Fate/gold knight interlude-2

 商店街の中に、いくつか飲食店が存在する。その中の一つ……ランチタイムを迎えた標準的な喫茶店、その窓際の二人席に、微妙に場にはそぐわない二つの姿があった。
 一つは淡い金の髪を後頭部でまとめた、清楚な印象の少女。
 一つは豪奢な金の髪をゆったりと背中に流した、絢爛豪華な少女。
 一方はセイバー、他方は衛宮弓美という名を持つ二人の少女は、ぱくぱくと威勢良く少し早めの昼食を摂っていた。これだけならばごく普通の光景である、が。
 弓美の前に並んでいるのは、ホットサンドのランチセット。ツナがメインの具を挟み込んだホットサンドにサラダ、ドリンクがつくという割と標準的であろうラインナップだ。しかし、既にトレイの上はほぼ空であり、僅かにドリンクを残すのみとなっている。
 対してセイバーの前には、三人分のランチセット。そのうち二人分――和風キノコスパゲティセットとピザトーストセット――は既に食器が空になっており、残るクラブサンドセットもその半分以上が少女の腹の中へと消えていた。ちなみに、弓美とは同時に食事を始めている。
「はむはむ……ん。ごちそうさまでした」
 最後のクラブサンドを喉の奥へと消し去り、コーヒーを流し込んでからセイバーはきちんと手を合わせた。目を開いた少女の顔は、満たされた笑顔である。
「ふむ、なるほど。ユミの舌は確かだ」
「当たり前だ。我を誰だと思っておる? 衛宮士郎の姉であるぞ」
 ふん、と胸を張る弓美。既にランチを食べ終えている彼女は、別会計のチョコレートパフェを長いスプーンでつついて楽しんでいる。さすがにこの手の物は弟は作ってくれないらしく、この際だからとじっくり堪能しているようだ。
「そうですね。シロウの料理を常時食していれば、自然と舌は肥えてくるでのしょう」
 少しよろしいですか、とパフェをちらちら見ながら弓美の顔を伺うセイバー。苦笑しながらよかろう、とパフェを差し出し、弓美はゆったりと頷いた。どうやら、上機嫌の笑顔で食事を片付けていく少女の様子をも金の姉はのんびりと楽しんでいたようだ。一度無心に食事を取る士郎の姿を見てみたいと考えているようだが……義弟はいつも自分や大河に気を遣いながら食べているから、食事に集中することはほとんどないのだ。
「そういうことだ。してセイバー、そなたはどれが好みかな? 士郎の料理、桜の料理、そして外で食す料理と……凛も料理はできるようだが、まだ食しておらぬので今回は選外としよう」
「む、それは難しい問題ですね」
 もぐもぐ。唇の端にチョコを付けたまま、尋ねられた件を答えるためにセイバーは真剣に考え込んだ。しばし待っていた弓美であったが、どうやらセイバーの思考に決着がつかなさそうだと気がついたようだ。
「悪かった。美味なる食事はどれも良いモノだ、そうだな」
 おしぼりを差し出しながらの弓美の一言に、セイバーがはっと顔を上げる。少し幼げな顔をした少女は満面の笑みを浮かべ、ついで真剣な表情になると席から腰を浮かせた。そして、弓美の手を自分のそれでがっしりと握りしめる。おしぼりの上から。
「え、ええ、その通りですユミ。分かって頂ければ幸いです!」
「やはりそうであったか……ああ、顔にチョコレートが付いておる故拭き取れ。幼子に見えるぞ」
 僅かにヒキながら、弓美は頬を引きつらせた。一方セイバーの方も、お子様呼ばわりに顔を引きつらせながらおしぼりを受け取る。一所懸命顔を拭く少女の白い頬が、摩擦で赤く染まった。


