Fate/gold knight 10

「なるほど。それは大儀であった、士郎」
 マウント深山で買い物を済ませての、家への帰り道。今日、学校でやったことを弓ねえとセイバーに手早く報告したら、姉上はうんとひとつ頷いてくれた。弓ねえは学校に通ったことはないけれど、穂群原学園には俺や藤ねえがいるってこともあって時々遊びにくるから、まあ馴染みの場所ではあるんだよな。前に制服借りて着たこともあったっけ。結構似合っていたよなあ……いやそれは置いといて。
「結界……ですか」
 一方、セイバーは眉間にしわを寄せている。俺や遠坂と一緒で、学校の生徒や教師たちを巻き込む事には反対のようだ。ああ、良かった。
「ああ。今日の処置で少しは発動を遅らせられるはずだが……できれば発動の前に、術者を倒してしまうのが望ましい」
 ちゃっかりセイバーの横に並んでいるアーチャーのせりふに、皆一様に頷いた。ちなみに買ったものは俺、セイバー、アーチャーの三人で分担して持っている。遠坂、弓ねえ、ポーズだけでもいいから持とうと思ってくれ。まったくこのダブルあくまが……あ、でも、卵持たせたら絶対割りそうだからそれだけは勘弁してくれ。
「まあ、学校に仕掛けてるってことは恐らく学校関係者ね。教師か、生徒……その中にまだマスターがいるのよ」
 顎に手を当てながら、遠坂がぼそぼそと呟く。確かに、学校とは関係ない部外者が偵察ならともかく、あれだけの範囲に展開できる結界を構築するのは難しいだろう。大体、ほとんどの基点が校舎内にあったのだから、普段校舎に入っても怪しまれない人物……即ち教師もしくは生徒の中に、まだ姿を見せていないマスターがいると考えるのはごく自然なことだと思う。だけど。
「確かにそうだがな。部外者が夜中に仕掛けた、って可能性はないだろうか?」
 俺の疑問を、アーチャーが言葉にしてくれた。何でこいつ、俺の言いたいこと分かるのかなあ。弓ねえのこと気にしてる感じだし、セイバーとも仲良いみたいだし。何だろう、この奇妙な親近感。
「それも考えたけどね。ここ最近、魔術師らしい人物が冬木市に入ってきた気配はないのよ。アインツベルンはともかくだけど……となると、わたしや士郎みたいに前から住んでる人物がマスターになってると考えていい」
 遠坂の答えに、俺とアーチャーは全く同時に頷いた。ほら、また近しい感覚。どうしてこいつと俺はここまで行動が似通うのか。
「そもそも土地の人がマスターなのか、聖杯戦争のために前もって冬木に住み着いていたか。まあ、士郎みたいに巻き込まれたって可能性もあるけど……でも、士郎も前兆はあったみたいだし」
 ちらりと俺を見ながら話を続ける遠坂。うん、確かに俺は巻き込まれたとは言え魔術師の息子だし、そもそも左手に出ていたアレは令呪の前段階だったらしいし。と言うか、この時期にこの土地にいる魔術師と言うだけでマスター候補なんだろうな。その辺は聖杯に聞いてみないと分からないんだけど。
「なあ。遠坂みたいに、他の魔術師の一族が住んでるってことはないのか?」
「ん、ひとつあるわよ。でもあっちの一族はすっかり廃れちゃっててね、今の跡取りにはろくな魔術回路は無いわ。多分、今回は参加してないと思う」
 ちょっと空を見上げながら、遠坂は俺の問いに答えてくれた。一瞬風が吹いて、艶やかな彼女の黒髪がふわりと赤く染まり始めた空を舞う。ふと、遠くを見ている遠坂の目がどこか切嗣の表情を思い出させて、俺と弓ねえは一瞬顔を見合わせた。
「ん? 何よ士郎、弓美さんも変な顔して」
「変な顔などと申すな。少し思うところがあったのだ」
「……俺も。悪かったな、変な顔で」
 さすがに、そういう言われ方はちょっと頭に来たので言い返す。遠坂は「……ごめん」とばつの悪い顔で謝ってくれたので、これはもう流すことにしよう。それにしても、変な顔してたのか、俺たち。アーチャーは……と。
「……セイバー、そうまじまじと見られると少し困るのだが」
「あ、済みませんアーチャー。その……シロウやユミと同じような顔をしていたものですから」
 やっぱり。予想通りというか、俺と同じ顔してたよ。まあいいけどさ。
「それと、定住している訳じゃないけれどもうひとつ」
 無視されたっぽいのが不満なのか、遠坂がずずいと俺たちの間に割り込んでくる。いやまあ、自己顕示欲が多少強いのは悪いことじゃないと思うんだけど。
「バーサーカーのマスターの一族――アインツベルンも、一応冬木の……と言うよりは聖杯戦争の大元からの関係者よ。だからこそ、わざわざ遠いところからお出ましになってるの」
 びしすと立てられた人差し指。弓ねえと同じように、白くて綺麗な指だなあと感心している場合じゃない。遠坂の言葉に含まれていた単語に、俺はあの夜を思い出してしまう。

