Fate/gold knight 8

 むかしむかし。
 あるところに、おうさまがおさめるくにがありました。
 おうさまは、じぶんのくにをおさめることをうんめいづけられており、おうさまじしんもそのうんめいをうけいれていました。
 けれど、おうさまにはたりないものがありました。

 ぎんいろのおうさまは、さいごまでそのたりないものをてにいれられませんでした。
 きんいろのおうさまは、それをてにいれたけれどなくしてしまいました。

 ぎんいろのおうさまは、なにがたりないかがわかりませんでした。
 きんいろのおうさまは、なくしたものをこいしがってなきました。

 ぎんいろのおうさまは、はげしいたたかいのすえにきのねもとによこたわりました。
 ああ、もういちどやりなおせたら。
 もしそれができたら、わたしのくにはこんなにきずつかなかったかもしれないのに。
 そうおもいながらねむりについたぎんいろのおうさまのくには、やがてきえてなくなりました。

 きんいろのおうさまは、くにをきちんとおさめたすえにねむりにつきました。
 ああ、わたしはちゃんとおうさまをやれたけれど。
 なくしたものがそばにあってくれたなら、こんなにさびしくなかったのに。
 そうかんがえながらゆっくりとめをとじたきんいろのおうさまのくには、やがてきえてなくなりました。

 それでも。
 ぎんいろのおうさまも、きんいろのおうさまも。
 ものがたりのなかに、そのなまえをのこしました。
 けれど、ものがたりをかいたひとは、ふたりのおうさまがどんなことをかんがえていたのか、おもっていたのか、しらないままにかきました。
 だから、ふたりのおうさまのおもいをしるものは、だれもいないのです。

 ――それは、とおいとおいむかしのおはなし。


 ふっとまぶたを開くと、まだ暗い天井が視界に映った。障子の間から、微かに夜明け前の光がうっすらと差し込んでくるのが見える。
「――夢?」
 たった今見たはずの光景を、ぼんやりと頭の中に再現する。
 それは、二つの光景。
 一つはセイバー。剣を携え、多くの軍を率いて、国を守るために戦う『少女であることを隠した王』。自分を隠したその姿は、自分の使命のために周囲から孤立することを選んだようにも見えた。
 一つは……思い出せない。だけど、『彼女』が周囲から恐れられていたことだけははっきりと分かる。それはきっと、『少女であることなど関係ない、恐るべき王』。心を閉ざし、誰にも理解されないのが当たり前だと、彼女は思っていたように見えた。
「あー、訳わかんね」
 セイバーの夢は、彼女との契約が影響したものだと思う。だけどもう一人の方には全く心当たりがないし、第一何でそんな夢を見たんだろうか。マジで訳が分からない。
「……五時半、そろそろ起きるか」
 分からないことを考えるのはとりあえずやめにして、俺は枕元の目覚まし時計に手を伸ばした。時間を確認し、よっと勢いをつけて起き上がる。
「ん、落ち着いたみたいだな。俺の身体」
 額に手を当ててみたけれど、特に熱はないようだ。あの発熱は寝ている間に収まったみたいだ。その後遺症なのか何となく全身がぎくしゃくしてるのが気になって、腕や足を曲げ伸ばししてみる。うん、少し関節がきしむけど、それ以外は逆に軽い感じがするな。
「これって、魔術回路の影響なのかな?」
 昨夜、遠坂に飲まされた宝石の効果によって開かれた、俺の魔術回路。目を閉じて意識を集中してみると、スイッチのようなものがあるのが分かる。目に見えるわけではないけれど、俺のスイッチは銃の撃鉄のようなイメージらしい。そういや、親父の遺品の中にモデルガンか何かがあったっけな。……いや、アレは本物だったっけか。
「熱は下がったみたいだし……あ、風呂風呂」
 弓ねえに言われて、朝風呂することにしたんだった。といっても今から風呂沸かすわけにもいかないから、シャワーで済ませることにする。手早く朝食の準備に入らないと、虎が突っ込んできて吠えるからなあ。
 ――ふと、左手の甲に視線を落とす。そこにあるのは三つの画で描かれた令呪……セイバーと俺を結ぶ繋がりの証であり、強力な英霊に三度限定でのみ命令を強制させることの出来る印。
 弓ねえも、かつてはこれで括られて戦っていたのか。
「でもまあ、繋がりがなくちゃ英霊って現界できないよな……普通は」
 セイバーは、俺との契約をもってこの世界に存在している。弓ねえは、受肉したことで世界に繋がりを持ってしまったのだろうか。うーん、よく考えなくても主人なしの使い魔って何か変だよなあ。暴走とかしないんだろうか……あ、してた。違う意味でだけど。
「ま、いいや。……難しいことは、まだよく分かんないな」
 ぽん、と手の甲を叩いて、俺は脱衣所の扉を開けた。さあ、汗を流して気分転換したら食事の準備だ。