  Fate/gold knight interlude-2 双振りの剣


 ――それにしても。
 顔を整えながらそれを見つめる弓美は、頭の中だけでぽつんと呟く。現代の料理に舌鼓を打ち、ここまで無条件に賞賛する彼女は……生前どのような食生活を送っていたのだろうと、そんな思いが脳裏をよぎったのである。自分自身はどこの誰で、いつ頃どんな生活を送っていたか……十年経過した現在でも全く思い出せない。だが、セイバーにはおそらくそういった記憶もあろう。
 だから、弓美の問いは純粋に興味から発せられたものだった。
「そういえばセイバー。我も含めてだが、サーヴァントとはかつて英雄として現世に生きた者と聞く。そなたが生きていた頃は如何な料理を食していたのだ? 我はその辺の記憶も全く無くてな」
「え……」
 興味津々でそう尋ねた弓美の目の前で、セイバーの顔色が一気に青ざめた。チョコパフェに伸ばしていた手をテーブルの上に置き、拳を握りしめる。手に持ったままのおしぼりが、既にしっかり水分を絞られていたにも関わらず水を滴らせていた。
「!?」
 顔を伏せ、ふるふると肩を震わせるその姿に、何故か空恐ろしいモノを感じて弓美はがたがたと椅子ごと引いた。数はそう多くない他の客が何事かと注目するのに気づき、この場は逃げられぬと感じて彼女は椅子から立ち上がるとその背もたれの後ろにくるりと回る。これで逃げられぬならば、目の前のテーブルでも何でもひっくり返す心づもりである。無論、後で損害は消費税もきちんと込みで賠償するが。
 しばしの沈黙。重い空気が彼女たちの周囲に漂う。そして――
「………………………………雑でした」
 ――セイバーは、ぽつりとその一言だけを発した。彼女の普段の声とは似ても似つかぬ重低音で、背中にどす黒い怨念のようなモノをめいっぱいに背負って。
 椅子を盾にして己の身を守っていた弓美だったが、ごくりと息を飲むとゆっくり、音を立てないように慎重に座り直した。咳を一つしたあと紙ナフキンを手にとって冷や汗を拭い、改めて少女に向き直る。
「何やら、根深いものを感じるの……あい分かった、この話は以降無しとする。士郎が振ってきたら殴り飛ばすとしよう」
 僅かながら視線を外し、それでもセイバーの顔を見つめながらそう言った弓美。端正な顔が若干青ざめている理由が自分だと知ってか知らずか、にっこりと満面の笑みを浮かべたセイバーが軽く頭を下げる。
「お心遣い、痛み入ります。それとユミ」
 まだ、パフェが少し残っている。それをスプーンで掻きだし、すっかり飲み込んでしまってから少女は再び口を開いた。
「せいぜい手加減してやってください。シロウはわたしのマスターなのですから」
 その台詞にぽかんとした弓美の脳裏で、いや止めろよ止めてくれよ姉上様、と本気で困った顔の士郎が裏拳ツッコミを入れていた。