 ――もういい、こんなのつまんない。バーサーカー、帰ろう。

 瀕死の俺を見て、どこかふて腐れたような声を上げたあの小さな女の子。
 銀色の髪が、今横に立って一緒に歩いているアーチャーと似ているなあ、と今更ながらに思った。
「……ああ、そろそろ家に着く。この話はここまでにせぬか?」
 弓ねえの言葉に、はっとして顔を上げた。確かに今俺たちが歩いている道のほんのちょっとだけ向こうに、家の門が見えている。さすがにこれ以上聖杯戦争に関する会話をするのは拙いだろう……魔術師でも何でもない一般人に、この話を聞かれる訳にはいかないんだから。
「そうね。今後の話は夕食の後にしましょ、藤村先生や桜を巻き込みたくないしね?」
 遠坂も分かってくれたみたいだな。アーチャーとセイバーも顔を見合わせてうんうんと頷いている。ああ良かった、こんな奴らと仲間になれて。


  Fate/gold knight 10. くろいそら


 さて、本日の夕食担当は遠坂である。本人曰く中華料理が得意とのことなので、俺があまり作らなかったために中華に飢えていた虎&金の姉上どもが大変に心待ちにしておられる。つーか器を箸で叩くのはやめろ、藤ねえ。あんた教師だろうが。
「中華っ、中華っ♪ 弓美ちゃん、桜ちゃん、楽しみね~♪」
「は、はい。わたし、あまり中華料理って食べたことがないので、どういう味付けなのか気になります」
「おお、良い匂いがこちらまで漂って来ておるぞ。な、士郎? ガスコンロの火力を業務用並みにしておいて良かったであろう?」
 自慢の大きな胸を張ってにんまり笑う弓ねえ。
 うん、弓ねえの言う通りだ。確かに俺は中華料理をあまり作らないけれど、それでも火力が強い方がいいだろうと言うことでこの家に来てから間もなく厨房は改装されたんだ。主に弓ねえのパチンコで稼いできた資金で。
 ああ、でもほんとうに良い匂いだ。じゅうじゅうという食材が威勢良く焼ける音と一緒に、俺たちが並んでいる居間の方にまで漂ってくる。遠坂の手際も良いし、これは本当に期待できそうだ。
「士郎ー! 大皿出してー!」
「了解~」
 呼ばれたので腰を上げる。さすがに遠坂も料理に手一杯で、食器の置き場所とかをチェックしてなかったみたいだし。だけど、中華に合いそうな大皿なんて無かったよなあと思ったから、いつも使っているやつをいくつか取り出してきた。ひょいと遠坂が振っている鍋の中身を覗いたら、定番の青椒牛肉絲だ。こりゃ藤ねえとセイバーが凄いことになりそうだな。
「そっちのを先に盛ってくれる? これもう少しかかるから」
「ん、分かった」
 鶏の唐揚げの野菜あんかけを、指示された通り皿に移す。別の皿には焼き餃子が載せられている。また深鍋には卵のスープも作ってあって、よそわれるのを今か今かと待っているようだ。ええと、次は春巻き? またいろいろ作ってあるなあ。そろそろ持っていった方がいいか、配膳台が一杯だ。
「桜、弓ねえ。そっちの用意頼む~」
 居間に顔を向けて声をかける。藤ねえに頼まないのは、いまいち信頼性が無いからだ。だってなあ……親父が存命の頃なんか、手伝うっつってずーっとつまみ食いしてたんだぞ、あの虎。
「あ、分かりましたせんぱーい」
「任されよう。これ大河、そこに座っておるのは邪魔だ。手伝わぬのならばどけ」
「あー、ひっどーい」
 ぶーぶー文句を言いつつも、やはり藤ねえは手伝う気ナッシング。さっさと部屋の中央からどけて……こら、そのミカンは何個目だ。ちゃんと皮はまとめておけ。
「アーチャー、ご飯頼む」
「了解した」
 いつの間にかうちの風景に溶け込んでいるこいつは、さっきから遠坂が使った鍋を即座に洗う役回りを仰せつかっていた。いくら大食い虎を飼っているうちでも、そんなに大量の鍋がある訳じゃないからな。遠坂が鍋ちょうだい、フライパンちょうだい、お玉出してと指示をする前に手早くアーチャーが洗い、拭き、揃えているわけだ。さすがマスター&サーヴァント、コンビネーション抜群だ。つーか二人の着けているエプロンはお揃いのものである。アーチャーは俺のをちょっと窮屈そうに、遠坂は弓ねえのをきつめに紐を締めて。
 まあ、それはともかく。
「遠坂、できた分から持ってくぞ」
「凛、出来上がったものから持って行こう」
 俺とアーチャー、二人同時に同じ内容を口にした。はっとしてアーチャーの顔を見たら、あっちもびっくりしたように僅かに目を見開いて俺を見つめている。ほんの少し間があって、アーチャーはふいと目をそらした。
「……衛宮士郎。持って行くのだろう」
「お、おう」
 何だろう。
 何でアーチャーは、俺が絡むと途端に不機嫌になるんだろう。
 ――まるで、思い出したくない思い出を見ているような顔をして。
「それじゃあ、唐揚げと皿と箸は俺持ってくから青椒牛肉絲と飯頼むな。アーチャー」
 それを気にしないように努めつつ、配膳台に乗っている料理を指さす。あ、このやろ、何キツネにつままれたような顔してるんだか。ちょっと笑えるかも。
「あ、ああ。承知した」
 ぽかんとした顔のままお盆を取り出して、俺に言われたものを積み上げるといそいそと運んでいく。ほんとにめちゃくちゃ驚いたのがよく分かって、俺は何となく楽しかった。
「士郎、それ運んだら次スープねー!」
「はいよー!」
 って、俺も笑ってる場合じゃなかった。急ごう。そうでないと、例えこの量だとて食いっぱぐれてしまうだろう。勘弁してくれよ、ほんとに。

