Shunkiのぼちぼち記

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zoom RSS Fate/gold knight interlude-4

<<   作成日時 : 2011/02/28 21:42   >>

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「はぁあっ!」
 見えない剣が、勢い良く振り下ろされる。だが、セイバーの渾身の一撃は、黒い両腕によってやすやすと受け止められた。敵にかすり傷も付けられないと見るや、即座にセイバーはその腕を足場に飛び離れる。着地した瞬間再び不可視の剣を構え、彼女はきりと歯を噛み締めた。
「甘いわね。単純に斬れると思ってるの?」
 バーサーカーの背後で、平然とイリヤが笑う。赤い視線をちらりと士郎に向け、無邪気に笑いながら少女は、残酷な言葉をあっけらかんと言ってのけた。
「お兄ちゃん、待っててね。すぐにこいつら、コロシちゃうから」


  Fate/gold knight interlude-4 双条の絆


「……いり、や……」
 心臓の疼きは収まったようだが、それでも士郎自身の意識はどこかぼやけていた。ほとんど反応のない相手に一瞬だけつまらなそうな顔をして、白の少女は声高らかに命じる。
「さあ、行きなさいバーサーカー! あのサーヴァントたちを打ち倒して、お兄ちゃんにお前の力を見せつけてあげるのよ!」
「■■■■■■■──!」
 主の命を受け、黒の狂戦士は吠えた。手に携えた黒光りする刃を一度ぶんと振り、重々しく踏み出す。その威圧感に、さすがのセイバーも後ずさりしかけた。アーチャーは顔をしかめ、ちっと舌を打つ。
 だが、金の姉は僅かに冷や汗をかくに留まった。その口元が、ほんの少しほころぶ。
「そうじゃな。力馬鹿にはそれを上回る力を見せつけてやらねばなるまいの」
 にいと肉食獣の笑みを浮かべた弓美の手に、ふわりと布が掛かる。銀の剣はその中に消え、代わりに少女の華奢な手を重厚な籠手が覆った。この場に存在する者の中で、赤の弓兵のみがそれに見覚えがある。
「なれば、見せてくれようぞ」
 ばさり、と布が一度はためくと、その中から短い柄を持つ大型のハンマーが出現した。柳洞寺で竜牙兵と戦ったときに使われた、同じものである。極度にアンバランスなそのシルエットに、凛は顔をしかめた。
「うわ、何あれ? 強そうだけどバランス悪ぅ」
「ミョルニルだ。布はメギンギョルズ、籠手はヤールングレイプルだな」
 だが、アーチャーが牽制代わりに干将莫耶を投擲しながら紡いだ言葉に、彼女ははっと目を見開いた。

 雷神トールが愛用する、北欧神話の中では最強を誇る鎚ミョルニル。
 それを締めることで力が倍増したとも言われる、雷神が身に着けていた力帯メギンギョルズ。
 柄の短い鎚を振るうために必須である、雷神の右手を覆う鉄の籠手ヤールングレイプル。

 それら全てが、今自分の目の前に出現したことを悟ったから。しかも恐らくは、紛い物ではない。そうであればこの赤の弓兵がそれを見抜けないはずはないだろう、と凛は根拠もなくそう確信している。
「ちょ、トール1セット!?」
「ああ。あれで力帯……と言うのはいささか疑問だが、間違いなかろう。というか、1セットという言い方はどうかと思うぞ」
 籠手を覆うようにふわっと右手に絡みついている布を見つめながら、アーチャーは凛の疑問に頷いて答えた。神話の中でそれはトールの腹に締められていた帯であり、籠手を覆うものではないのだ。
 だがそれは、同時に凛の脳裏に新たな疑問を浮かび上がらせる。
「っていうか、何で弓美さんがそんなもん持ってるのよ!? どう見ても彼女がトールなわけないじゃない!」
「さあな」
 あからさまに口を引きつらせている凛に対して軽く首を振り、アーチャーは言葉を濁した。舞い戻ってきた陰陽の剣はバーサーカーに傷を付けるには至らず、ただほんの僅か歩みを止めただけでしかない。
「ですが、相応の宝具であることは確かです。前回もそうでした……ユミは本来の持ち主ではないにせよ、その宝具を扱うことのできる存在ということなのでしょう」
 バーサーカーと数度激しく打ち合い、一度距離を離しながらセイバーが吐き捨てる。彼女は前回の聖杯戦争において記憶を失う前の弓美と聖杯を賭けて戦った間柄であり、その当時のことを思い出しているのかもしれない。
「そうでなくとも彼女は、出所も知れぬ剣を持ち出している。だが凛、忘れてはいないだろうな? 彼女は、サーヴァントだ」
 間合いを取り、タイミングを計る弓美を視界に入れつつアーチャーは呟いた。
 彼女が初めて取り出した剣はグラム。ミョルニルと同じく、北欧神話にその名が見える。
 だが、グラムとミョルニルは本来主を同じくするものではない。それを弓美は──前回のアーチャーは、いずれも当然のように手にした。完全に使いこなせているわけではないようだが、それでも『使ってみせた』。