 昼下がりの商店街は、まだ主婦も買い物をする時間ではないのか昼食の片づけをしているのか、閑散としていた。そんな店先を一つ一つ丁寧に見て回るセイバーと、それを数歩遅れて姉のように見守る弓美の二人連れは、目立ちながらもその光景に溶け込んでいた。
「だーかーらー、このお金は使えないんだってば! 頼むよ~」
「……む?」
 弓美行きつけのケーキ屋の店先で、店主の困った声が聞こえてきた。二人の少女がそちらに視線を向けると、いきなり真っ白なドレスが目に入ってくる。金髪碧眼&赤眼の女の子二人連れより、そちらの方がずっと目立つこと請け合いだ。
「は?」
「……なんだ、あれは」
 ドレス、とは言ってもフリルやリボンを多用したものではなく、どちらかと言えば作業効率を上げるためにシンプルにデザインされたものである。それを纏う女性は髪をドレスと同じ純白のフードの中に治め、そうして店頭に並ぶケーキを見つめながら、駄々をこねていた。
「……どーしてもダメ? 食べたい」
「ダメダメ、このお金はダメなんだってば!」
 たどたどしい日本語を操る女性と、困り声ながら押し気味に転じた店主の問答は少しばかりの時間続いているようで、店主の方がげんなりした顔になっている。それを見て取った弓美は、仕方がないというように小さく溜息をついてから足を一歩踏み出した。
「これ店主、いかがしたか」
「あ、弓美ちゃんちょうどいいところへ」
 衛宮の娘になってから十年。この商店街ではすっかりおなじみの顔となった金髪縦ロール少女の出現に、ケーキ屋の主はほっとした表情を浮かべた。何しろこの金髪娘、問題解決の糸口を提示するのが得意なのだ。主に金銭関係で、だが。
「この人がさあ、ケーキほしいって言うんだけど。日本のじゃないお金出してきて困ってるんだよ」
 白いドレスの女性を指す店主。「任せよ」と視線だけで答え、弓美は自分より少し背の高い女性に向き直った。どこかぽやんとした表情の女性は、突然の乱入者にもあまり反応を示すことなくぼうっと立っている。その手に持たれた外国の紙幣を確認し、少女は口を開いた。
「そなた、何処より参った? ここは日本故、日本の通貨でなくば普通は使えぬぞ」
「うん。でもわたし、お金これしかない」
 弓美の言葉に、女性はむうと口をとがらせながら自分の持つ紙幣をひらひらとさせた。それをひょいと取り上げ、種類を再度確認してにっと弓美が微笑んだのにセイバーは気づいた。
「ほう、これか。今朝がたのレートで良ければ我が両替して進ぜよう。それで買い物をするがよい」
「ほんと?」
「我は嘘など言わぬ。ええと……このくらいであるな。そら」
 提案された事柄に、女性の顔がぱっと明るくなる。その目の前で弓美は愛用の金色の財布を開き、数枚の紙幣を取り出して女性の手に握らせた。それはケーキを購入するには十分すぎるほどの額であり……それを店主の明るく晴れた顔から悟ったのか女性もにっこりと、太陽のような笑顔になった。そしてぺこりと一礼。
「ありがとー、感謝」
「よい。気にするでないぞ、次回はそなたが困った誰かのためになればよい」
 傍若無人な姉もこういう素直な感謝には弱いのか、幾分頬を赤らめて答える。くすりと微笑んだセイバーが、そこでようやっと弓美に近づいていってその肩を叩いた。
「ユミ、そろそろ参りましょうか」
「……む、そうだな。待たせて済まなんだ」
 二人の少女が顔を見合わせて頷くのに、何故か女性も一緒にこっくりと頷いた。それから、あ、と何かに気づいたように口元を手で押さえる。ほにゃりと微笑み、セイバーと弓美を交互に見比べる。
「……あ、わたし、リーゼリット」
「ふむ。我は弓美、衛宮弓美という。こちらは我が家の客人でセイバーだ」
「セイバーです……よろしく」
 自らの名を名乗ったリーゼリットに、返礼としてこちらも名を告げる。セイバーが小さく頭を下げるのを見て、リーゼリットはこくこくと頷いた。
「ユミに、セイバー。うん、ほんとにありがと、感謝感激」
「うむ。では、機会があればまたな」
「それでは、失礼します」
 鷹揚に手を振る弓美と、当たり前のように頭を下げたセイバーはその場を離れていく。背後でリーゼリットが、お気に入りのケーキを注文している声が聞こえた。
 先を行く弓美に肩を並べ、セイバーはその顔を覗き込んだ。「ん?」と視線に気づいて顔を合わせた彼女に、疑問に思ったことを口にしてぶつける。
「ユミ、なぜ今朝がたの為替レートなどを把握しているのですか?」
「……士郎のためにな、米国債や外貨で建てた貯蓄もいくばくかあるのだ。もっとも、あれが一生涯何不自由なく暮らしていける程度の額は既に貯まっておるがの」
 ふふんと豊かな胸を揺らす少女。なるほど、とセイバーは深く頷いた。自分の生きていた時代とは全く違うこの時代、とにもかくにも金が無くては立ち行かないのだ。その点弓美は財には恵まれており……そう言えば十年前に戦った時もやたらゴージャスに武器使いまくってたな、と過去を回想する。ひょっとして弓美の金運の良さは、サーヴァントとしてのスキルだったりするのだろうか?
「はあ……」
 十年も現界していると、『英雄』もここまで俗物化するものかと自分の食欲を棚に上げてセイバーは思った。いや、自分の異様な食欲はマスターたる士郎から供給されない魔力を補うものだから、必要不可欠なのだと自分に言い聞かせて。
「……それにしても、あの女」
 ふと弓美が立ち止まった。振り返って見ると、既にリーゼリットは買い物を終えたようで遠くに小さく後ろ姿が見えるだけである。
「人間にしては、気配が希薄であったの」
 白いその姿を遠くに見ながら、少女はぽつりと呟いた。

