかった、魔術の修行。ここ二、三日はいろいろあって忙しくて、やっていなかった。ああ駄目だ駄目だ、こんなだからいつまでたっても俺は。
「士郎」
 扉の向こう側から声をかけてきたのは弓ねえだな。姉上、今でも俺が風呂入ってるのに平気で来るんだもんなあ。さすがに扉を開けられたことはないはず……なんだけど。
 あ、別にタオルや着替えを持ってきてくれる訳じゃない。さすがに下着を持ってこられても、弓ねえは平気なんだろうけど俺が困るからな、単に話をしたいときに、こちらの都合も考えずにほいほいとやってくるだけのことだ。
「何? 弓ねえ」
 外に向かって返事。ちゃんと聞こえたのか返さないと、この姉上はとてつもなくうるさいのだ。自分が無視されるのがいやなんだろうか? ……実は、結構寂しがりやだったりするのかもしれない。
「そなたは気負いすぎておる。少しは落ち着けへっぽこ魔術師見習い、そなたごときがふらふら出て行っても事態は変わらぬわ」
「ぐっ」
 うわー、こっちの気も知らずにずばずば言ってきやがったよ。つーか『ごとき』ってか、分かっていてもへこむぞ。姉上。
「というかだな。たかだか学生が一人しゃしゃり出たところで何ができようぞ。そんなのはドラマの中だけだ」
「……ん、そだな」
 諭すような弓ねえの声。湯船の縁にもたれながら、俺はそれを聞く。
 金色の姉は、何だかんだ言っても俺のことを心配してくれていたらしい。言い方はあれだけど、さすがにへこむけど俺には分かる。だから……そこで納得することにした。美綴のことは、藤ねえと藤村組のみんなに任せておくことにしよう。俺は、自分ができることをきちんとやらなくちゃ。
「……藤ねえから連絡は?」
「ないな。まあ、数日中には見つかろう……我らは我らの為すべきことを為せば良い」
「そっか」
 うん。やっぱり、俺には何もできない。
 だから、できることをしないといけない。
 この次に、また何もできないと嘆かなくていいように。
「それじゃあ、風呂上がったら俺土蔵に入るから」
「鍛錬か? 承知した、気をつけるのだぞ」
「うん。……でさ弓ねえ」
「何じゃ?」
「……あんたが脱衣所にいっぱなしじゃあ、俺風呂から出られません。というか姉上、俺の裸見るのが目的?」
「~~~!! し、失礼をしたっ!」
 ちょっとちゃかすような発言が功を奏したようだ。がたんと立ち上がる音に続きばたんと扉を閉める音。そうして、どたどたと廊下を駆け抜ける足音が遠ざかっていく。確かに、ここに引き取られてすぐは一緒に風呂に入った仲だけど、さすがに今は駄目だよな。俺はすっかり弓ねえより身体が大きくなって、一応これでも男だし。
 あーあ。
 そういううっかりなところが、やっぱり弓ねえだなあ。
「よし」
 足音が聞こえなくなったのを確認し、勢いをつけて湯船から出る。風呂場を出ると、中途半端に畳まれたバスタオルが置いてあるのに気付いた。もしかして姉貴、これやってたのかな。
「普段は言ってもほったらかしのくせになあ……」
 たぶん、タオルを畳むという理由付けをしてわざわざ入ってきたんだろう。俺と話をするために。ああもう、これだから弓ねえは。
 で、せっかくなので弓ねえの触ったタオルで身体を拭きながら……ふと、視線が鏡に向いた。
「──」
 瞬間、声が出そうになった。
 今、この場にいるのは俺だけ。
 だから、鏡の中にいるのは鏡に映った俺だけ。
 風呂の中で、濡れた手で前髪を掻き上げた俺だけ。
「なん、で?」
 髪の色も肌の色も目の色も違うけれど。
 ずっと幼い顔立ちだけれど。
「アー、チャー?」
 あいつと同じ姿をした、俺。