 そうして、我が家初……多分初の、中華ディナーと相成った。青椒牛肉絲にトリカラのあんかけに卵スープ、春巻きサラダにエビシューマイ、炒飯に杏仁豆腐まで。普通の家では少し量が多すぎるくらいの料理がちゃぶ台狭しと並べられている。見てみろよ、セイバーと藤ねえのあのよだれ垂らしそうな顔。桜も半ば呆然と、だけど心底嬉しそうな顔してちゃぶ台の上見つめてるし。
「うわ~」
「おお……」
 あ、弓ねえまで視線吸い寄せられてる。そりゃそうだろうな、目にも鮮やかな色彩と、この一つ一つが自己主張しながらそれでいて全体が調和している香りがこう目の前に広がっちゃあ。こんちくしょう、今に見てろよ遠坂凛。弓ねえのお抱えシェフはこの俺なんだから……あれ、これって俗に言うシスコンってやつか?
「さあ、どうぞ。たんと召し上がれ」
 一方本日のシェフであるところの遠坂は、ふふんと自慢げに胸を張っている。なるほど、今朝の思い知らせてやる視線の意味がよーく分かった。ええい、確かに俺は中華料理はやってないよ。確かに和食メインだし、洋食もあんまり作らないからな……くそっ、ここは素直に負けを認めるのもシャクだな。スルーだスルー。できるかな、俺に。
「とりあえず、藤ねえとセイバーは落ち着け。料理は逃げない。それじゃあ、いただきます」
『いただきます』
 よし、一応スルーしつつ食事戦争開始。遠坂が薄笑いを浮かべているのが少しシャクに障ったけれど、そんなこと気にしていたら食いっぱぐれ間違いなしなので放置しておくことにする。ああもう春巻きが少なくなってるぞ、えらいこっちゃ。
「ふむはむ。うん、さっすが遠坂さん! 中華ってこんなに美味しいモノだったのねー♪」
 あんたは大発生したイナゴか、って勢いで片っ端から食べ尽くしていく藤ねえ。まあ、食べカス飛び散らしなんてことはしないんだけど。この辺は藤村の爺さんがびしっとしつけたんだろう。
「はむはむはむはむ……ふむ、ふむ」
 一品一品丁寧に猛スピードで口にしつつうんうん頷くセイバー。お箸の使い方は完璧で、行儀もきちんとしているのに食べるスピードだけが桁違いっていうのはある意味才能だよなあ。
「アーチャーさん、そちらのシューマイ取っていただけますか?」
「ああ、分かった。凛もどうだ?」
「あ、ごめんね。お願いするわ」
 さりげに面倒見の良いアーチャー。モノが多すぎるため手の届かない範囲のおかずを、遠坂と桜にいそいそと取り分けてやっている。
「これ士郎、そこな唐揚げを寄越せ」
「ああはいはい。どうぞ、弓ねえ」
 ……って、俺も弓ねえの面倒見てるわけだが。あー、何でこうアーチャーと行動パターン似通ってるんだろ。何の関係もない、人間とサーヴァントなのにな。
 で、そのアーチャーのマスターかつ本日のシェフはというと、に~っこり笑いつつ俺の顔を覗き込んで、こうのたまいやがりました。
「ねえ士郎、回転卓買って♪」
「……なんでさ」
「だって、あった方が便利じゃない。次はもっと豪勢に行くわよ」
 なあ遠坂、お前聖杯戦争終わっても家に入り浸る気か? まあいいけどさ。どうやら遠坂、一人暮らしみたいだし、それなら俺たちと一緒に食事した方がいろいろと都合がいいだろう。俺も、家族が増えたみたいで嬉しいし。