 やがて、二人は長い石段の下までたどり着いた。上を見上げると、二月であるが故にどこか寒々しい森を両側に従えた石段の頂点には立派な山門が見える。その先は士郎の友人である一成の実家・柳洞寺の境内だ。参拝客などであればこの石段を上がり、何も考えずに山門を潜るところであろうが……二色の金の髪を持つ少女たちはその場に踏みとどまり、鋭い視線で寺の方角を睨み付けている。二人の手にそれぞれ、どら焼きとたい焼きとたこ焼きをたっぷり入れた袋がぶら下がっているのだけがそのシリアスな雰囲気にはそぐわない。
「ここが柳洞寺だ。……そなたも分かるな?」
 全身に緊張の糸を張り巡らせ、声を低く放つ弓美。セイバーもぎりと歯を噛みしめ、くすんだ色にも見える周囲の森に視線を巡らせた。
 『人間』には分からない。だが彼女たち『英霊』には、その存在を感じ取ることができるモノ。それが『壁』として、彼女たちの前に立ちはだかっていた。ご丁寧に、山門という名の大口を開けて。
「ええ。これは結界ですね……我々は正面から入るしかない」
 そもそも、寺というものはそれ自体が聖なる地としてある種の結界を成している。が、柳洞寺を覆っているそれは強力なものであり、正門以外から霊体が境内への侵入を試みたとしてもまず徒労に終わるであろう、あるいはそのモノが消し飛ぶかもしれない……そういう壁であった。
「うむ、そういうことだ。この地に陣を成した者は強固な守りを得ることになる。しかし……妙だな」
「何がです?」
 形の良い眉をひそめる弓美に、セイバーが尋ねる。豊かな髪を山を駆け下りてくる風に委ね、少女は深紅の瞳を細めた。
「前に士郎の供をしてここに参ったことがあるのだが……その時はここまで禍しい気は立ち込めておらなんだぞ。それに、妙に魔力の密度が濃い」
 ぺろり。
 赤い舌が、口紅を塗っていないにもかかわらず深紅の色を湛えた唇を濡らす。それはまるで、獲物を射程に入れた金の豹。空腹で堪らぬ肉食獣が、念願の生き餌に巡り会えた瞬間のようであった。
「なるほど。……サーヴァント、でしょうか」
「やもしれぬ。……ふむ、ここはこれまでにしておこう。士郎と凛にこのことを報告せねばなるまいし」
 が、セイバーの涼やかな声にふと理性を呼び覚まされたのか、弓美は髪を掻き上げた。特にセットするでもなく巻かれている金の髪は、山から吹き下ろす風に煽られてゆったりと広がる。この豪奢で傲慢な少女の口から出た彼女には似合わない消極策は、セイバーの首を縦には振らせなかった。
「これだけ魔力を集束するサーヴァント……おそらくはキャスターでしょう。となれば直接戦闘力は最低と見て良い。セイバーたるわたしとアーチャーたるあなた、この二人でかかれば攻め落とすことも十分可能だと思いますが」
 剣の英霊の少女はいつでも戦える、と拳を握ってみせる。さすがに同行者が戦意を持たないせいか、その手の中に見えない剣を引き出すことはない。受肉した弓美と違い、彼女にはマスターたる士郎から流れ込んでくる魔力はほとんどない。戦闘を提案している彼女とて、できれば無駄な手間は避けたいと思っているのだ。
 だからこそ、の先制攻撃の提案であったのだが。
「……あの寺には切嗣が眠っておる。それに、ご住職の末の息子は士郎の良き友人だ。修行僧もかなりの人数がおる」
 ぽつんと弓美が呟いた。ぐ、と握りしめた拳が僅かに震えているのが、セイバーにも分かる。
 十年前と現在とで異なる、最大の要因。
 衛宮切嗣は既に身罷っているという、その事実。
 セイバーと共にかつての聖杯戦争を勝ち抜いた後、弓美と士郎の二人を養子として迎え育てた。最後は父親たらんとした切嗣が若くして力尽きたのは五年も前のことになるという。そして今、切嗣は柳洞寺の墓地で眠りについている。