 ああ、間違いない。
 『彼女』は、『彼』だ。

 心の中だけでアーチャーが呟いた言葉は、マスターである凛も含め誰にも届きはしなかった。無論アーチャー自身、誰に聞かせるつもりもないのだが。
 聞かせたところで意味はないだろうし、何故知っていると自分が追求されるおそれがある。そこから、自身の真名が明かされてしまうかもしれない。
 それには、まだ早いから。
「覚えてないだけで、それが彼女の宝具か……ほんと何者よ」
「おおおおおぉらぁあああああっ!」
 アーチャーの思考をよそに、凛は呆然と呟く。その彼女の前で、弓美は大きく右腕を振り回した。
 少女の細腕とは思えない凄まじい勢いに乗って投擲されたミョルニルは、狙い過たず狂戦士の頭部を直撃する。ぐしゃりという肉と骨が砕ける音、続いてぼきりと首が折れる音が聞こえ、直後にその巨体は背中からどうと倒れ込んだ。
「やったっ!?」
「それはやってないフラグだ、凛」
 思わず歓声を上げかけたマスターに、ぼそりと突っ込みを入れるアーチャー。舞い戻ってきたハンマーを受け止め、弓美も眼を細めて相手の様子を観察している。ややあって、金の少女は吐き捨てるように呟いた。
「ふん。頑丈さに加えてしつこさも持ち合わせておったか、でくの坊め」
「たあっ!」
 弓美の呟きに呼応したのか、セイバーが床を蹴った。振り下ろされた不可視の刃は、ぐいと掲げられた斧剣で受け止められる。そのままバーサーカーは、何事もなかったかのようにむくりと起き上がった。
「うそ……セイバー!」
 目の前で起きた事態を理解できないまま、凛が叫ぶ。とっさに放った魔術がバーサーカーの足元の床を抉り、ほんの僅か巨人の動きを止めた。その隙を逃さず、セイバーは一度引くと凛の前で見えない剣を構え直す。
 ぶるりと頭を振るい、再び刃を構える巨人の背後で、イリヤは勝ち誇ったように声を上げた。己のサーヴァントを倒されたにも関わらず彼女がまるでうろたえる様子を見せなかったことが、サーヴァントたちの警戒心を緩めさせなかった理由でもある。
「わたしのバーサーカーはねえ、試練を受けただけ命を沢山……そう、12個持っているの。一度殺すのだって大変でしょうに、あなたたちに殺しきれるのかしら?」
 彼女としては、ほんのちょっとした自慢だったのだろう。それこそは己のサーヴァントのみが持ち得る、最大の反則じみた条件だからだ。
 だが、その言葉を聞いて弓美は、口元を軽く歪めた。
「……なるほど。牛小屋の掃除を仰せつかった半神か」
「牛小屋、ですか? ユミ」
「うむ、長きにわたり掃除されていなかった大規模な牛小屋をな。確か近くの川の堤防を切って、一気に流したのではなかったか?」
 にやにやと嫌みったらしい笑みを浮かべながら、弓美は訝しげに眉をひそめるセイバーの疑問に答えた。衛宮の長女になってから切嗣に与えられ読み漁った、様々な本の中にある一節を思い出しながら。
「12の試練のひとつ、アウゲイアースの家畜小屋だな」
 続けてアーチャーが、弓美の言葉の意味を端的に口にした。セイバーならともかくこれで分からない凛ではないだろうという、アーチャーには自信がある。
「12の試練って……」
 そうしてサーヴァントの期待に応え、マスターたる少女は顔色を青ざめさせた。
 日本で知られる世界各地の神話の中で、ギリシャ神話はそれを題材にした創作物の多さからかそれなりに知名度が高い。空を飾る星座にまつわる神話も、少し調べれば簡単にその内容を知ることができる。
 その中に記された、10と2の困難な試練。嫉妬心の深い父の妻により科せられた咎をそそぐために、与えられた試練を潜り抜けた英雄がいたという。弓美が例として挙げた『牛小屋の掃除』も、そのひとつ。
「……つまり、バーサーカーの真名はヘラクレス……!」