  Fate/gold knight 8. やまぶきいろのあさぼらけ


 太陽が昇り始めると、結構光が眩しい。今日も昨日と同じ、良い天気になりそうだ。朝はまだ空気が冷たいけれど、これはこれで気分いいよな。
「鶏肉……んー、これはつくねにして煮物にするか。味噌汁の具は……あ、昨夜の豆腐サラダの残り使おう。それとサワラを焼いて……味噌がダブるけど、まあいいか。よし」
 冷蔵庫を覗き込んで、今朝のメニューを決定する。メインのサワラの切り身を取り出して、数を数えてみた。
「俺、弓ねえ、藤ねえ、桜、セイバー、遠坂……あれ、何で一切れ余るんだ」
 七切れなんていう中途半端な数であることに気づいてうーんと考え込み、しばらくして思い出した。これ、藤ねえの実家即ち藤村組から、爺さんが「大河が世話になっとるからのー」とどっさり持ち込んできてくれたんだ。あの時は何切れあるか数えてなかったから、今になってこんな感じで余ってしまったんだろう。
「……いいか。焼いちまえ」
 セイバーが二切れ食べるかもしれないし、何なら弁当に入れてしまってもいい。一切れ余らせておくのは勿体ないもんな。……もしかしたら、もう一人増えてくれるかも知れないし。
「せんぱーい、おはようございますー」
 からからと玄関を開ける音がして、桜の声が飛び込んでくる。ちょうど良かった、人数が増えて作る量も正比例どころの騒ぎじゃなくなってるし。
 ……あれ、何か忘れているような気がするけど?
「おう、おはよう桜」
「はいっ。……あの、玄関の靴、藤村先生のでも弓美さんのでもなさそうですけど、どなたか来ていらっしゃるんですか?」
 靴?
 ああ、そうか。遠坂の靴が玄関にあるんだ。……女の子って、そんな細かいところまで見ているんだなぁ。
「あー、昨夜から遠坂がうちに下宿することになってさ。だからあいつのだろ」
「そうなんですか、遠坂先輩が……え?」
 あれ、何で桜、目を丸くしてんだ? なあ、その突き刺さるような視線は一体何なんだよ? 俺、何か悪いことでもしたのか?
「……ど、どういうことですか衛宮先輩! 何で遠坂先輩が、このお家に、下宿しなくちゃならないんですか!」
「え、あ、いやそれは……」
 突然爆発した桜に驚いた。彼女がこうやって、感情を発露させた場面が俺の記憶にはない。藤ねえや弓ねえに言わせてみると、俺も似たようなモノなのだそうだが……ああ、でもそうか。いつも手伝いに来てくれる桜や、うちの平和を乱しにかかる藤ねえに何の相談も無しに遠坂を住まわせることにしたのが問題だったんだな。うん、それは確かに、桜や藤ねえに対して失礼だな。
「……まあ、ちょっと緊急の事情があってさ。ほんとは連絡入れなくちゃいけなかったよな。ごめん、桜」
 だから、素直に謝るしか俺には出来ることがない。下げた頭を上げると、視界に入ったのは困惑しているような桜の顔だった。
「……あ、は、はい。き、緊急なら仕方ない、ですよね……その、わたしの方こそ、ごめんなさい。いきなり怒鳴りつけちゃって……」
「うん、ちょっとびっくりした。桜、あまり怒ったり自己主張したりすることないからな」
「そう、ですね……ああ、いけない。ご飯作らなくちゃ」
 意図的に話題を転換させた桜に乗ることにする。こういう話は、食事の最中でも出来るからな……ほんとごめん、桜。
 手早く鶏肉でつくねを作り、鍋で煮立てただし汁に入れる。先に放り込んでおいたタマネギや同時に入れた白菜と一緒に煮込んでいる間に、さっき火に掛けたサワラの様子を覗き込む。ふむ、弁当用に鮭の切り身も焼いておくか。
「あ、味噌汁の具は豆腐があるから頼む」
「分かりました。ところで、遠坂先輩以外にもどなたかいらっしゃるんですか? 作る量が妙に多いんですけど」
 冷蔵庫から豆腐を出しながら、桜が首を捻った。そりゃまあ、確かに……あ。
「すまん、桜。遠坂以外にも下宿人が増えてる。しかも大食い」
「はあ……ただでさえ藤村先生が結構食べちゃいますけど、それ以上ですか?」
「それ以上。自信を持って断言できる」
「……分かりました、頑張ります。下宿人の皆さんに、わたしの実力を思い知らせちゃいます」
 何やら桜がガッツポーズしてる。俄然やる気になってきてるな、何でだろう。実力って……ああ、料理のことか。確かに桜の料理の腕はがんがん上がってきてるからな、俺も師匠として嬉しい。