 その寺を守る一族は、藤村の家や衛宮姉弟とも交流がある。末息子一成は士郎の同級生であり、その兄零観は藤村大河の同級生だ。
 そういうこともあり、柳洞寺は士郎にとっては大切な場所のひとつである、ということを弓美は指摘したのだ。それはセイバーも十分理解できる。
「我がキャスターであるならば、それらを人質、生贄、もしくは手駒とするであろうな。キャスターとは即ち魔術師、己を守るべき盾はいくらあってもよかろうて」
 だから、続けて弓美が口にした言葉の意味は一瞬理解しがたいものであった。その内容に気づいたとき、セイバーは思わず彼女に殺意を抱いた……それが、凛曰くの甘い考えであるということに気づいたのはさらに一瞬置いて後、である。
「……っ!」
「そう殺気立つな。あくまで、我が今の奴の立場であると想定し、勝利を前提として策を練った場合の結論ぞ。つまりはキャスターの敵にとっては最悪のシナリオだな」
 一方、弓美の方はあくまでマイペースだった。袋を持ったままの片手を上げ、やんわりとセイバーを制する。細められた赤い瞳には瞼の影が重なり、どこか剣の少女が知らないはずの劫火を思わせる色に染まっていた。
「その最悪を起こさせぬためにもここは引くべきだ。弟を悲しませることは……姉はしてはならんのだ」
 自らをここで屠りかねないセイバーの視線にもたじろぐことなく、断言してみせる弓美。かさりと音がして、干からびた落葉が風と共にその足元に舞い落ちる。よく見ればそれは、自然にそうなったとは思えないような……具体的には縦半分にすっぱりと直線で切り裂かれているのだが、二人の少女がそれに気づくことはない。彼女たちはお互いから視線を外すことなく、じっと立ちつくしているからだ。
「――本当に、あなたは良い姉ですね」
 永遠とも一瞬とも思える沈黙を破ったのは、セイバーの小さな溜息だった。殺気は嘘のように消え失せ、少女は少女を見つめつつくすりと微笑む。
「そうなのか?」
 一方、そう言われた弓美の方はどこか戸惑っているようだ。セイバーの敵意があっさり薄れたことももちろんだが、自分が良い姉だというその台詞の意味を計りかねているらしい。無論、セイバーが世辞や皮肉を言っているのでないことは分かっているのだが。
「ああ、ユミ。わたしは本心からそう思っているだけです。その……わたしにも姉がいたのですが、まあいろいろありまして」
「ほう……まあ、古いことは聞かずにおこう」
 僅かに視線をそらしながらもごもごと口の中で言葉を紡ぐセイバーに、今度は弓美が微笑んだ。セイバーの方はどこかばつの悪い表情になり、耳まで赤くしながら頭を下げる。
「恩に着ます」
「気にするな。単純に我は、士郎の悲しむ顔はもう見たくないだけなのだ」
 ぼそりと呟いた弓美が、ビニール袋を持ち直す。がさりと音がして、中に入っているたい焼きが僅かに場所を移動させた。冷め始めてはいるがまだ出来たてに近いその匂いが、二人の少女の鼻孔をくすぐる。今まで沈黙を決め込んでいた嗅覚の発動により、彼女たちはああ、と意識を現実時間に戻す。
「さて。そろそろ士郎を迎えに行かねばならんか」
「そうですね。凛とアーチャーが一緒ですから、心配ないとは思いますが」
 あかいあくまと、赤の弓騎士。何故か二人が両側から士郎の腕をがっしと抱え込んでずるずる引っ張っていく、という少々訳の分からない映像を脳内に映し出し、セイバーは肩をすくめた。自分の想像力は、予想以上にあほんだらであるらしいことを確認して。
「そうだがな。士郎は弱い癖に、自分を守るという心構えができておらぬ部分があるからの」
「……はい」
 半ばあきらめ顔で呟いた弓美に、セイバーも深刻な表情を浮かべて頷く。共に思い出すのは、あの夜のこと。