 その名をあえて、凛は口にした。口にしてしまってから、思わず額を押さえる。両手の指を使っても足りないほどの困難な試練を乗り越え、更に幾度となくその刃を振るった豪傑が敵なのだ、と知らされたのだから。
「ゼウスの息子、神の子……うわちゃー、最強クラスの英雄じゃない……」
 顔を押さえながらも、凛が警戒を怠ることはない。だが、彼女を守るように武器を構えているアーチャーとセイバーの力を頼りにしているようにも思えるのは、気のせいではないだろう。
「しかし、その最強を倒さねば我らに明日はありません、凛!」
 そのセイバーはようよう相手の本質を理解しながらも、自身の気力を奮い立たせるように凛を叱咤する。アーチャーは口を閉ざし、干将莫耶の柄を持ち直した。そうして金の髪の少女は、勢いを付けてがばりと立ち上がる。
「凛もセイバーも何を言うておるか」
 だが、何故かその矛先は味方であるはずの2人の少女に向けられた。「は?」と目を見張る彼女たちの前で、弓美はふんと胸を張る。そのボリュームは凛にもセイバーにもないもので、故にふたりは同時にその眉間にしわを寄せた。
「最強はこの我、衛宮弓美に決まっておるだろう!」
 大きな胸を揺らして、金の少女はそんなことを断言してみせた。一瞬力が抜けたのはセイバーや凛だけでなく、イリヤもだったのが不幸中の幸いと言えよう。
「弓美さんっ! ツッコミを入れる部分はそこじゃないでしょ!」
 呆れ顔になってしまった凛に対し、セイバーは肩をすくめるだけに留まる。小さく溜息をついたアーチャーの視線の先で、白の少女は気を取り直すとにんまりと微笑んだ。
「よく言うわ。その無謀さに免じて、もうひとつ教えてあげる」
 あくまでも自身のサーヴァントが優位に立っているという自覚を持つ故の、慢心だろうか。少女は血の色の瞳を細め、狂戦士が持つ脅威の種明かしをしてみせた。
「12の試練は、それぞれが異なるものだった。バーサーカーの命もそれと同じでね、一度殺した武器や技はもう二度と通じない。もちろん、そんじょそこらの武器じゃ通じないわよ。そうね……宝具クラスじゃないと駄目なんじゃない?」
「は? んな、無茶苦茶な……」
 凛のボソリと吐き出された言葉は、バーサーカーに敵対する全員の感想を代弁したものといってもいいだろう。
 本来、サーヴァント1騎が持つ宝具はせいぜい2つか3つ。中には攻撃の要ではなく、防御に特化した宝具も存在するかもしれない。
 つまりこの半神は、彼自身を除く全てのサーヴァントが全ての宝具を叩きつけてどうにか倒せるかも知れない、ということになる。
「……そうなると、私も踏ん張らなくちゃいけないわけよね!」
 だが遠坂凛は、それを知らされてなお自身の声をホール内に響かせた。ポケットに手を突っ込んで、冷や汗をかきながらもその端正な顔に笑みを浮かべる。
「凛?」
 自身の名を呼んだアーチャーに、凛は小さく頷いた。それはやぶれかぶれのものにも思えるが、どこかに際限のない自信を垣間見せてもいる。あるいは己のサーヴァントに見せる、彼女なりの強がりか。
「私の魔術でひとつ潰すことができれば、それでカウントは1つ減る。どうせ潰さなきゃ殺される、なら全力で悪あがきするのも悪くはないわ」
「……まあ、そう言うと思ったがね」
 観念したのか、アーチャーは軽く首を振る。が、次の瞬間床を蹴り、大きく飛び退いた。ほんの一瞬遅れてバーサーカーの斧剣が、アーチャーが今まで立っていた床を大きくえぐる。
「サーヴァントならともかく、たかが魔術師の抵抗なんかバーサーカーに効くわけないじゃない!」
 肌が白いため、ほんの少し血が上っただけでもイリヤの顔は赤く染まる。そのままがあっと叫ぶ白の少女に、凛ははっと軽く鼻白んでみせた。
「やってみなきゃ分かんないでしょ、おちびさん!」
「うるさいっ! バーサーカー、まずはリンからやっつけちゃえ!」