「…………おあよ……朝、早いのねぇ……」
 そろそろ出来上がった料理を食卓に並べ始めるって頃になって、背後から声を掛けられた。何やら地の底から響くような重低音、しかし声自体には聞き覚えがあるなあって遠坂の声か、これ。
「おう、遠坂……は?」
「お、はようござい、ます……あらら」
 桜がまあるく目を見開いている。多分俺も、同じような表情をしているんだろうな。
 何しろ、今目の前に存在している『穂群原学園のアイドル』遠坂凛は、その呼び名からはほど遠いとんでもなく不機嫌な表情を浮かべて、幽鬼のごときゆらゆらとした足取りで、危なっかしく室内を歩いているのだから。それでもきちんと制服に着替えているのはさすがというか、何というか。
「……牛乳、ある?」
「はい?」
「牛乳」
 わたしは今虫の居所がとっても悪いですよーという顔をして、遠坂は桜に尋ねた。一瞬ぽかーんとしていたけれど、すぐに桜は「あ、はい」と反応して、冷蔵庫のドアポケットから一リットル入りの紙パックを取り出す。ガラスコップに注いで手渡すと……何で牛乳って、腰に手を当てて一気飲みっていうイメージがあるのか知らないけれど、そのイメージ通りに遠坂は飲み干してみせた。ぷはー、とコップを置いたその時にはもう、彼女の顔はいつものそれになっている。
「ん、すっきりした。おはよう士郎、それから桜」
「目が覚めたか? 遠坂。朝食の準備はできてるから座ってくれ……お前、朝弱かったんだな。知らなかった」
「弓美さんよりはマシだと思うけど?」
 ぐ。それを言われると少々きつい。確かに今現在も弓ねえは、遠坂の部屋よりも母屋に近い自分の部屋で、ぐーっすりとお休みなのであるからして。ただな遠坂、弓ねえは部屋の外に出る時にはもう意識はしゃんとしてるぞ。
「……やっぱり、納得できません」
 その時、立ちすくんだままだった桜から、ぼそりと言葉が漏れた。俺も遠坂も、その言葉の意味を図りかねて彼女に視線を向ける。
「何かしら?」
「どうして、遠坂先輩が衛宮先輩の家に下宿しなくちゃならないんですか」
「どうしてって……」
「衛宮先輩は緊急の事情だとおっしゃっていましたけれど、遠坂先輩がうまいこと衛宮先輩を言いくるめたんじゃないんですか!?」
 吐き出される桜の言葉。さっき俺を問いつめた時よりはおとなしい口調だけど、その分何かを押し殺しているのがはっきりと分かる。異性である俺を相手にするより、同性の遠坂相手の方が本音を出せるんだな、やっぱり。
「あら、間桐さんはわたしがそんなことする人間だと思ってたんですか? これは心外ですね」
 一方、遠坂は普段どおりの優等生ちっくな態度で……というか、いつも以上にぶってる態度で返答。何で二人の間に火花が散っているように見えるのかは気にしないことにする。うん、きっと幻覚だ。
「衛宮くんの言葉どおりです。詳しい話は藤村先生がおいでになってからにしましょう。食事が冷めますから」
「……分かりました。その代わり、納得の行く説明をくださいね、遠坂先輩」
 藤ねえの名前を出されて、桜も渋々引き下がる。ああ、これは何が何でも弓ねえを叩き起こしてきて何とかしてもらわなくちゃ。
「……ええい、朝から騒がしいの。士郎、体調は良好のようだな」
「おはようございます。シロウ、凛」
 あ、噂をすれば影。ちょうどいいところに弓ねえと……セイバー!? しまったー、セイバーのことも説明しなくちゃいけないんだった!
「……どなたですか?」
 桜が、顔を伏せがちにして前髪の間からセイバーの顔を見つめた。あれ、何故か怖いからやめてほしいんだけどなあ。
「ふむ、桜にはまだ説明しておらなんだか。致し方あるまいの」
 対して弓ねえ、モヘアのセーターにスリムジーンズの姉上は相変わらずの傲岸不遜な態度を崩さず。我が家の最高権力者がこの金の姉上であるのは誰の目から見ても間違いはないだろう。ほら、セイバーも感心した顔で見てるし。ちなみにこちらは、白いブラウスに淡いブルーのカーディガンとそれより濃い色のスカートの組み合わせ。弓ねえプレゼンツだな、うん。
「まずはセイバーよ、これなるは間桐桜。士郎の学校の後輩での、以前より我が家に食事を作りに来てくれておる。これ桜、きちんと挨拶せぬか」
「へ? あ、は、はいっ。間桐桜、です」
「よい。ついで桜よ、これなるはセイバー。以前切嗣に世話になったことがあるそうでな、此度はその礼を兼ねて来訪したそうだ」
「……セイバーと申します。サクラ、どうぞよろしくお願い致します」
 姉上の言葉に釣られるかのように、自分の名を名乗って頭を下げる二人。何か、視線合わせたら笑ってたりするよ。
 ……すげー。
 弓ねえ、さらっと二人の顔合わせ終わらせちまった。後でまた何かこじれそうな気もするけれど、その時はその時だ。
「……弓美さん、さっすがあ」
「この程度仕切れなくては、大虎を御することなぞ出来ぬわ」
 感心してる遠坂に、額を抑えながら答える弓ねえ。それもそうか。あの大虎を制御するのは並大抵ではないからなあ。そういえば件の本人は……
「おっそくなっちゃったー! しろー、桜ちゃーん、ご飯出来てるーっ!?」