 ――セイバー、弓ねえ!

 叫びながら、突進してくる赤毛の少年。二人の少女を突き飛ばした次の瞬間身体を巨大な刃で叩き斬られ、臓腑を飛び散らせて倒れた少年は、自らの服が汚れるのにも構わず抱き上げた姉の腕の中で意識を奈落の底に沈めた。英霊が三人がかりで向かっていっても勝てなかった巨大な黒い存在から、二人の少女を守ったために。
 弓美の言う通りだった。衛宮士郎という少年は、こと自分という存在を軽く見ている嫌いがある。そうでなければ、あの時のような絶対的な死から、自分より力を持つ少女二人を守ろうと飛び出す訳がない。
「次はあのような無様を晒さぬようにせんとな。互いに」
「はい。この身はシロウに召喚されたサーヴァント、わたしはシロウを守り聖杯戦争に勝利するためにいるのです……シロウに守られるためにいるのではない」
 青い瞳と紅い瞳が、決意をこめて光る。小さく頷き合い、そうして二人は元の話題に戻った。差し当たって気になるのは、二人が揃ってぶら下げている良い匂いの元であろう。この手の菓子というものは、それなりに重量があるものだ。
「ああ、セイバー。一度家に戻るぞ。さすがにこの大荷物は問題であろう」
 ひょいとビニール袋を持ち上げて弓美が苦笑した。セイバーもその意見には賛成だが、その前に問題が存在する。その解決策を、今ここで出しておかねばなるまい。
「タイガやサクラには何と言うつもりなのですか? それに、シロウを迎えに行くということも」
「事実をそのまま述べればよい。買うたはよいものの、少し多すぎた故先に持ち帰ったとな。ついでに一袋献上すれば二人とも黙る」
 ……確かに。
 この江戸前屋という屋台で売られているたい焼きを、ことのほか桜や大河は好いているという。出来たてに近いモノをさあどうぞと差し出せば少なくとも冬木の虎はそちらに夢中になるし、そもそも弓美が挙げた理由は全く持って事実なのだから腹を探られたところで痛くもかゆくもない。
「士郎の件ならば、夕食の買い出しに供をするわけだから異論もなかろう。桜が付いてこようとしたならば……」
「タイガの番を是非に頼むと、そういうことですね。なるほど、承知しました」
 そうして藤村大河をおとなしくした後は、間桐桜に全てを押しつけるというのが弓美の提示した解決策であった。桜には少々可哀想な気がしなくもない、とセイバーは心の中でだけ呟いたが、これも士郎のためである。彼女は衛宮家に通っている、何の変哲もない士郎の後輩なのだ。聖杯戦争などに間違えても巻き込むわけにはいかない……だから、同じく巻き込むわけにはいかず、そしてある意味セイバーたちにとって最強の敵である冬木の虎に対する抑止力になって貰うしかない。うむ、とこれまた心の中で頷くセイバーであった。
「その通りだ。衛宮の家の安全はそなたの両肩にかかっておると、そう言ってしまえば桜も留守を任されよう」
 弓美も同じようなことを考えていたらしく、にんまりと目を細めて笑った。その目が一瞬山門に向け、剣呑な視線を放ったことをセイバーはつい見逃していた。彼女らしくもない、失態。



 昼間ですら厚手のカーテンを締め切った室内は、夜になるとますます闇の間と化す。ほの明るい明かりが一つだけ置かれたその部屋には、二つ……いや、三つの影があった。
 一つは癖のある髪の少年。一人部屋の入口に佇み、ハードカバーの本を両手で弄びながらつまらなそうに室内を見つめている。
 一つは黒衣の妖艶な女性。床に着くまでに伸ばされた長い髪と、彼女の美しいであろう顔の上半分を覆い隠す無骨な眼帯が異様な室内の雰囲気に妙にマッチしている。
 最後の一つは学校……穂群原学園の制服を着用した少女。栗色の髪を肩より少し上で丁寧に揃えており、体格がしっかりしていることからスポーツをやっているらしいことが伺える。
 もっとも、少年を除く二つの影は一つ、と数え間違えても無理はなかった。女性は少女の身体を背後から抱え込み、首筋に舌を這わせているからだ。少女は全く抵抗することもなく、虚ろに開かれた形の良い唇から熱い溜息と喘ぐ声を漏らすばかり。投げ出されたすらりと長い脚には女性の髪が生きているかのように絡みつき、ほとんど音を立てぬようにこすり、なで上げている。
「ん……ふぁ、あ……」
 びくん、と少女が激しくけいれんした拍子に、首筋から女性の舌が離れた。そこには二つの何かが刺さったような痕と、流れ落ちる血の筋。赤い液体を勿体ないとでも言うかのように、女性はねっとりと首筋を舐め上げた。
「どうだ? ライダー。そいつの血は美味いか?」
「――はい、マスター」
「……ん、ふ……」
「はん、そりゃ良かった。そいつは存分に弄んでかまわないぞ。まあ死んだところで代わりはいくらでもいるし」
「……ご命令どおりに」
 くちゅり、と濡れた音がした。ライダーと呼ばれた女性の指が、少女の制服の中で蛇のごとく蠢いている。どうやら音は、そこから漏れだしているもののようだ。立てられる水音に調子を合わせるように、少女がぴくぴくと身体を震わせるのもその証明であろう。
「は、ぁ……はん……」
「ハ、偉そうに大口叩いてもこのザマかよ。気持ちよさそうに身体くねらせちゃってさ」
 顔を引きつらせるように笑わせて、いつの間にか歩み寄ってきていた少年は無造作に少女の胸を掴んだ。途端、少女がぐんと身体をのけぞらせ、はあと熱い息を虚空に吐き出す。それは痛みを感じたからではなく……快楽に身を委ねている証。
「まあいいよ、僕は優しいからね。どうせだから、もっとキモチヨクしてやるよ。どうだい美綴、自分がさんざん蔑んできたこの僕におもちゃにされる気分は?」
 くく、と少年の喉が鳴る。自らの名を呼ばれたことにも気づかず、美綴綾子はとろんとした目を虚空に彷徨わせていた。