 土蔵の床に敷かれた、ブルーシートの上に座す。目を閉じ、呼吸をゆっくりと整える。
 遠坂のおかげで、既に魔術回路は準備されている。以前のようにいちいち作り出し、埋め込む必要はない。既に作り付けられ、埋め込まれている回路を、スイッチを入れて起動させるだけ。
「同調、開始」
 スイッチ……撃鉄ががちりと音を立てる。人によってその形は違うのだと、遠坂はそう言っていた。電気回路が電力を巡らせ、その力を発揮させるように俺自身の魔術回路を魔力で満たす。解析と、強化と、あと一つだけしか能のない、俺の魔術回路。
 今日は何をしようか、と考えて、シートの上に転がっている鉄パイプに視線が止まった。ああ、そうだ。これを強化してみよう。
「基本骨子、解明。構成材質、解明」
 スムーズに進む。最初の段階で自分の身体に負荷をかけていたからなのか、それともセイバーとの契約がここにまで影響しているのか。それは分からないけれど、ともかく今までに比べて格段に楽なのは確かだ。
「構成材質、補強」
 ほら、硬い鉄パイプにもこんなに隙間がある。その中に俺の魔力を少しずつ流し込み、そうして補強していく。しっかりと、確実に隙間を埋めていった鉄パイプは、それまでにもまして硬くなり、強くなり、強化前とは似て非なる別の何かに変じる。
「――――全工程、完了」
 魔力をあふれさせることもなく、暴走させることもなく、強化は成功した。パイプをぶんと振り回し、調子を見てみる……うん、上出来。これなら、ランサーの一撃くらいは弾けそうだ。
「……いや、無理だな」
 確かに普通の一撃ならば避けられるだろう。だけど、セイバーが渾身の力を持ってしても急所を外すことしかできなかったあの大技……あれを繰り出されたならば、俺ごときでは避け得ない。串刺しにされて、今度こそ俺は死体となる。ゲームでもないのに蘇生なんてほいほいできるわけがないんだから。
「やっぱり……セイバーたちの手を煩わせてしまうんだな。俺は」
「それが分かれば上出来だ。衛宮士郎」
 こらアーチャー、いきなり声をかけてくるんじゃねえ。びっくりして鉄パイプ構えかけただろうが。……ん、でもこいつ『アーチャー』だから、俺を殺す気なら遠距離から射てくるか?
「いつから聞いてた?」
「聞いていた、というよりは見ていた、だな。おまえが土蔵に入るところからだ」
「最初からじゃねえか、それじゃ。それに見張りはいいのか?」
「今夜は一般人が大勢動いているからな。敵もあまり目立つ行動はしてこないだろうよ」
 自分が入ってきた扉の向こうを眺めつつのアーチャーの台詞に、何となく納得してしまった。そうか、今は美綴探しで藤村組のみんなが出回ってるんだ。一般人に自分の存在を知られたくないだろう魔術師が、この状況でほいほい動くとは思えない。うっかり戦闘にでもなってしまえば、派手に人の目を引くことは間違いないんだから。
 それにしてもこいつ、さっきから土蔵の中視線だけで見回して何やってんだよ。何か捜し物か? 
 ……いや、初めて入った場所にそれはないかな。
「それより、何しにきたんだよ。別に俺殺しに来たわけでもなさそうだし」
「そんなに私が好戦的に見えるか? 心外だな」
 あ、口とがらせてすねてる。何だ、サーヴァントが英雄だっていっても人間と何も変わらないよな。少なくとも、藤ねえみたいな何も知らない人が見ればほんとに普通の人だと思うだろうし。
「いや、そんなつもりじゃない。気分害したな、悪かった。ごめん」
 だから、普通の人に謝るのと同じように謝ったら、驚かれた。声は出さなかったけれど目を大きく見開いて、ぽかんとした表情で俺を見つめている。
 ……脱衣所の鏡で見た自分の姿が、そこに重なった。鏡の中のように赤い髪でも、黄色い肌でもないけれど。
「……い、いや、分かっているのならばそれでいい」
 いや、これは鏡の中の自分じゃない。その証拠にほら、また横を向いた。俺はじっとやつを見ているのにな。
 そうして、アーチャーは俺と視線を合わせないようにしながらふとかがみ込んだ。再び立ち上がったその手には、ぐしゃりとつぶれた形の目覚まし時計が掴まれている。
「衛宮士郎。これを凛に見せてみろ」
「え?」
 それは、俺が投影したもの。修理中だったホンモノを見て、試しにできるかどうかやってみた結果。
 結果は失敗。俺の魔力を使ってできあがったそれには、中身がなかった。外側だけの……それもひしゃげた形の、失敗作。
「いや、そんな失敗作見せても……」
「お前にとってはただの失敗作だろうな。おそらくは弓美もこれの特異性に気付いてはいないだろう」
 ──え?
 今、アーチャーは何て言った?
「……だが、凛ならば分かる。これがいかに異常か、お前の本質は何なのか」
 特異。
 異常。
「いくらへっぽこ魔術師見習いといえど、一つや二つの長所はあるものだ。どうせできることなどたかがしれているのだから、それだけを伸ばせばいい」
「……アーチャー」
 かすれた声で相手の名を呼ぶ。いや、名前じゃなくてクラス名だけど、俺はそれしかこいつの呼び方を知らないから。
「何だ?」
 さすがに今度は、やつも視線をこちらに向けてくれた。俺とあいつ、互いに相手をにらみつけるように見ている。相性がいいのか悪いのか。
「俺は、異常なのか?」
 けれど、少なくとも俺のことを分かってはいるみたいだから、思い切ってそう尋ねてみた。姉たちはきっと、士郎はそのままでいいという結論に達してしまうだろうから。特に、金の姉は。
「異常だな」
 うん、きっぱりと答えてくれた。やはりこいつは、俺のことをどうしてかは知らないけれどよく分かってくれている。この家の中に男が俺たち二人だけだから、というのは理由になるのだろうか。
「お前は自分自身というものが分かっていない。お前自身だけでなく、周囲の誰もが衛宮士郎という人間を理解し切れていない。故に、お前は己の道が間違っていたとしてもそれを知るすべを持たない」
「……そうなのか」
 確かに、こいつの言う通りかもしれない。
 俺は俺自身がよく分かっていない、それはきっと本当のことだ。
 大火災前の、衛宮ではなかった士郎の記憶は十年の間にすっかり薄れ、本当の両親の顔や元の自宅がどこにあったのかももう思い出せなくなっている。
 自分の大本が消えてしまっているのに、それで自身を分かろうなんて無理なことだろう。
 周囲のみんなも俺のことを理解し切れていない、それもきっと本当のことだ。
 そもそも藤ねえや慎二や桜、一成たちは俺が魔術師として修行していることを知らない。
 弓ねえはサーヴァントで、人間である俺のことは今でもよく分かってない部分があると思う。
 遠坂もセイバーも、それぞれ知らない俺があると思う。