 ……あ、来た。どたどたと勢いよく駆け込んできた我が校の名物英語教師は、おはようの挨拶より先に居間へと飛び込んできて、ちまっと自分の指定席に座った。コンマ数秒の早業……藤ねえの食事の定義ってのは、準備されたモノをただ食らうだけなんだろうな。いいのかそれで。
「おはようございます、藤村先生。朝からお元気ですね」
「あら遠坂さん、おはよう。珍しいわね、こんな朝早くから士郎の家で会うなんて」
 にっこりと優等生モードの笑みを浮かべた遠坂と、平然と挨拶交わしてる。おかしいな、普通はそこで変だと気づくだろうが。
 ま、気づかないのが藤ねえか。
「あー、遠坂も座って座って。そろそろ食事にしよう、いろいろ話さなくちゃいけないこともあるしさ」
 ぽんぽんと手を叩いて、皆を促す。俺や弓ねえ、それに桜は普段座っている場所に座り、セイバーと遠坂には適当に座って……ってあの、セイバーさん。何でおひつの横ににこにこ笑いながら座ってらっしゃるのでしょうか。そのおひつは俺たち全員分のご飯が入っている訳ですが。
「そうしましょう……って、へ?」
 座ろうとした遠坂が、卓上に並べられた朝食を見てぽかんと口を開けた。今まで見てなかったのかよ、お前。
「……呆れた。あんたたち、朝からこんなに食べるの?」
 おい、猫剥がれてるぞ。というか、そんなに多いか? いや、確かに量自体は多いと思うけれど、これは人数が多いことに加えてセイバーがたくさん食べるからだし。
「衛宮の家ではこれが普通だが? 朝食は一日の活力源、食しておらぬとは愚かなことよ。そうか、故にその体型なのだな」
 ふふんと自慢げに胸を揺らし、弓ねえが答える。おいおい頼むよ、一応男がここに一人いるんだからそういうのは勘弁してくれ。だけど、朝食が一日の活力源っていうのは全くもってその通り。ダイエットをするにしたって、朝ごはんはしっかり食うべしとどっかで読んだような気がする。
「そうよー、遠坂さん。一日三食きちんと摂らなくちゃ。士郎のご飯は美味しいんだから」
 こちらは既に臨戦態勢の藤ねえ。こやつは学校で暴れまくるエネルギーをすべからくうちの食事で取りやがる厄介者である。またそのうち、藤村組に食費の徴収に行かないと駄目だな。教師の月給取り上げるぞ、マジで。
「……自宅では朝食を摂らない主義だったんですけど……せっかくですし、頂きますね」
 さすがは遠坂凛。即座に被り直した猫は完璧にフィットしている。にっこりと微笑んで、優雅に席に着く。よしよし、今日はこのままやり過ごせるか。
「……って」
 ――あ、拙い。
 いや、いくら何でも普段は四人で食べる朝食の席に六人いたらおかしいって気づくよな。そこまで鈍感じゃなかったよ、冬木の虎。よし、耳栓準備ー。
「何で遠坂さんや見たことのない金髪の女の子が私と一緒に平然と朝ご飯食べてやがりますか――――――――っ!!」
 俺が耳に指で蓋をすると同時に、藤ねえが爆発した。俺以外は全員がその大音量に圧倒され……あれ遠坂、何で平気なんだ? それから弓ねえ、俺と同じくらい藤ねえの爆発を経験してるくせに何で食らうんだよ。
「落ち着いてください、藤村先生」
「……やっと気がついたか。遅いぞ藤ねえ」
 という訳で、圧倒されなかった遠坂と俺が同時に突っ込みを入れた。名前どおりの大虎になってしまった藤ねえは、俺を恨みがましく見つめてくる。いやだから、こっちにも事情があるんだってば。ちゃんとしたことは話せないけれど。
「ふむ、確かにあいさつがまだでした。わたしはセイバー、一昨日よりこの家に厄介になっている者です」
 そんな中、あっさりダメージから立ち直ったセイバーが姿勢を正し、頭を下げてきた。一瞬キョトンとしてから、藤ねえも慌てて頭を下げる。この辺、さすがは教師といったところか。
「あ、はいどうも。これはご丁寧に……じゃなくって! 士郎、自分のお家に女の子泊めるなんてどういう了見よーっ!」
 があーと叫ぶ相手は、当然ながら俺。弓ねえには勝てないと、藤ねえは身に染みて分かっているからなあ。とはいっても、既に金の姉上はこちらの陣営なわけで。
「女の子だけではないぞ、大河。アーチャーもおる」
「え、ちょっと弓美さん!?」
 ――うっかり属性持ちな姉上は、わざわざ出さなくてもいい名前を出してきてしまいました、まる。
「む? 何だそなたら。我は何か余計なことを言うたか?」
 しかも自覚してないし。
 何となく場の空気が微妙におかしくなった、その時。
「済まない。遅くなった」
 廊下から通じる戸を開けて、平然と救いの神はやってきた。
 おいアーチャー、そのダークグレーの開襟シャツと綿のスラックスはどこから調達してきたんだよ、お前。ああ、でもよく似合ってるなあ……こんちくしょう、高身長ってのはそれだけで見目がいいよ。あーうらやましい。差し当たっては十センチほど分けろと思いつつ、出てきてしまったモノは仕方がないので奴の分の食器を取りに行こう。ちょうど良い、この空気から逃れられるし。
「へ? あ、えっと、あなたがあーちゃーさん?」
 うわ。あの恋愛という単語から冬木一縁遠い女と言われる藤村大河までが、ぽかんと見とれてる。何つー珍しい光景だ。
「ああ、あなたが藤村大河さんですね、衛宮士郎から話は伺っております。挨拶が遅くなって失礼」