 そんなこんなで質量ともに全員が大満足したディナーは終了。
 藤ねえが桜を送ってから自宅に帰るということで、門扉まで二人を送っていった。弓ねえも一緒なのは、周囲の警戒と俺の護衛を兼ねてるんだそうだ。心配性なんだよな。
「藤ねえ、ちゃんと桜を守るんだぞ」
「まっかせなさい。ちゃんと桜ちゃんは送り届けるから心配しなさんなって」
「ああ、一応大河も周囲に気をつけよ。このところ、物騒な事件が相次いでおるからの」
「弓美ちゃ~ん、一応って何よ一応って」
 いや、だってアンタ虎だしという言葉は胸の内にしまっておいた。横を見たら弓ねえと視線が合って……全く同時に頷き合ってしまった。金の姉よ、あんたもか。
 それはともかく無事二人を送り出して、ふうと空を見上げる。月が出ているのにどこか深い闇の色が空を覆い、何となく気を重くさせる。もっとも、俺の隣には闇なんて屁でもない黄金の姉上がいるんだけどな。負けてたまるか。
 さあ、ニンゲンとしての時間はここまで。
 今からは、『こちら側』の時間だ、と自分を切り替える。
 で、先程までほのぼの……とはいささか程遠い、けれどうちとしては割と日常的な戦争の場だった居間は、今や作戦会議場へと変貌していた。ちゃぶ台の回りに寄り集まったのは五人。うちサーヴァント三名、魔術師一名、魔術師見習い一名。何か俺が一番立場悪そうだ、これでも一応家主なのに。
「ええと、まず現在の状況を確認しましょう」
 口火を切ったのはやはりというか遠坂だった。俺たちをぐるりと見渡して、誰も異論を唱えないことを確認してから言葉を続ける。
「今ここにいるわたしとアーチャー、士郎とセイバープラス弓美さんの五人は現在同盟中。バーサーカーを倒すためにね」
「ええ。その他確認できたサーヴァントは、ランサーとバーサーカーの二騎。ランサーはマスターが不明ですが、バーサーカーのマスターはイリヤスフィール=フォン=アインツベルンと名乗りました」
 セイバーが挙げた名前の持ち主を思い出す。
 赤い必殺の槍を備える、青のサーヴァント。
 銀色の少女と、彼女が使役するあまりにも強力な黒い巨人。
 考えてみれば俺は、一晩のうちに二度も殺されたことになる。それも、別々のサーヴァントに。
 一度は遠坂がいなければ、一度はセイバーと契約していなければ、俺は確実に死に至っていた。
 そうして……俺は姉を巻き込んで、戦争の当事者となったんだ。
「それと、柳洞寺に濃密な魔力を感じる。恐らくはキャスターあたりが自陣としておろう」
「……え?」
 ちらりとそちらを見た瞬間、当の金色の姉上がそんなことを言い出した。うん、きっと俺の顔色は青くなっていると思う。自分自身の意識を、どこか醒めた別の自分が見つめている。何だか奇妙な感覚。
 柳洞寺……つまり一成の実家。前に弓ねえと一緒に訪れた時、姉はその土地を一種の結界が覆っていると言っていた。それは多分、聖なる領域である寺の境内を守護するモノではないかという推測だったけれど……本当はどうだったのか、確認する術はない。
 その結界の中をキャスターが自分の陣地としているのならば、一成やその兄である零観さんは一体どうなっているのだろうか。いや、彼らがマスターであるという可能性もあるのだけれど。
「ちょ、それじゃ一成たちを、人質にっ……!」
「士郎、落ち着きなさい。まだ向こうは表立って動いてはいないわ。こちらからあからさまに刺激すれば逆効果よ」
 思わず立ち上がりかけたところを、遠坂の手で軽く押し戻された。その手が微かに震えているのが分かって、急に俺の頭が冷える。そうだ、まだ一成たちは少なくとも表向き、何もされてない。こっちが下手に相手を刺激したら、その時に何かされる可能性があるのだから……対策は、しっかりと相手を見極めてからでなくちゃいけないんだ。
「……ごめん、遠坂」
「士郎の気持ちは分かるがな。ともかく話を戻せ、凛」
 座り直した俺の頭を、弓ねえの手が撫でる。彼女の弟になってから何度もあることだけど、そう言えば最近は無かったかな。ああ、でも弓ねえの手、落ち着くなあ。
「衛宮くん、顔がほころんでるわよ。ほんとに弓美さんのこと好きなのねえ」
 なあ遠坂、そこで何でそうなるんだよ。アーチャー、呆れて肩をすくめるな。お前にやられると何か腹立つ。
 おっと、今はそんなこと話してる場合じゃなかった。反省反省。
「まあ、話を戻すわね。そうなるとデフォルトのクラスが召喚されていたとして、後はライダーとアサシンが影も形も見せてないわけか」
 セイバー、アーチャー、ランサー、バーサーカー、キャスター、ライダー、アサシン。遠坂の聖杯戦争講座に出てきた、普通召喚されるサーヴァントのクラスを頭の中に並べる。まだ痕跡を見せていない、もしくは見せているのだけれどこちらが気づかない相手は、騎乗兵と暗殺者ということになる。あれ、でも。
「アサシンが影や形見せたら元も子もないだろ、遠坂」
「それもそうね……いやそうじゃなくって」
 あ、ノリツッコミ入れられた。だけど、暗殺者っていうのはそういうものなんだよな。……親父の警報結界、役に立つのかなあ。立ってください、お願いします。