 白い手が、ぶんと横に振られる。主の命に従い、黒の巨人は再びどうと足を踏み出した。ミョルニルによるダメージは完全に癒されており、その動きは殺される前と全く変わりがない。
「■■■、■■、■■■■!」
 ガゴォッ!
 勢い良く振り下ろされた斧剣が、再び床を砕く。弾けた破片が、凛とサーヴァントたちの間に一瞬だけ壁を創り上げた。意識がそちらに逸れた隙を縫うように、黒い豪腕が伸びる。
 そうして無造作に、凛の細身の身体を掴み上げた。意識しない声が、少女の口からこぼれ出る。
「ぐ、がっ!」
「凛っ!」
「ちっ、たわけが!」
 姿勢を立て直したところでそれに気づき、セイバーが叫んだ。弓美は舌を打ち、得物をグラムに持ち替えるとそのまま構えた。だが、そこから動くことはしない。アーチャーもまた、剣を構え直しただけだ。
 全員で一斉にかかったとて、あの狂戦士に致命傷を与えることはできないだろう。宝具を使えば、確実に凛を巻き込む。そのようなことを、できるわけがない。
 だが、ほんの数瞬後に空気は変化した。バーサーカーの手の中で凛が、にやありとどこか黒い笑みを浮かべてみせたのだ。ぎし、ぎしと骨の軋む音が微かに響く中で彼女が浮かべたその表情に、イリヤは訝しげに眉をひそめる。
「く、ふっ……かかった、わねぇ……」
「何よ、その言い草。あなたに逃れる手段なんて……」
 そこまでを口にして、イリヤははっと血の色の目を見開いた。
 バーサーカーが捕まえたのは凛のスレンダーな胴であり、手足の自由はある程度確保されている。それは、例え四肢が自由に動かせたとしても彼女がバーサーカーに対抗する手段が存在しないから。力で引き剥がすことも、武器を以て傷つけることも人間には、到底不可能なのだ。
 少なくともたった今までイリヤは、そう思い込んでいた。凛が閃かせた細い指の間に、魔力を満タンに貯め込んだ上質の宝石の輝きを見るまでは。
「んじゃあ、ひとつ……い、た、だきっ!」
 バーサーカーの顔面に、凛が手を突きつけた。凛がここ一番の時にと大切に保管していた上質の『弾』を、詠唱と共に起爆させる。
「Neun, Acht, Sieben! Stil, schiesst Beschiessen ErschieSsung!」
 どぅん!
 宝石の中に圧縮されて蓄積されていた魔力は、その圧力から解き放たれバーサーカーの頭部を巻き込むように爆発した。眩い光の中で、巨人の頭が消え去っていくのが垣間見える。
「凛!」
 はっと気を取り直し、アーチャーが床を蹴った。頭を吹き飛ばされたことで全身が脱力したバーサーカーの手から滑り落ちる凛の身体を床すれすれで受け止めて、素早く黒の巨体を蹴りその反動で飛び離れる。相手が絶命していなければ凛も、そしてアーチャーも一撃で屍と化していただろう。
「助かったぁ。ありがと、アーチャー」
「何、こんな所でマスターを失うわけにはいかんからな」
 どうと音を立てて、バーサーカーは背中から床に倒れ込んだ。即座に剣を構え直したセイバーと弓美が、凛を抱え込んだアーチャーたちを庇うようにするりと位置を変える。
「しかし、よく耐えられましたね」
 ちらりと肩越しに凛の様子を伺い、どうやら問題がないことにほっとしながらセイバーが感心したようにこぼす。赤いセーターに包まれた自分の腹をぽんと叩いて、凛は苦笑を浮かべる。
「お腹と背中にとっておきの宝石を仕込んでおいたからね。ただ、さすがに一発勝負だから後はよろしく」
「なるほど。承知しました」
 言葉の少なすぎる説明ではあったが、セイバーはそれで凛の言いたいことを理解した。小さく頷いて、視線を巨人に戻す。
「任された。援護は頼むぞ、マスター」
 一方、凛を床に下ろした後赤の弓兵はその両手に黒白の双剣を再び作り出した。その目の前で、吹き飛ばされたバーサーカーの頭がするすると再生を始める。みし、みしと音がして、全身の筋肉が再起動しているようだ。