 対してアーチャーは余裕のあり過ぎる、こいつでもこんな柔らかい顔できるんだって感じの笑みを浮かべると、すっと腰を下ろした。藤ねえの目の前で完璧な正座を見せ、床に手をついて頭を下げる。
「私はセイバーの友人のアーチャーです。衛宮切嗣には彼の生前、彼女共々大変世話になりました」
「あ、は、はい。どうも、藤村です」
 そして、アーチャーの勢いに飲まれる形でぺこんと頭を下げ返す藤ねえ。さすがの虎も、向こうからおとなしく頭を下げられては怒ることもできやしないよな。
「連絡もなしの来訪、平にお許しいただきたい。何分こちらもいろいろと戸惑うことばかりで……切嗣殿が亡くなられているとは知りませんでした。お悔やみを申し上げます」
「え、あ、いえ。その、お線香は上げて頂けましたか?」
「はい、昨晩上げさせて頂きました。こちらの家には、家主殿から空き部屋があるので自由に使って貰って良いという許可を得ています。後見人であるところの藤村さんのお気に障るようであれば、新都のホテルに引き上げるつもりですが」
「……む、む、むぅ……」
 いつの間に知ったのか、アーチャーは藤ねえの弱点である親父のことを話題に取り上げた。さらに家主……この場合、俺と弓ねえの両方からの許可を持ち出す。うむ、これなら藤村大河の陥落は間近だな。何だ、弓ねえより口達者だよ、こいつ。
「そ、そうですか……うーん、切嗣さんの知り合いの方なら、断る理由が見つからないかあ……」
「いきなり押しかけたこちらも悪い。タイガ、申し訳ありません」
「あ、ええとセイバーちゃんだっけ? ううん、いいのよ。そういうことじゃあ仕方ないよね、うん。士郎と弓美ちゃんの家だけど、よかったら使って」
 冬木の虎、陥落。弓ねえの出番、ほぼ皆無なり。
 大体、うちは俺と弓ねえのうちであって藤ねえはあくまで外部の後見人だと思うんだがなー。確かに俺の担任教師だけどさ。というか、俺たちの後見人ってそもそも雷画爺さんじゃなかったか。
「あ、じゃあ遠坂さんは何で?」
「わたしですか? ええ、実は我が家を改装することになりまして、しばらく仮住まいをしなくてはならなくなったんです」
 セイバーとアーチャーの問題が落ち着いたところで、藤ねえの矛先は遠坂に変わった。とは言っても、こっちも生徒会長たる一成相手に堂々と渡り合う実力の持ち主、藤ねえは大してもたないだろう。
「あのお家を? そりゃ、確かに大掛かりになるでしょうけど」
「そうなんです。それで、ホテルにでも移ろうかと思っていたのですけれど、たまたま衛宮くんにその話をしたところ『それなら家を使ってくれ』と言われまして」
 いけしゃあしゃあと作り話をかましてくれる遠坂。しかしまあ、実際に家をリフォームするからホテル住まいになるかも、なんて話を聞かされたら家に泊めるなあ。ホテルの宿泊代ってかなりの負担だし、我が家は部屋がやたらと空いているし。それに、たくさんで食べる食事は味以上に美味いから。
「む、むむ……確かに士郎ならそう言うか……」
「大河。よもや、可愛い弟の他者への好意を無下にする気ではあるまいな?」
「う……うう……そ、そうよね……今から追い出したりしたら、遠坂さんも大変だし……」
 にやにやとどこか意地の悪い笑みを浮かべながら、弓ねえが口を挟んでくる。その言い分もごもっとも故、藤ねえは腕を組んでうーんと考え込んでしまった。その隙に俺は自分の席に戻り、盆に並べた朝食をアーチャーに手渡す。「……ありがとう」と視線をそらしつつ答えてくれたのは、まあ礼儀だろう。
「そもそも、そなたは何を気にしておる。士郎に夜這いなどという大袈裟な真似はできるものではないわ」
「ぶっ!?」
 だから弓ねえ、一言多いっ! 思わず味噌汁吹きかけたじゃないかっ!
「ゆ、ユミ……」
「……弓美さん、そういう問題なのかしら?」
 ほら見ろ。セイバーと遠坂は箸持ったまま固まっちゃってるし。
「全く問題ありません! 先輩はそんな真似しなくていいんですっ!」
 桜は何でか拳握って力説してるし。
「弓美、君の意見には賛同だ。大して知っているわけでもないが、この大たわけ者にそのような真似などはできるわけがない」
 さらに何でかアーチャーが弓ねえと意見同じだし。
 ……どうでも良いけど弓ねえとアーチャー、両方とも口が上手いし妙に気が合うよな。同じクラスのサーヴァントだからってわけでもないんだろうけど。
「いやまったく、アーチャーさんの仰る通り! よく考えてみれば、弓美ちゃんやアーチャーさんが同じ屋根の下にいるっていうのに、士郎がそんなたいそうなこと出来るわけないわよね。うんうん、お姉ちゃんちょっと心配し過ぎちゃったかなっ! あははははー」
 そして、最終的に言いくるめられてしまった藤ねえのやけくそっぽい空元気が冬の空に響いていくのであった。
 しかし、これでいいのかよ、おい。
「問題なかろう? 要は凛たちの同居を認めさせれば良かったのだから」
「そういえば、それが本題だったっけ」
 しれっと言ってのける弓ねえに、俺は苦笑しながら頷いた。
 ……あれ?
 視界の端に、何かを決心したような表情の桜が見えたけれど。どうしたんだろう?