 と、遠坂はまだ話の続きがあるらしく、メンバーをぐるりと見回した。それから視線を向けたのは俺と、アーチャー。はて、何だろう?
「まあ、それはともかく。で、帰り道に話してた学校に展開している結界なんだけど……士郎、アーチャー、あれどう思う?」
 それか。確かにセイバーと弓ねえは現物を確認した訳じゃないから、聞かれても困るだろうな。だけど、漠然とどう思うか聞かれても困る。遠坂が何を聞きたいのか分からないからな。ともかく、思ったことを口にするしかないか。
「どうって……何となくだけどキャスターが張ったとは思いにくいかな、くらいで」
「同感だ」
 あれ、こんなところまでアーチャーと意見が一致するんだ。まあいいや、俺の考えが間違ってなさそうだって分かったし。大体、あんな分かりやすい結界を魔術に長けてるらしいキャスターのサーヴァントが構築するとは思えないよな。
「そういうことね。士郎、ここ最近新都で起きてるガス漏れ事故、知ってるでしょ?」
 で、俺たちの答えに対して遠坂はいきなりそんなことを言って来た。知ってるも何も、ここんとこ朝のニュースでいつもやってるじゃないか。
「ああ。大勢意識不明になってるあれ……まさか、あれは」
「ええ。調べた限り、あの事故の犠牲者は皆生命力を抜き取られている。ガス漏れってのは実のところ、綺礼が手を回してくれた結果なのよ」
 深刻な顔で頷く遠坂。そう言えばニュースでも、本当にガス漏れが原因なのか断定されていないって言ってたことがあったな。つまり、真実は。
「ふむ。つまり魔術を弄するより手のないキャスターめが、己の能力を最大限に発揮するために冬木の市民からこそこそ生命力をくすねて柳洞寺に溜め込んでおる、と」
 現地を確認してきたらしい弓ねえが、細い眉をひそめて不機嫌な声を上げる。弓ねえ、一成や零観さんとも仲良いし、親父の墓があの寺にあるからな。敵の領土にされているってのは気に食わないんだろう。ま、確認ついでに攻め込まなかっただけマシだと思おうか。俺は攻め込んでしまいそうだから、あまり人のことは言えないけれど。
「敵意バリバリねえ、弓美さん」
「当然だ。そのような姑息かつ手間のかかる地味な手段、我は好かぬ」
「弓ねえらしいよ、その言い方」
 いや全く。この姉上は外見も存在感も派手派手だけど、行動も派手めなことが多い。俺が一緒だと一応気にしてくれるけれど、単独行動させるとどうなることやら。あのアカツキもそのせいでキンキラキンなんだしな。ああ、購入時に俺がついて行けばよかった、と後悔したのは記憶に新しい。おまけにいつの間にか改造しやがって、この馬鹿姉上。稼ぎで育てて貰ってる身としてはあんまり大口叩けないのがあれだな。
 だけどそれ以外にも、弓ねえは友人が聖杯戦争に巻き込まれることを懸念しているっていうのが分かる。だってそうじゃなきゃ、好まない手段取っている相手とはいえこれだけ敵意を表に出すってことはないんだから。
「まあ、それはあっちに置いといて。ともかく、そのこそこそ魔力を掠め取っているような用心深いキャスターが、あれだけ派手な結界展開する訳はないわね。ランサーも自分じゃないって言ってたけど……あれは信用できるかな」
 いきなり話がぽんぽん飛ぶにはどうかと思うぞ、遠坂。まあ寄り道させるこっちも悪いんだけど。でも、つまり遠坂は学校の結界をどうにかしたいのだということはよく分かった。展開した術者の特定ってことは、その術者をどうにかしたいということなんだから。
「それは心配ないだろう。アルスターの光の神子ともあろう男が、あのような英雄にあるまじき手段は取るまい」
 けれど、さらりとアーチャーが言い放った言葉に彼女はぎょっと顔色を変えた。俺も、その固有名詞には心当たりがある。親父の蔵書で見た記憶が、ぽんと頭の中に浮かび上がる。それと、あの夜の忘れられない戦闘が。
「アルスター……ってちょっとアーチャー、ランサーの正体って!?」
 遠坂が、冷や汗をかいているのが分かる。僅かに青ざめながらそう問い返した彼女に対し、アーチャーが口を開くより先に弓ねえが軽く身を乗り出してきた。
「ふむ。では補足しよう。ランサーがセイバーに使うた宝具の名はゲイボルグ。その名を持つ槍を操る英霊ならば、その正体はクランの猛犬に間違いなかろうよ」
「クーフーリン……!」
 ケルト神話の英雄。太く短い生涯を自ら選び取り、闇の国に赴いてルーン魔術と槍使いを学び、ゲッシュに縛られて命を落とした神の子。
 それが、あの青い男の正体だというのか。
「ええ。間違いありませんね……正直、わたしでもあの槍の呪詛をよく避け得たものです」
 セイバーが頷く。確かに、彼ならばランサーのサーヴァントにふさわしいだろう。
 改めて、目の前にいる三人のサーヴァントをゆっくりと見回した。
 青い衣装と銀の鎧、見えない剣を操る最強の騎士、セイバー。
 赤い外套に黒の軽装鎧、黒と白の双剣を操るアーチャー。
 前回からの生存者であり、銀の剣をもって敵と戦うアーチャー……弓ねえ。
「……じゃあセイバーもアーチャーも……弓ねえもそう、なのか」
 半ば放心したように、そう呟いた。俺の声に三人共反応してくれたけれど、小さく頷いてくれたのはセイバーだけ。