「さすがトオサカの現当主、と言ってあげるわ。でも、やっと1回よ」
 イリヤは腕を組み、勝ち誇ったように宣言する。白い少女を守るように、黒の巨人がむくりと起き上がった。破壊された頭部が映像の逆再生のごとく復元されていくさまを目の当たりにして、弓美がちっと舌を打つ。
「士郎も大概であったが、あれはそれよりおぞましいのう」
「思い出させないでよ、弓美さん」
 一瞬顔をしかめた凛だったが、すぐにぶるりと頭を振るった。バーサーカーの再生は彼がサーヴァントとして持つスキルであり、士郎が何故か持っている出処の分からない不可思議な力ではない。
 それに、限度があるかどうかも不明である士郎と違い、バーサーカーには12回と言う制限がある。
 生きるためには、その制限を打ち崩さなければならない。
「いいのよ、1つでも削れればね」
 故に凛は、にいと強気に笑ってみせた。対照的にセイバーは端正な顔を歪め、僅かに冷や汗をかく。
「とは言え、厳しいですね……あと10、ですか」
 本来ならば、驚異的な再生力を誇るサーヴァントを倒すよりもマスターである少女を殺す方が早く、手間も掛からないだろう。弓美やセイバーがその手段を取らないのは、ひとえに士郎が嫌がっているから。アーチャーはどうか分からないが、凛も理由は同じこと。
 おかげで彼女はとっておきを早々に消費する結果になったのだが、どうやらそれについて後悔をしている様子は微塵も見えない。凛自身、例え敵対する魔術師とは言え年端もいかぬ少女に手をかけることはためらわれたらしい。
「まあ、確かに」
 厳しい表情を崩さないまま、頷くセイバー。難易度の高い戦闘を選択した結果と向き合い、突き進むことを彼女は心に決めている。
 アーチャーは、一瞬だけ目を眇めた。士郎の考えをどう思っているのかは分からないが、マスターである凛の方針に逆らうつもりはないようだ。
「ふん。行くぞ」
 故に、彼もまた剣を構えバーサーカーのもとへとひた走る。くるりと回り込み側面からの攻撃を試みるが、黒い腕は白と黒の刃を苦もなく受け止めた。
「はああっ!」
 そこへ、反対側からセイバーが不可視の刃を振り下ろした。黒曜石の刃でそれを受け止め、バーサーカーはぐいと押し戻す。勢いを付けて飛び込んだとは言え、小柄であるセイバーの身体は簡単に吹き飛ばされる。
「くあっ!」
「セイバー! おのれデカブツがぁ!」
 空中で身体を捻り、青の騎士はどうにか体勢を崩さずに着地することができた。そのセイバーを庇うように弓美が踏み出し、グラムを叩きつける。敵わないのだろうが、ほんの僅かでも敵の動きを止めるために。
「■■、■■■■……!」
 だがその一撃は、バーサーカーの視線を弓美自身に引きつけただけでしかなかった。ぎろり、と自分が睨みつけられたことに気づき、とっさに弓美は距離を取ろうとする。だがそれより早く、黒い拳が床に叩きつけられた。ひびが入り盛り上がった床に足を取られ、少女はすてんと転んでしまう。
「あはは! ユミ、あなたから死にたいのねっ! シロウのお姉ちゃんなんて、おこがましい!」
 イリヤの笑い声が、ひどく荒れたホールに響く。慌てて起き上がろうとした弓美めがけ、バーサーカーは斧剣を振り上げた。アーチャーが放った剣の矢も、凛が撃ち出したガンドも、巨人には通用しない。まるでまとわりつく虫を払うかのように無造作に振られた剣が、それらをことごとくなぎ払った。
「くっ……!」
 そうして、自らを狙って振り下ろされる刃を払いのけるように、弓美は腕を振った。無論、それで狂戦士の攻撃を逃れられるとは誰も思っていない。振った腕ごと斬り伏せられるのがせいぜいだろう。
「ゆみ……ねえ……っ!」
 だが、彼女の背中に僅かに届いた弟の声が、弓美にそこから逃げることを躊躇わせる。今自身が逃げれば、いつかあの刃は士郎に届く。その前に、へし折ってしまわなければならない。
 だから、逃げない。