 でも、じゃあ何でお前は。

「だから、せめて魔術の範囲内だけでも凛に導いてもらうがいい。彼女は天才で、お前のような凡人とは思考回路が違う。いくらかの鍵を見せてやれば、そこから道を見いだすことはできるはずだ」

 そこまで、俺や遠坂のことを分かっているんだろう?

 ともかく、アーチャーに言われたとおりにしようと思い、ひしゃげた目覚まし時計を手に持ったまま母屋へと戻った。戻ったのだが、さすがにこの時間女性陣はもう寝付いているらしく、居間には誰もいない。
「……明日の朝でもいいか」
 そっとテーブルの上に時計を置く。中身のない、まともな形をしていない時計。強化の鍛錬をしている合間に作り出しただけの、ただの失敗作。
 これが異常なのだと、俺の本質なのだとアーチャーはそう言った。
「歪んでいて、空っぽ?」
 物事をそのまま見るのは良くないのだと思うけれど、そう口に出してみて何だか妙に納得できるような気がした。
 理由は分からない。
 だけど俺は歪んでいて、中身がない人間なのだと──気がつかされた。
「だから、何でそこまで分かるんだよ。あいつ」
 それも口に出してみて、今一度気付かされる。
 俺のことを、下手すると俺以上に理解している、いつか英雄だった男。
 色は全く違うのに、どこか俺と同じ姿をしている男。
「……いや、いくら何でも俺じゃないし」
 妙ちきりんな推測をわき出させた頭を、自分でこつんと軽く殴って押さえる。だって、俺みたいなへっぽこで未熟者が、英雄になるなんてあり得ないからな。
 さあ、今日は寝ることにしよう。美綴の捜索は藤村組のみんな、任せたぞ。何かいい歳こいて爺さんが先頭に立っている図が幻視できたけどな。
「…………明日は、遠坂に時計を見てもらって、それから……ああ、推定ライダーのマスターに気をつけないと」
 注意すべきことを頭の中で整理して、俺は自分の部屋に向かった。何か別のことを考えていないと、今にも飛び出していきそうだったから。
 そんなことで、金色の姉に迷惑はかけたくなかったから。