「……ええ、まあ」
「まあ、な」
「我に聞くな」
 アーチャーはプイとそっぽを向き、弓ねえはむすっとした顔で文句を言う。ああごめん、アーチャーの方はよく知らないけど、弓ねえはまだ思い出していないんだもんな。
 ごめん。一緒に取り返そうな、姉貴。
 ふと遠坂に視線を戻す。また話を横道にそらして悪かった、と手を合わせたら、小さく溜息をついてしょうがないわね、と笑ってくれた。うん、ほんとうにごめんな。
「話を戻すわね。そうするとランサーでもない。セイバーとアーチャーは最初から論外、バーサーカーというかイリヤスフィールとも考えにくい」
「そうだな。あの小娘は己がサーヴァントの力を絶対視しているようだ。防音や人払いならばともかく、余計な結界など張る必要もなかろう」
「アサシンも違うだろう。暗殺者が敵対する魔術師に速攻でばれるような真似をやらかすとは思えん」
 遠坂に同意する弓ねえ、そして推測による補足を加えるアーチャー。あれ、キャスターランサーセイバーアーチャーバーサーカーアサシンが却下、そうすると。
「……消去法でライダー?」
「しかいませんね。キャスター・ランサーもしくはアサシンのマスター、という可能性は残っていますが」
「それはないな。あれは、多分宝具の類いだ。人には構築できない」
 セイバーの指摘は俺が却下する。結界の基点を探索していくうちに分かったことだけど、あれは人が造り得るものではなかった。つまり、あくまで人間であるところのマスターでは不可能。作り出せるのは、英霊たるサーヴァントでしかないだろう。
「そうなの? アーチャー」
「ああ。衛宮士郎の指摘は間違ってはいないだろう。あれはサーヴァントが構築したものだ」
 俺と同じく実物を確認しているアーチャーが頷いてくれる。あれ、何で遠坂は分からなかったんだろう? 俺とアーチャーは確かに、解析は得意みたいだけど。
「なるほど。つまり、ライダーのマスターが教師もしくは生徒、いずれにせよ学校の関係者ということになりそうですね」
 それぞれの事実や推測を繋ぎ合わせ、セイバーが考えをまとめる。外部の人間という可能性も残ってはいるけれど、学校をエリアにしてるんなら関係者だと考える方が自然だ。そうなると、穂群原学園には俺と遠坂以外に最低一人……もしかしたらそれ以外にもマスターがいるかもしれないってことになる。
 もし、間違って学校が戦場にでもなったりしたら、関係の無い一成や慎二や桜、藤ねえや美綴までもが巻き込まれてしまう。それだけは避けなくてはならない。俺や弓ねえのような被害者を、これ以上出してはいけない。学校を、あの日のような赤い地獄にしてしまってはならない。
 ――切嗣に、哀しい笑顔をさせたくない。
「まあ、どっちみちそのマスターにはわたしたちが結界の基点潰しをやったことはばれてるでしょうね。明日にも動いてくるかもしれないわよ」
 遠坂の言葉に、現実に引き戻された。いかんいかん、今は遠い昔のことを思い出している場合じゃないんだ。しっかりしないと。
「動くって……攻撃してくるとか?」
「その前に、穏便に接触してくる可能性もある。凛が衛宮士郎と手を組んだように、自分への協力を持ちかけてくるかもしれないな」
 アーチャーの意見ももっともだ。俺たちと遠坂たちは、少なくともバーサーカーを倒すために手を組んでいる。その前に他のマスターやサーヴァントが攻めてくるなら、当然協力して対処することになるだろう。でも、同じことを考えている奴がいないとは限らない。最終的な勝者が誰であるにせよ、それまでの過程で協力し合うことはお互いにとってマイナスではないはずだ。そうしてそれは、手を組む相手が多いほどきっと効果的だろう。甘い考えかもしれないけれど。
「……争わないに越したことはないよな。話は聞いてみたい」
 だからそう答えたら、全員から白い目で見られた。なんでさ。
「あのね。士郎と違って、向こうは霊体化したサーヴァントを連れてる可能性が高いわ。無闇な接触したら、あんた死ぬわよ」
 びしす、と人差し指を立てるのは遠坂の癖みたいだな。そうして指摘する言葉は的確で。
「かもしれない。でも、即死ならともかく時間がほんの少しあれば、セイバーは呼べるんだろ?」
 だからそう答えて、左手の甲にそっと触れた。ネットと絆創膏を外したそこにあるのは、三画の令呪。セイバーのマスターの証であり、強制的に命令を実行させることができるしるし。ピンチの時はコレで自分を呼べ、とセイバーはそう言っていたから……
「即死攻撃だったらどうするのだ? 首を刎ねられたり、心臓を破壊されたり。サーヴァントがそれができる相手であることは百も承知であろう」
 ……はい済みません姉上、仰せの通りです。俺、それで一回心臓壊されて死んでるんだから気をつけなくちゃいけないのに。
「ごめん。ちゃんと警戒するよ」
「シロウは口も達者ではないのですから、重々注意してくださいね。私はあなたの剣ですが、いつもそばにいられる訳ではない」
「……はい」
 サーヴァントに説教されるマスター。あー情けない。
 遠坂みたいにちゃんと魔術を使えれば。
 セイバーみたいに強ければ。
 弓ねえみたいに素早ければ。