 うん。
 君は本当は優しい子だって、知ってる。
 守るべき人を守らなければならない、そうある子だって知ってる。

 だから僕は、君と共にありたいと願ったんだ。

 しゃりーん、と澄んだ金属音がした。それはまるで誰かが弓美にささやきかけてくるかのように穏やかで、しかし勇ましい行進のようにも聞こえる。
 それは第三者から見れば事実、行進とも言えただろう光景が繰り広げられた。いや、ものによっては突進とも、守護とも言えるのか。
 弓美の前方を、どこからともなく湧き上がった鎖が幾重にも張り巡らされた。振られた腕を号令として受け取ったかのように溢れ出たその鎖は網のように刃を受け止め、それ以上少女へ近づくことを禁じる。
「……は?」
 ぽかんと目を見張る金の少女。その眼前に迫ろうとしていた斧剣が無数の、しかし太いとはとても言えない鎖たちにその動きを止められている。ふと視線を落とした少女の目に、自身の手首に絡まる長い鎖の一部が映った。

 その中に弓美は、一瞬だけ誰かの姿を見たような気がした。
 はっきりと見えた訳ではない。誰かがそこにいる、それを彼女は感じ取っただけだ。
 いつも自分を優しく見ていてくれた、どこか士郎や切嗣に似た雰囲気を持つ、──。