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この記事へのコメント

T2
2006年09月13日 19:37
 更新、待ってました!
 弓ねぇもサーバントだから当然……なのか、甘い物を食べても腹にはいかないようですね。栄養が胸に行っている事に気がついた凛が切れる時が楽しみですw
 それはともかく、士郎って本当に愛されていますよねぇ。問題はそれに士郎が答えようとし過ぎている所なのでしょうが。これからも期待しております。
Radix
2006年09月14日 16:46
初めましてー。姉属性大盤振る舞いなギル・・・もとい弓実ちゃん、素敵です。
やっぱり弟激ラブラブファイヤー(死語ですな)ところでしょうか。現実はそーはいかないんで(苦笑)羨ましい限りでありますよ。
次回を楽しみに待っております。では。
蜜柑
2006年09月16日 17:50
弓ねえはやばいくらいに士郎の事愛しちゃってますね。士郎はそれに対して必死に恩返ししようとしてオーバーロード気味になってますが、たまにはただ甘えてみるのもよろしいかと思いました。そうたとえば弓ねえの胸に顔を埋めながらただ抱きついてみたりとかw
次回も楽しみにしてます。
2006年09月16日 22:43
>T2さま
>弓ねぇもサーバントだから当然……なのか、甘い物を食べても腹にはいかないようですね。栄養が胸に行っている事に気がついた凛が切れる時が楽しみですw
 セイバーという比較対象がいますので、極端に大きく見えるのかも(笑)

>それはともかく、士郎って本当に愛されていますよねぇ。問題はそれに士郎が答えようとし過ぎている所なのでしょうが。
 愛されてますねえ。士郎も(その愛情の質は分からないままに)頑張って答えているんですが、ほら何しろ士郎ですし。

>Radixさま
初めまして。よろしくお願いしまーす。

>姉属性大盤振る舞いなギル・・・もとい弓実ちゃん、素敵です。
 ここまでやっていいのかとは書いていて思うところですが、いいみたいですね。そもそも彼女の元の彼が世話好きなのは、hollowではっきりしましたし。

>現実はそーはいかないんで(苦笑)羨ましい限りでありますよ。
 あ、お姉さんいらっしゃるんですか? えー、リアルで姉ですが溺愛しようにも弟がいません(笑)
書いてる側としてもある意味羨ましいです、ええ。
2006年09月16日 22:44
>蜜柑さま

>弓ねえはやばいくらいに士郎の事愛しちゃってますね。士郎はそれに対して必死に恩返ししようとしてオーバーロード気味になってますが、
 とことんまで行ってしまうのが衛宮士郎です。ああ困ったもんだ、だからお姉ちゃんは放っておけないんだ、うん。

>たまにはただ甘えてみるのもよろしいかと思いました。そうたとえば弓ねえの胸に顔を埋めながらただ抱きついてみたりとかw
 いっそ逆添い寝とか……あ、無理だ士郎じゃ(笑)