 そうして、朝。
 正直、まともに眠れたかというと自信がない。
 うつらうつらとしてははっと目が覚める、その繰り返しだった。
 よほど俺は、行方不明になった友人のことが気になっていたらしい。
「……ああ、朝食作らないとな……」
 のそりと起き上がる。枕元に置いてある時計を見ると、午前六時。まだ桜も家には来ていないようだし、今日は俺が頑張って腕を振るおう……と思ったのだけれど、あれ?
「何か、いいにおいが……」
 どう考えても朝食のにおいです、本当にありがとうございました。
「じゃなくって!」
 慌てて服を着替え、台所に飛び込む。その俺の視界に入ったのは……
「ふむ。やっと起きてきたか、衛宮士郎」
 昨夜に続いて俺のエプロンを装着した、白髪に浅黒い肌の男。いつ桜や藤ねえが来襲してもいいように、下はちゃんと普通の私服である。この野郎。
「……って、お前朝食の準備してたのか?」
「戦闘準備しているように見えるか?」
「見えない」
 うん。
 炊飯器からは白飯のいいにおいが漂ってきてるし、コンロの上には鍋がいくつか。一つは味噌汁、一つは……あ、もしかして昨夜の春巻き揚げたか?
「分かっているのならば少しは手伝え。──藤村組から連絡は入っていない、おそらく見つかっていないのだろう」
 そう言い置いて、コンロの前に戻るアーチャー。そうか、まだ美綴は見つかってないんだな、と思いつつ、俺もエプロンを着けようとして、困った。
「アーチャー、それ俺のエプロンなんだが」
「さすがに弓美のものを着けるわけにはいかんだろう」
 ごもっともです。というか俺が許さん。どこの馬の骨とも分からない男に弓ねえのエプロンなぞ着けさせてたまるか。遠坂はいいんだよ、女の子だから。
 というわけで、予備のエプロンを取り出しつつぐるりと見回す。ええと、あの緑はほうれん草に間違いない。別の鍋には卵がいくつか、でもあれはゆで卵というわけでもなさそうだ。それと、何かが焼けているにおいが漂ってくる。これは……ははーん。
「メニューの予定は……大根とワカメの味噌汁、昨日の春巻きの残りを揚げたものに焼き鮭、ほうれん草のおひたしと温泉卵?」
「正解だ。鮭を任せたい……とは言っても、焼け具合の確認くらいだがな」
「了解。他はできてるみたいだしな。後は味噌汁をよそうくらいか?」
「ああ。私はテーブルの準備をしてくる」
 状況と各自の任務を確認すると、アーチャーは台ふきを手に居間に戻っていった。その後ろ姿を何とはなしに見送ってから、慌てて視線をグリルに戻す。覗き込んでみたら、ちょうどいい具合に鮭が焼けていた。あいつめ、タイミングばっちりじゃないか。調理台の上にも、食器軍団が完璧なセレクトで並べられているし。
「昨日、遠坂手伝ったときに覚えたのかな?」
 首をひねりつつも、ともかく焼けた鮭を取りだして並べることに専念する。終わったらシンクに出して、水で濡らしておく。後で重曹を振りかけておこう。次は味噌汁を注いで……

 トゥルルルルル!