 ああ、ないないづくしだ。
 俺って、本当に情けない。

 不意に、電話が鳴った。時計を見ると既に十時半……ああ、結構話し込んでいたなあ。だけど、こんな時間に誰だろう?
「あ、いい遠坂。俺が出る」
「そう?」
 受話器に手を伸ばしかけた遠坂を押し止めて、自分で取り上げる。さすがに夜も遅いし、今頃衛宮の家に遠坂がいるなんて電話の向こうにばれるのは気まずい。藤ねえや桜は……ウソの事情を知っているからいいとして、一成あたりだったら大噴火しかねないし。
「はい、衛宮です」
『もしもし、士郎?』
 あ。
 よかった、事情知ってる相手だ。
「あ、藤ねえ?」
『うん。ねえ、今そこに遠坂さんいるかしら?』
「いるけど何だよ。こんな夜遅く」
 しかも遠坂狙い? 一体何の用事だ。
『……士郎でもいいや。あのね、美綴さんがまだ家に帰ってないらしいの。士郎、知らない?』
「美綴が?」
 もう一人の姉の言葉に、一瞬ぽかんとした。
 あいつ、寄り道なんてしそうな性格じゃないぞ。それに、今日は部活動がなかったんだから――こんな時間まで帰っていないのは、おかしい。
 おかしい。
 オカシイ。
「え、何士郎、綾子がどうしたの?」
「綾子?」
 遠坂と弓ねえが顔を覗き込ませる。その後ろから、セイバーとアーチャーもこちらを伺っている。
「……美綴が、まだ家に帰ってない」
 俺は努めて感情が表に出ないように、機械的に藤ねえの言葉を繰り返していた。