 ──■■■■■■■。
 僕はいつでも、君の傍にいるからね。

 一瞬だけ見えた姿は、あっという間に鎖の中に解けるようにして消える。それでも彼女の中には、ほんの少しだけ勇気と自信が湧いてくるような気がした。
「……まあ、良いか。どこの誰かは知らぬが、今の我には願ってもない援護ぞ」
 口の中で呟き。彼女は右手を突き出した。と同時に、しゃらしゃらと床の上をうねっていた鎖たちが敵を認識したかのように、動きが規則的なものになる。薄く笑み、弓美が号令の如き叫びを上げた。
「鎖よ! 我が敵を絡め取れ!」
 彼女の声に呼応し、鎖が弾けるように溢れた。バーサーカーの四肢に、胴体に、首に絡みつき、ギリギリと締め上げてその動きを封じる。怒りか戸惑いか、そう言った感情を声にならない唸りにこめながらバーサーカーは、己を戒める無粋な鎖を引きちぎろうとその太い腕に力を込めた。
「バーサーカー! そんな細い鎖なんて、ぶっちぎっちゃいなさい!」
 イリヤが叫ぶ。その表情には、焦りの色はない。無論それは、己のサーヴァントに対する絶対的な信頼が存在しているからなのだが。
「■■……■■■■■■!」
 バーサーカーもまた、主の命に答えようと全身に力を漲らせた。だが、鎖は平然と巨体を絡め取り続けている。僅かにみしみしと軋む音は聞こえるものの、断ち切られるには至らない。逆に黒い肉体へと食い込み、更に締め付けた。
 呆然とその様子を見ていた凛だったが、慌てて弓美を振り返る。その手に、既に鎖は握られていない。
「何よ、あの鎖? 弓美さん、どこから出したのよあれ!」
「我にも分からん。しかし……これはまた」
 噛みつくような凛の問いに、首を捻りながら弓美はしげしげとバーサーカーの姿を見やる。そうして、巨人が見事なまでに鎖に絡め取られ身動きできなくなっていることを確認し、満足げに笑みを浮かべた。対照的にイリヤが、目の前で起きている事態が信じられないとでも言うかのように地団駄を踏んでいる。
「ちょっと……そんな鎖ちぎれるでしょう! それでもわたしのサーヴァントなの!?」
「■■■、■……!」
 主の叱咤に答えようとして、バーサーカーも全力で拘束を解こうと試みる。だが鎖は完全に巨大な身体を締め上げており、僅かに解けるような気配すら見せない。
 じっとその様子を見つめていたアーチャーが、やがて目を細めた。眼前で起きている事象の理由を、どうやら掴み取ったらしい。
「なるほど。その鎖、神性が高い相手ほど強力に捕らえるようだな」
「神性……ですか」
 セイバーはその意図するところを一瞬だけ掴み損ねたらしい。だが、すぐに黒の巨人の正体を思い出して目を見張った。
「ヘラクレスはゼウスの息子、つまりその身の半分は神様。この鎖とはものすごーく相性が悪いってことよ」
「何ですって……」
 悪戯っ子のようにニンマリと目を細めた凛の視線の先で、イリヤがぎりと奥歯を噛み締める。
「よう分からぬが、この鎖は我が思うままに動くようだ。なればヘラクレス、そなたをこのまま絞め上げてくれようぞ」
 手近な一本を無造作に掴む。その鎖は、バーサーカーの太い首もとへと巻き付いていた。腕で剥ぎ取ることも、意図的に接近して拘束を緩めることも、今の狂戦士には不可能である。
「ネメアの獅子のごとく、縊れて死するが良い!」
 宣告と共にぐい、と鎖が引かれた。少女の細腕に引かれているとは思えないほどの力が、巨漢の首をぎりと締め上げる。それでも足りないと見たか、鎖が自ら動いてバーサーカーの頭部にぐるぐると巻き付いていった。
 完全に鎖に埋もれ見えなくなったところで、その内側からばきゃりと何かが折れる音がした。がくん、と膝から崩れ落ちるバーサーカーの身体を離れた鎖は、しかしその巨体を遠巻きに包囲するように張り巡らされる。鎖により絞り上げられたその頭部はねじ切られるように消滅していたが、すぐさま再生を開始した。
「残り9」
 弓美の呟きと同時に、再び黒の巨人の目に光が点る。がふう、と一度息を吐き、地響きを立てながら立ち上がった。その背後でイリヤが、顔を真っ赤にしながら己のサーヴァントに向かって叫ぶ。
「バーサーカー! 全力であいつらを殺しなさい!」
「■■■■■■■■──!!」
 鎖の拘束を解かれ、ようよう自分の得物を振り上げてバーサーカーは吠えた。