「衛宮士郎」
「ああ。アーチャー、悪いけど後頼む」
 こちらからアーチャー悪いけど、と声をかける前に向こうから名を呼ばれてしまった。何でこう、お互いに相手の言いたいことが分かるんだろうなあ。ともかく俺は厨房をやつに任せ、電話に駆け寄って受話器を取り上げる。
「はい、衛宮です」
『あー士郎? おはよー!』
 ……あまりの大ボリュームに、一瞬受話器から耳を離してしまった。全く、朝からハイテンションなんだからなあ藤ねえは。というか、まさか昨夜から徹夜だったりするか?
「藤ねえか。もしかして寝てないんじゃないのか? 大丈夫か?」
『んー、ちゃんと寝たよ? 二時間』
 ……それはちゃんと寝た、と言うのか? まあいい、本人が大丈夫だと判断してるんなら大丈夫だろう。そうでなければ周囲の若い衆が絶対止めてるはずだし。いや止まるかどうか分からないけど。
「そりゃまあ……で、美綴は?」
『うん、今見つかったよ。何かしんどいみたいだったから、救急車呼んだけど』
 そうか、見つかったんだ。良かった。
『っていうかね、桜ちゃんが見つけてくれたの。士郎んちに行く途中で』
「え、桜が?」
 桜、の名前を出したとたん、視界の端であからさまにアーチャーが動揺しているのが分かった。何だお前、桜のことも気になっていたのか? この野郎、お前遠坂のサーヴァントだろうが。俺の妹分に手を出したら怒るぞ。
『そう。でね、桜ちゃんとわたし病院まで付き添っていってるから、士郎にはごめんなさいって謝らなくちゃね』
「ああ、家に来られないってことな。気にするな、美綴のそばにいてやってくれ」
 そういうことなら、桜がまだ家に来ていないのも納得だ。桜は優しい子だから、自分の先輩が入院するような状態で目の前に現れたら居ても立ってもいられないんだろう。藤ねえも一緒なら心配はないし……あれでもちゃんと教師やれてるんだからな。一応。
『まあ、そういうわけだから。あ、一応情報規制しておいてよ? 美綴さん、昨夜は桜ちゃんちにお泊まりして怪我して入院、って感じで』
 ほらな。美綴のこともちゃんと考えてる。
「それじゃまるで桜が悪いみたいじゃないか……慎二かもしれないけど」
『昨夜一晩いなかったからねー。そのフォローの方が大事でしょ? 桜ちゃんにもOKは取ったし……悪いとは思うけどね』
「んー、了解。藤ねえも無理すんなよ?」
『分かってる分かってる。ついでだから点滴してもらうつもりー。それじゃあ』
「ああ、それじゃ」
 教師と生徒なんだか、姉と弟なんだか区別がつかないような会話を終えて受話器を戻す。はあ、と一つ溜息をついたところで、どうやら起きてきていたらしい遠坂と目が合った。いや、これは合ったっていうのか?
「~~~な~に~よ~……」
 怪獣がいる。
 怪獣というか怪人というか何というか、とんでもないようなものがいる。
「凛。牛乳はこちらだ、飲むがいい」
「……はぁ~い……」
 アーチャーに名を呼ばれて、ふらふらと厨房に入っていく遠坂。いや、昨日の朝見てるはずなんだけど、やっぱりインパクトがあるというか。弓ねえは目が覚めてしまえば意識の覚醒は早いから、ああなることはほとんどないんだよな。
「ぷはー。やっぱ朝はこれよねえ」
「凛、まるで親父だぞ」
「遠坂、まるでおっさんだぞ」
 コップ一杯の牛乳を一気飲みして満足げな遠坂に、アーチャーと俺から同時に同じ内容のツッコミが入る。いや、何でここまでと思わなくもないけれど、さすがに慣れてきた。相手の反応が読みやすいのは、結構助かる。
「……」
 言われた方の遠坂は、いぶかしげに眉をひそめて俺とアーチャーを見比べる。何度か互いの顔に視線を往復させてから、うーんと考え込むような表情になって、それから俺に顔を向けて一言。
「士郎。あんたの前世、アーチャーだったりしない?」
『なんでさ!?』
「それよ。反応似通いすぎなんだもの」
 全く同時に全く同じ言葉を放った俺たちにびしすと指先を突きつける遠坂。だから、何でそう俺らをにらみつけるんだよ。
 まあ、遠坂の指摘は的を射ている。確かに俺とアーチャーの反応は妙に似通っているし、遠坂は気付いていないのだろうけど容姿もどことなく似ているし。
 だからって、何で前世とかいう話になるのさ? その辺の論理飛躍がワカリマセン。天才は思考回路が違う、とは昨夜のアーチャーの台詞だけど、その通りなんだなあ。俺は凡人だから、遠坂の思考にはとてもついて行けない。あ、けなしてるんじゃないんだぞ?
「ええい、朝から何事じゃそなたら。五月蝿うて目が覚めたわ」
 と、そこへ遅れて来たヒロイン、こと我が姉上。今日は珍しく黒のトレーナーに同じ黒のジーパンだ。髪が鮮やかな金色だから、黒一色でもすごく映える。弓ねえ曰く、赤毛の俺も似合うぞだそうだけど。……そういうペアルックも、いいかもな。
「あ、弓ねえおはよう。起こしに行けなくてごめん」
「うむ、おはよう。気にするでないぞ」
 にこにこ笑いながら俺の頭を撫でるのはやめてください姉上。ほら、遠坂とアーチャーがにやにやしながらこっち見てやがりますぜ。ああこんちくしょうシスコンで悪かったな!
「おはよう、弓美。ああ、美綴綾子は間桐桜が発見したようだ。今彼女と藤村大河に付き添われて病院らしい」
「ほう、桜が? 見つかったのであれば良きかな」
 アーチャーの報告に、弓ねえも安心したように笑った。仲のいい相手が行方不明だったんだし、いくら豪放磊落な姉上とはいえ気にしていたんだろう。ともかく、良かった。
「そっか、綾子見つかったのね。よかった」
 遠坂もほっと一息ついている。遠坂と美綴、実は仲が良かったってのは知らなかったけれど、まあ考えてみれば納得がいく。あれだ、夕方の河原でガチンコ勝負した後相手の実力を認め合って握手とか、そういう感じ。何で二昔は前の青春ドラマのワンシーンになるのかがよく分からないけれど、そういう雰囲気なのだから仕方がない。
 その遠坂が、周囲をきょろきょろと見回している。俺も何となく見回してみて、ああと気がついた。今ここにいるのは俺、アーチャー、弓ねえ、遠坂。同盟を組んだのは計五名。つまり。
「あら、そういえばセイバーは?」
「まだ寝ておる。士郎、起こしてこよ」
「姉上が起こす気は毛頭ないんだな。はいはい了解」
 そういうことだ。俺がきちんと魔力を供給してやれない分、セイバーは消耗を抑えるためにあまり動き回れない。……にしても、今日は少し起きるの遅くないか、とまたも首をひねりつつ俺はセイバーの部屋に向かった。
「セイバー、起きてるか? そろそろ朝食の時間なんだけど」
 ノックしてみると、中から「はい」と返事が聞こえた。ああ良かった、起きてたんだなと頷いて、もう少し言葉を続ける。
「そうか。美綴は桜が見つけてくれたってさ。今藤ねえと一緒に病院行ってる」
「そうですか。それは良かったです」
 そう言いながら出てきてくれたセイバーは、モヘアのセーターにチェックのスカートだった。髪型は最初に会ったときからまるで変化していないけれど、これはこれで結構可愛いな、と思う。
「では、まずは安心して良いのですね」
「まあ、そうだろうな。何があったかは知らないけど……というか、男の俺が聞いてもたぶん教えてもらえない」
 そう答えた、これは実体験。藤ねえが顔色が悪くて、俺がどうしたのか聞いても全く教えてもらえないことが時々あった。少し後になってそれが女性特有の現象によるものだと分かったときには、どうしようかと思ったさ。現在では一応、素知らぬ顔して早く寝ろとか言うことにしてるけど。
「そういうものなのですか?」
「そういうもんなんだよ。セイバーだって、俺に知られたくない話とかあるだろ?」
「え……そ、それは、まあ」
 口ごもるなよ、セイバー。俺にだってさ、一応女の子に知られたくないこととかあるんだぞ? 押し入れの奥の秘蔵コレクションとか。……いやそうじゃなくって、まずは朝食だろう。
「まあそういうわけだから、早く朝ご飯食べよう」
「はい。大河や桜の分もいただけるとありがたいのですが」
 ──ほんとに大丈夫かなあ。いろいろと。