 そんなこんなで、何か微妙な空気の中食事は続く。その中、弁当を詰めるために台所に立ってくれた桜が、ひょっこり顔を出してきた。
「……あ、あの、よろしかったら遠坂先輩、お弁当も持って行くんでしょう? どうぞ」
「あら、いいの? 助かるけど」
「はい。わたしと衛宮先輩の合作ですから、ほっぺが綺麗さっぱり落っこちても知りませんよ?」
「それは期待できるわね。ふふ、ありがとう桜」
 桜の手の上に乗っかった赤い包みを、笑顔で受け取る遠坂。包みを見つめて、何だか心の底から喜んでいるようだ。桜の方は……あれ、何だろう。何か大仕事を一つ終わらせてほっとしたような感じがする。
 と、桜は俺の方に視線を向けてきた。さっきの表情は消え失せ、いつもの控えめな笑顔に戻っている。
「衛宮先輩の分はこちらに置いてあります。弓美さんたちは……」
「ああ、あまり負担を掛けるわけにも行かぬだろう。セイバーたちの観光案内があるでな、外で食べる」
「分かりましたー」
 弓ねえの返答に納得して、桜はまた台所に引っ込んだ。藤ねえがドンブリにくっついたご飯粒を丁寧につまみ取りながら、弓ねえの方に視線を向ける。
「観光案内? 一昨日から来てるんなら、昨日の日曜日に見て回ったんじゃないの?」
「彼らの到着は一昨日の深夜でな。昨日は新都を見て回ったのだが、深山町がまだなのだ」
「あ、っていうと柳洞寺とか?」
「そうだ。あの辺りは見ておいて損はあるまい。眺めも良いしの」
 弓ねえはそう言って、楽しげにつくねを口に放り込んだ。そういや、昨日は結局新都を回っただけだったっけな。俺が公園で気分を悪くしてしまったから、その後は夕食の材料をマウント深山で見繕ってそのまま帰って来たんだった。
「ふむふむ、ふむふむ」
 一方セイバーはひたすら飯をもぐもぐ、時折真剣な表情のままコクコクと頷いている。いやー、何か犬を餌付けしてるような気分になるぞ。動物なんて飼ったことないから、本当にそんな気分なのか分からないんだけど。
「――で、結局、なぜ私までここにいるのだ?」
 弓ねえのうっかりのおかげで食卓に座る羽目になってしまったアーチャーにご飯をよそって渡すと、素直に受け取りながらこいつはそんなことを言ってきた。箸とおかず一式を渡した時にきちんと手を合わせるあたり、こいつは元日本人とかだったりするんだろうか。それにしては背格好とか元々の衣装とかがアレなんだけど。
「いいじゃん。お前、サワラの西京焼き嫌いか?」
「いや、そのようなことはない」
「なら食えよ。遠慮することないだろ」
「……そうさせてもらおう」
 俺に対してはにこりとも笑うことなく、それどころかどこか不機嫌そうな顔のままアーチャーは食事に手を付けた。魚を箸でつまみ、口に運んで咀嚼。……う、何だその意地の悪そうな笑みは。
「少し甘いが、まあ合格点だな」
 この野郎、採点してきやがった。……紅茶をあれだけうまく淹れられるこいつ、きっと料理にも自信があるんだろう。お前どこの英雄だよ、一体。
「何だよ、不服か?」
「いや。まあ、せいぜい精進することだな。くくく」
 ええい、言いたいことがあるならはっきり言いやがれ。お前のその笑いを見てると、何だか無性に腹が立つ。
 腹が立つから視線をずらし、付けっぱなしのTVに移した。その左上に表示されている時刻は……あ、拙い。俺はともかく、朝練のある弓道部組が。
「……桜、藤ねえ。そろそろ時間」
 ともかく該当者二名に声を掛けると、気が付いた藤ねえがばんとドンブリを食卓に戻した。いや、丈夫なのを買ってあるからそうそう破壊されることはないんだけどさ。
「あ? んきゃー、遅刻遅刻ちこく~~~っ!」
「は、はい! 藤村先生お弁当どうぞっ」
 桜が両手に抱えて持ってきた虎専用弁当包みを、藤ねえがお茶を一気飲みしながら「ありがとっ!」ともぎ取る。それからがばりと立ち上がり、食卓に着いたままの俺たちを振り返った。
「そんじゃ士郎、行ってくるねっ。セイバーちゃん、アーチャーさん、ごゆっくり!」
「それじゃ先輩、行って参りますっ!」
「おー、朝練頑張れよー」
「行ってらっしゃい、サクラ、タイガ」
「ああ、行ってらっしゃい。気を付けて」
「藤村先生、桜、行ってらっしゃい」
「転ぶなよ、大河」
「あー、弓美ちゃんひっどーい! それじゃー!」
 俺たちの言葉に押し出されるように、どたばたどたばたと二つの足音が遠ざかっていく。やれやれ、あの二人も今の状況は納得してくれたみたいだな。良かった。
「……あの二人、これからもここに通うみたいね」
 その足音を見送るような目をしながら、ぼそっと遠坂が呟いた。そりゃまあ、事情は何も話していないからな。
「そうみたいだな」
「……あのね士郎、聖杯戦争に関係ない第三者がここに通うのって拙いわよ。戦いに巻き込むかも知れないじゃない?」
「そうだな。相手によっては人質戦法に持ち込む危険性がある」
 遠坂とアーチャーが、俺を挟み込むように詰め寄ってきた。うん、その可能性を考えていないわけじゃない。そもそも、本来は弓ねえだって第三者といえば第三者だったんだからな。
「そうです、シロウ。彼らの安全を願うならば、何らかの理由を付けてこの家への出入りを禁じるべきです」
 セイバーも姿勢を正し、二人の意見に賛成を唱える。確かにそうだ。俺は、桜や藤ねえに危険な目に遭って欲しくはない。二人は俺にとって、守るべき家族なんだから。