「天の鎖、か」
 金の少女を守るべくその周囲を旋回する鎖を見つめながら、ぽつりとアーチャーが呟いた。それを聞きとがめ、セイバーは肩越しに彼を振り返る。
「アーチャー、ご存じなのですか?」
「少しだけな。詳細はさほど知らん」
 黒い洋弓で剣の矢を撃ち、バーサーカーを牽制しながらアーチャーは軽く頭を振る。その仕草が少し幼げで、一瞬彼の顔に士郎が重なったようにセイバーには見えた。そう言えば、顔形はどことなく似ているような気はするのだけれど。
 いや、そんなはずはないと彼女自身眼を細め、剣を構え直しながら言葉を呟いた。
「神に近いものに対するほど強力に戒める鎖、ですからね。相手を選ぶのですから、そうそう出番があるわけではなかったのでしょう」
「神性のない相手には、ただの力のない鎖だろうしな……確かに」
 別の剣を矢として構え、射出する。それを爆発させて足止めと為した後、赤の弓兵はほんの少しだけ声を張り上げた。
「セイバー、弓美。少し前衛を任せる」
「む?」
「それは構いませんが……一体何を?」
 ぴくりと眉間にしわを寄せた弓美に対し、セイバーは素直に頷いた後で問いを返す。肩越しに伺ったアーチャーの顔は少しこわばったように見える……どうやら、彼らしくもなく緊張しているものらしい。
「歴戦の英雄が相手だ、こちらも少々奥の手を出さざるを得ん。僅かでいい、時間を稼いでもらいたい」
 奥歯にモノの挟まったようなアーチャーの答えに、弓美はふんと鼻を鳴らした。そうして視線を彼には向けないまま、短い問いの言葉を紡ぐ。
「期待して良いのだな?」
「間違いなく」
「分かりました。できるだけ早く願います」
 アーチャーの答えも短いものだ。それを聞いてセイバーは頷き、剣を構え直した。弓美は口を閉ざし、不服そうな表情のまま銀の剣を握りしめる。
「……しょうがないわね。つまらないものだったら、許さないから」
 自身は盾を任されていない凛も、ぶつくさ呟きながら掌に新しい宝石を取り出した。恐らくは、これが持ってきた最後の宝石だろう。
 2人の女性サーヴァントに前衛を頼み、アーチャーはぐったりと壁にもたれかかっている士郎を振り返った。そうして、彼に言葉を投げかける。
「衛宮士郎。その身で感じるがいい」
 その言葉の意味を士郎が理解できるのは、ほんの僅か後のことだった。

 ── I am the bone of my sword.
 ── Steel is my body, and fire is my blood.

 バーサーカーの剣を、セイバーと弓美が2人がかりで受け止める。

 ── I have created over a thousand blades.
 ── Unknown to Death.

 直接攻撃が通らないならばとアーチャーを真似、巨人の足元を崩すように凛が魔術を放つ。

 ── Nor known to Life.
 ── Have withstood pain to create many weapons.

 弓美とその仲間たちを守ろうと、鎖は縦横無尽に閃き流れる。

 ── Yet, those hands will never hold anything.
 ── So as I pray, unlimited blade works.

 そして、アーチャーの詠唱が完成すると同時に世界は変化した。
 豪奢な玄関ホールから、空一面を巨大な歯車が埋め尽くす剣の丘へと。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりでしたので、嬉しいより前に吃驚が来てしまいました。
では、改めまして更新ありがとうございました。
久しぶりなのに読んでいると間が空いていたことなどなかったかのように引き込まれてしまうところは流石、としか言えません。
アーチャーの死亡フラグっぽいな、と内心びびりながら(できることなら早めの)続きを心待ちにしています。
きらら
2011/02/28 23:38
ついにUBWキタ―!!
誰も欠けることなく勝利してほしいですね。
弓ねえ最高です。ギルガメッシュ嫌いだったんですが
このgold knightのおかげで大好きになってしまいました。
衛宮家の幸せが続きますように。

次回更新お待ちしております。
お体にお気をつけて。
kz
2011/03/07 21:15
gold knight更新キタ! これで勝つる! ……そんなテンションで読まさせていただきました。
エミヤんにしてはマイルドな選択ですな、彼の目的を考えれば戦時の不意を撃つくらいはやるかと思ったのですがUBWをここでしますか。
果てさて、キャラが士郎にひたすら甘い感じのするこの作品、明日はどちらなのでしょう?
どうか御自愛くださいませ、それでは。
lostlifer
2011/03/18 10:45
最近Fateを好きになり、二次創作を探していたところ、面白いと評判をWebで見かけたことと方向性が好みだったので読ませていただきました。
予告から順番に読みましたが、大変面白いです。
次の更新、心待ちにしています。
このような面白い小説を読ませていただき、ありがとうございました。
雑草
2012/01/21 22:02

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Fate/gold knight interlude-4 Shunkiのぼちぼち記/BIGLOBEウェブリブログ
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