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この記事へのコメント

2006年12月22日 23:22
金ねーさまいいですねええぇぇぇ・・・
風まかせ
2006年12月25日 01:50
金ぴかから小ギルが出来る(逆か?)のだから、ここの姉さまみたいなのもアリだったんじゃないかと。
いい姉っぷりですよね。

出番がなかった腹いせか、3人前の朝食を狙っているセイバーにも笑いました。
Shunki
2007年01月02日 22:20
>肉さま
>金ねーさまいいですねええぇぇぇ・・・
ありがとうございます。うーむ、受け入れられてよろしいものか(苦笑)

>風まかせさま
>金ぴかから小ギルが出来る(逆か?)のだから、ここの姉さまみたいなのもアリだったんじゃないかと。
>いい姉っぷりですよね。
エンキドゥと出会うまではかなりの暴君だったようですけどね。つーかどう育ったらああなるんでしょう(笑)
>出番がなかった腹いせか、3人前の朝食を狙っているセイバーにも笑いました。
だってセイバーですから(いいのかそれで)
風まかせ
2006/12/25 01:50
2007年01月10日 10:52
これからも、頑張ってほしいです!応援してます。
Shunki
2007年01月25日 23:07
>風さま
レス遅くなってごめんなさい。応援ありがとうございます。

……頑張って茨道歩いていきます。
ケイブ
2007年01月30日 03:14
金姉最高。次がどうなるやら。
俺もそんな姉がほすい。