『君も、心の奥底では理解していたはずだ。近しい者を守るためには、守る対象が何らかの敵対者に襲撃を受けなくてはならない』

 不意に、深夜の教会であの神父が吐いた言葉が脳裏に蘇ってきた。
 ――あのヤロウ。
 弓ねえのことも知っていたし、桜や藤ねえのことまで知らなかったとは言わせないぞ。

「今更二人を引き離したところで効果は薄いと思うがな。我は」
 自分の分の朝食を平らげ、専用湯飲みでお茶を飲みながら俺たちの会話を聞いていた金の姉が、不意に口を開いた。と同時に、俺も含めて全員の視線が弓ねえに集中する。代表してセイバーが、疑問を口にしてくれた。
「どういうことですか? ユミ」
「どういうことも何も。少なくともバーサーカーのマスターは、セイバーのマスターが士郎であると知っている。ならばそこから、近しい者の名や容姿を把握していないと誰が言える? 既に知られている以上、出入りしようがしまいが関係はあるまい。かえってこちらに顔を出して貰った方が守りやすいやも知れぬぞ」
 平然と答えながら、弓ねえは湯飲みをこっちに突き出してきた。ああはいはい、お代わりね。今お注ぎします、姉上。
「確かにそうかも知れないけど、でも二人がいる時に敵が攻め込んできたりしたらどうするのよ?」
「――いや、考えてみれば彼女の言う通りかも知れないぞ。凛」
 姉上の返答になおも反論しようとした遠坂を、やんわりとアーチャーが止めた。こいつ、俺には意地悪い顔しかしない癖に、遠坂と弓ねえには良い顔してやがるな。それにさっきは遠坂に賛同した癖に、今度は弓ねえに賛成か。このやろー、人の姉に手ぇ出すな。
「ちょっとアーチャー、あんた何弓美さんの肩持ってんの。同じアーチャーだからって」
「そう言うわけではないのだがな……」
 その遠坂に膨れられて、困り顔のアーチャー。ざまーみろ、と口に出しては言わないけれどそう考えた。だけど、こいつが弓ねえに賛同してくれるのならそれなりに姉の意見には説得力があったってことか。奴の意見を拝聴してみよう。
「そもそも人質を取りに来るような相手であれば、場所など問わない。あの二人は教師と学生だろう? それならばこの屋敷より学校を抑えた方が効率は良い。ついでに魔力の奪取もしてしまえば一石二鳥、いや三鳥ともなろう……既にそう考えた魔術師が仕掛けてあるのがあの結界だろうよ。凛」
「あ、そうか。確かにそうよね」
 アーチャーの台詞を聞いて、遠坂はなるほどと腕を組みつつ納得する。……ちょっと待て、結界って……何か覚えがあるぞ?
 そうだ。土曜日の朝、学校の敷地内に入った瞬間のあの気持ち悪さ。週明けにあれを調べようと考えていたことを、今更ながらに俺は思い出した。
「……そうか。あの違和感って結界だったんだ」
「あら、士郎気が付いてたの?」
 ぼそっと呟いた俺の一言に、敏感に反応してくれたのは遠坂。もしかしてあの夜、校内でランサーとアーチャーが戦っていたのは、遠坂があの結界を調べるために残っていたから……ってことか。
「気づいてたというか、校門を通る時に変な感じがしたからな」
「そう。そのくらいなら分かるんだ」
 うんうんと頷く遠坂。何やら俺に対して優越感すら持てないくらいの情けなさを感じているような気がするなあ。どうせ俺はへっぽこだよ。
「話を戻すが……良いか?」
「ふむ、済まぬのアーチャー」
 遠坂のアーチャーの台詞を、我が家のアーチャーが受ける。ホントにこの二人、仲が良いというか気が合うというか。
 ……アーチャーを思わず睨んでしまうのは、弟として姉を取られたくないわがままなんだろうか。そんなだから、相手からあんな呆れられた目で見返されるんだな、俺。
「衛宮士郎、その視線はよせ。……さて、我がマスターは人質などという無粋な戦術は採らないのだろう? ならば、余計な邪魔が入らぬよう彼らが帰宅した後に攻め入るはずだな。目撃者を出さないためにも、まともな神経を持つ魔術師ならばそうするはずだ」
 にやにやと自分のマスターを見つめつつアーチャーが言った言葉に、俺はすとんと腑に落ちるモノがあった。確かに魔術師の戦いは一般の人間に見られるべきではないモノ。故に、普通の神経を持ってるならば目撃されるような事態は避ける。故に深夜の戦闘、ってことが多いわけだけど。さらに、周囲に結界を張って人を寄せ付けないようにするってのも効果があるらしい。この辺は遠坂からの受け売り。
「そうかー。考えてみりゃランサーも、俺は殺しに来たけど弓ねえは殺す気無かったもんな。だから背後から殴って気絶させたって言ってたし」
 あの晩のことを思い出して口にしてみる。と、途端に姉上の表情がみるみる怒りの色に染まった。え、俺何か変なこと言ったか?
「おかげで鼻をすりむいたわ。あの全身青タイツ、次に会ったら覚えておれ」
 まだそのこと根に持ってたのか、弓ねえ。擦り傷なんてもう跡形もないくらい治ってしまってるじゃないか。まあ、女の子の顔に傷つけたあいつには、俺もさんざん言いたいことがあるけれど。