 夜の闇が、一段と深くなったように思えた。

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この記事へのコメント

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2006年10月19日 03:12
弓姉がやっぱりいい味だしてますw
弓姉が喋るたびにドキってしてしまいますw
更新楽しみにしていますw頑張ってくださいw
風まかせ
2006年10月20日 00:30
何でこんなにキャラが生き生きしてるんだろうってくらい、まとまってますね。
姉弟の、キャラ同士の掛け合いがとても自然、不自然なのは士郎xアチャくらい(笑)

魅力だけでも、ここの弓姉は、オフィシャルの仔ギルにだって負けません。
続き楽しみにしてます。
蜜柑
2006年10月21日 17:51
弓ねえに頭を撫でられ隊を結成したくなりました。
士郎はとうとう自分がシスコンだと自覚したようで…そりゃこんな魅力的で自分を大切にしてくれる姉がいたらシスコンになってしまいますよ。
とうとう美綴さんの一件が士郎たちに知れたわけですが次の日にどういった展開になるのか楽しみです。犯人というか慎二が弓ねえに急所を踏み潰されないことを祈りつつ(汗)次回も楽しみにしています。
T2
2006年10月22日 21:52
>主に弓ねえのパチンコで稼いできた資金で。
 の所で、「切嗣さん。ちょっとは稼いでこようよ(汗)」と思い、
>二人の着けているエプロンはお揃いのものである
 の所で、「うわ、ナチュラルに惚気ている」と思いましたw この、ブラコン姉にシスコン弟のコンビめw 
 これから先、色々と非日常シーンが増えるわけですが、この日常を守るために士郎は戦うんだなぁと改めて感じました。続き、楽しみにしています。
 
Radix
2006年10月23日 10:38
あー読んでるうちにお腹がくぅくぅ鳴りました。チンジャオロースなら兎も角、自分じゃ鶏唐のあんかけはーちょっとなー(唐揚が美味く出来ないもので)。最近中華作ってないから明後日は中華にしようかなーと考えております。フェイトに限らず型月系の作品はお腹が空いてる時は危険ですな~。美味しそうw

えーっと前回の質問の答えですが、リアルで「兄」してます。と言う訳で甘えられません。甘えても来ないけど。うーむ。
Radix
2006年10月23日 10:41
追加です。

弓ねぇパチンコで稼げるその幸運(ラック)分けてください。割と切実にw
Shunki
2006年12月22日 16:41
シェバさま
>弓姉がやっぱりいい味だしてますw
>弓姉が喋るたびにドキってしてしまいますw
ありがとうございます。えーと、元がアレだというのはOK?(笑)

風まかせさま
>姉弟の、キャラ同士の掛け合いがとても自然、不自然なのは士郎xアチャくらい(笑)
本来ならどつき合いだの斬り合いだのしてる二人ですからねー(笑)

蜜柑さま
>弓ねえに頭を撫でられ隊を結成したくなりました。
怒らせると握りつぶされそうですが、どうでしょう?

>士郎はとうとう自分がシスコンだと自覚したようで…そりゃこんな魅力的で自分を大切にしてくれる姉がいたらシスコンになってしまいますよ。
本編凛ルート・デート直後参照、ですかね。実は本編士郎も結構シスコンですよ。

>とうとう美綴さんの一件が士郎たちに知れたわけですが次の日にどういった展開になるのか楽しみです。
本編ではあっさり片づいた一件ですが、こちらでは少し絡んできます。こちらの慎二、妙に頭の回転が良い部分がありますのでね。
Shunki
2006年12月22日 16:43
T2さま
>>主に弓ねえのパチンコで稼いできた資金で。
>の所で、「切嗣さん。ちょっとは稼いでこようよ(汗)」と思い、
>二人の着けているエプロンはお揃いのものである
>の所で、「うわ、ナチュラルに惚気ている」と思いましたw この、ブラコン姉にシスコン弟のコンビめw 
仲のいい家族(ただし疑似)がある意味コンセプトですね。ここの衛宮家は。

>これから先、色々と非日常シーンが増えるわけですが、この日常を守るために士郎は戦うんだなぁと改めて感じました。続き、楽しみにしています。
ありがとうございます。がんばります。

Radixさま
>フェイトに限らず型月系の作品はお腹が空いてる時は危険ですな~。美味しそうw
私はあの朝ご飯のボリュームが……あれだけ食べるのは旅行に行った時くらいです。こんちくしょう、士郎嫁に来い!(無理)

>えーっと前回の質問の答えですが、リアルで「兄」してます。
おや、お兄さんですか。弟妹の扱いは大変ですな。

>弓ねぇパチンコで稼げるその幸運(ラック)分けてください。割と切実にw
私も欲しいです。いいなあ黄金律。