 弓ねえと……何故かアーチャーに手伝って貰って後片づけを終え、俺と遠坂も登校する時間になった。妙に作業が早かったのでアーチャーにありがとうを言ったら、アイツは「ふん、もう少し手際よくやって欲しいものだな」と横向いて言いやがった。はあ、素直じゃないんだな。英霊になるまでにいろいろあったんだろうから仕方ないか、と自分に言い聞かせる。
 そのアーチャーが霊体化して見えなくなったところで、俺と遠坂は立ち上がった。飯食い終わったばかりだというのに煎餅に手を伸ばしているセイバーにちょっと呆れつつも声を掛けてみる。
「さてと。俺たちはこれから学校だけど、セイバーは弓ねえと一緒に深山町観光だったよな」
「観光ではありません。シロウを勝利に導くために、この街を偵察して回るのです」
 む、と頬をふくらませながら俺に反論するセイバー……口の端に煎餅の屑が着いてなければ、そこそこシリアスな場面だと思うんだけどなあ。
「そうだな。まあ、まだ朝早い故セイバーは少し休むと良い。あまり早くから出歩いても、店は開いておらぬからの。江戸前屋のどら焼きは実に美味だ、そなたにも是非味あわせたい」
「分かりました、ユミ。そのドラヤキとやらが実に楽しみです」
 あー、セイバー。観光じゃなくって偵察でもなくて食べ歩きだったんだな、深山町回る理由。よーく分かった、江戸前屋の売り物はどら焼きもたこ焼きもたい焼きもみんな美味しいから、是非味わってくれ。俺たちの分も取っておいて欲しいけど、資金の出所が弓ねえじゃ無理かなぁ。
「のんきねぇ、二人とも。ま、学校での士郎のガードは任せなさい」
 くすくす笑いながら俺たちの会話を聞いていた遠坂がとんと自分の胸を叩く。俺はセイバーを連れて登校することはできないから、学校ではどうしても無防備になる。遠坂がわざわざ俺の護衛を任されてくれるのは、ひとえに俺がセイバーのマスターであり彼女の協力者、であるからに過ぎない。
 ――ほんと、情けないな。遠坂もセイバーも弓ねえも、みんな俺より強い。俺はみんなを守らなくちゃいけないのに、逆に守られている。
 強くなりたい。
 強くならなくちゃ。
「すまん、世話になる」
 それでも、今すぐ強くなるなんてことはとうてい無理だから、素直に遠坂に頭を下げた。俺なんて足元にも及ばないくらい強いあかいあくま殿は、ふふんとどこかアーチャーにも似ている笑みを浮かべて頷く。
「いいのよ。少なくともバーサーカーを倒すまでは力になってもらうから。それと、結界の調査するから放課後顔貸しなさい」
「ああ、分かった」
 良かった。俺にできることの一つ……『解析による場所の異常検知』を、少しだけでも有効活用することができそうだ。あー、ほんと俺、戦闘には向いていないなあ。
「弓ねえ、セイバー、そう言うわけだから、少しのんびり回ってくれてかまわないよ」
 少し落胆気味な気分を顔に出さないように気を付けながら、金の髪の二人に声を掛ける。
「承知しました。もし敵との戦闘などということになりましたら、シロウは令呪でわたしを呼んでください」
 自分の胸に手を当て、真剣なまなざしで俺をまっすぐに見つめるセイバー。
「放課後には、出来るだけ学校のそばについておることにしよう。なれば我も走っていけるしの……任せおけ、士郎よ。弟は姉を頼るものぞ」
 ゆったりと髪を掻き上げ、傲慢だけど優しい笑みを浮かべる弓ねえ。
 二人を一緒に視界に入れた俺は――

 けれど、おうさまにはたりないものがありました。

 ――ふと、今朝見た夢の断片を思い出していた。

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この記事へのコメント

かっぱ
2006年06月04日 22:53
士郎がブラコンっぷりを発揮してますねw
弓ねぇが絡んでないときはアーチャーに嫌悪してないのが最たる証拠です。
次の更新も期待してます!
かっぱ
2006年06月04日 23:00
↑はブラコンじゃなくてシスコンでした(汗)
通りすがりのへたれ
2006年06月04日 23:49
弓ねえラヴな士郎がかわいい。
そして、それに対してやや呆れていそうなアーチャーがいい味出てます。
頑張ってください
蜜柑
2006年06月05日 00:14
士朗にセイバーのと一緒に弓ねぇの記憶が入ってきているようですね。姉弟の間で10年間培ってきた絆の賜物でしょうか。そうだとしたら素敵ですね。
T2
2006年06月05日 02:05
 ほのぼのとした話の中で、冒頭の話が印象的ですね。弓ねぇが記憶の奥底で士郎に何を見ていたのかが気になります。面白かったです!
ぽぱい
2006年06月05日 23:36
面白い!!・・・のだが少し疑問が。この作品のアーチャーは、生前弓ねえと暮らしていたエミヤなのだろうか?
亜兎
2006年06月06日 13:09
すっごく久しぶりです。中々話しが深くなってきて
今後の展開がどうなるのか?次回も頑張ってください。
2006年06月13日 00:13
ぼちぼちやっております。先行夏ばて(梅雨の頃に夏ばての症状が出るんです、自分)はつらーい(滅)

>かっぱさま
>士郎がシスコンっぷりを発揮してますねw
>弓ねぇが絡んでないときはアーチャーに嫌悪してないのが最たる証拠です。
 妙にアーチャー同士が仲良いので、嫉妬してるんでしょうかね(笑) 士郎としては珍しい感情かと。

>通りすがりのへたれさま
>弓ねえラヴな士郎がかわいい。
>そして、それに対してやや呆れていそうなアーチャーがいい味出てます。
 完璧に呆れてます。それでいて、羨ましがっているかもしれません。

>蜜柑さま
>士朗にセイバーのと一緒に弓ねぇの記憶が入ってきているようですね。姉弟の間で10年間培ってきた絆の賜物でしょうか。そうだとしたら素敵ですね。
 10年も一緒にいますから、疑似パスのようなものが出来上がってるのかも。
さすがにまだやることはやっていませんが(まだ、かよ)
2006年06月13日 00:13
>T2さま
>ほのぼのとした話の中で、冒頭の話が印象的ですね。弓ねぇが記憶の奥底で士郎に何を見ていたのかが気になります。
 あの辺はギルガメッシュ叙事詩を参照。さすがに友の転生とかは無しですが。


>ぽぱいさま
>この作品のアーチャーは、生前弓ねえと暮らしていたエミヤなのだろうか?
 暮らしてはいませんね。割と本編寄りのはずです。下手すると知ってる金ぴかが男性の可能性すらあります。
……姉に弱いのは元々ですから(笑)

>亜兎さま
>中々話しが深くなってきて今後の展開がどうなるのか?
 やっと週が明けたところでございます。本題はこれから。
とりあえず学校行かないとね。……まだ月曜日の朝ですよ。何か展開早すぎ。