Shunkiのぼちぼち記

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zoom RSS Fate/gold knight 20

<<   作成日時 : 2010/03/23 02:45   >>

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 ──目が覚めた時、正直気分は最悪だった。
 頭が泥を流し込まれたように重くて、もう眠くて仕方がない。
 もう一度寝直そうかと思ったけれど、どうやらそんな余裕を持てる状態じゃないようだ。
 空気が違う。
 世界が違う。
 ここはいつも寝ている俺の部屋でも、土蔵でもない。こんなに明るい光が覚醒直後の意識に飛び込んで来るなんて、うちではほとんど覚えがない。それに、冬なのにちっとも寒くない。
 ここは、どこだ。
 そんな違和感の正体を確認するために、必死に意識を闇の中から持ち上げる。
「……うっ……」
 身じろぎしかけて、身体が動かないことに気づく。
 寝返りも打てないし、腕を動かすこともできない。何かに固定されているようで、みしみしと全身がきしむ。
 そもそも、俺の身体は横になどなってはいないらしい。だんだんと立ち上がってきた意識の中、重力と感触で自分が椅子に座っているということが理解できた。
 普段は和室や土間の床に座っている生活だ。勉強だって、座卓でやる。遠坂が使っているような離れでならともかく、椅子に座ったまま寝落ちなんてあり得ない。
「……く」
 金縛りではなく、物理的に拘束されているのだけは分かる。下手に動かすと、腕に痛みが走った。
 そうして、やっとのことで顔を上げた俺の目に入ったものは。

「あは、やっと気がついた? お兄ちゃん」

 豪奢ながらどこか子どもっぽい寝室で無邪気に、そして残酷に笑うイリヤの姿だった。


  Fate/gold knight 20. くろのわな


 腕が背中側に固定されていて、前に回すことができない。軽く揺すってみると、どうやら後ろ手に椅子の背もたれを抱え込むようにして、縄で縛られているらしい。包丁でも投影すれば切れないこともないだろうけれど、さすがにイリヤの目の前でそれは無理だろうなあ。魔力で強化されている訳ではなさそうだけれど、それはつまりこの程度の拘束すら俺は抜けられない、とか思われてるんだな。はは。
 というか、一体何がどうなっているんだ? これは。
「……これは、どういうことだ? イリヤ」
 恐らくは下手人であろう目の前の彼女に問う。「ん?」と一瞬だけ不思議そうな顔をして、イリヤは笑いながらさらりと答えを口にした。
「どういうことも何も、お兄ちゃんをわたしのお城に招待してあげただけよ? 覚えてないの?」
「覚えて……?」
 そう言われても困る、と思いながら俺は、今朝からのことをなるべく詳細に思い出してみた。……時々頭が痛くなる。邪魔しないでくれよ、ちくしょう。

 朝は自分の部屋で普通に目を覚まして、アーチャーと並んで朝食と弁当を作った。みんなで……と言っても桜はいないけど……朝食を取った後、姉貴とセイバーを家に残して登校した。
 学校では当たり前のように授業を受けて……ああ、そう言えば慎二の奴、来てなかったっけな。藤ねえが怒ってたから、無断欠席だったんだろう。何でもいいから理由をつけて休めば、藤ねえだって納得するのにな。
 昼休みはやっぱり屋上で、遠坂やアーチャーと弁当を食べながら作戦会議。とは言っても、結局のところバーサーカーには気をつけよう、くらいで終わったはずだ。そう言えばライダーの結界が再生を始めていたっけか。早めに勝負を付けるべきだ、って遠坂とアーチャーに主張されたな。うん、確かに早く終わらせないと、もし人がいる時間帯に結界が発動されればきっと。
 そんなこんなで午後の授業も終わった夕方、いつものように弓ねえとセイバーが校門まで俺たちを迎えに来てくれた。それでみんな一緒に商店街まで買い物に行って、よほど気に入ったのかまたタイヤキを食いたいとセイバーがだだをこねて、弓ねえと肩を並べて江戸前屋へ向かうのを見送って──

 ──その後、俺はどうした?

「その後、リンとアーチャーが目を離しているほんの一瞬の間に、シロウはわたしと会った。シロウってば、目を合わせただけで簡単に魔術に掛かっちゃうんだもん。もう少し魔術防御をちゃんと固めないと、こんな風にさらわれちゃうよ?」
 まるで俺の心を読んでいたかのように、くすくす笑いながらイリヤがフォローしてきた。一本だけ立てた人差し指を軽く振って説明する様子は、どこか藤ねえと重なる。……だいぶ年齢とか違うのにな。
 それはともかく、つまり俺は商店街までやってきたイリヤに魔術を掛けられて、いそいそとその後をついてきたってことになるんだろうか。まあ、端から見ればおかしいとは思えないだろうな。先導してるのが白銀の髪を持つ外国人の女の子、ってところを除けば。
 だけど、近くに遠坂やアーチャーだっていたはずだ。俺が鈍いのは分かっているけれど、あいつらが気づかないなんてことがあるんだろうか。何しろ、イリヤはこの容姿だから商店街じゃそれなりに目立つはずだから。
 ……終わってから考えを巡らせても、仕方ないことだよな。結論として俺は拉致されて、今ここにいるんだから。ああ、我ながら情けない。
「……何の、ために」
 少なくとも、今動くことはできない。俺ひとり動いたところで、またイリヤの魔力に囚われることは目に見えている。イリヤがさっき言った通り、俺は魔術防御が弱いんだろう。だから、自力で脱出するのは多分無理だ。
 情けないことだけど、セイバーや弓ねえが助けに来てくれるのを待つしかないらしい。
 だったらせめて、少しでも情報を手にしたい。そう思って俺はイリヤに問うたのだけど。
「もうすぐ、セイバーもアーチャーもユミも消えて無くなっちゃうんだよ。当たり前よね、わたしのバーサーカーに敵うサーヴァントなんて存在しないんだから。そうしてわたしは、聖杯戦争の勝利にまた一歩近づくの」
 無邪気な笑みを浮かべたまま、イリヤは残酷な言葉を当たり前のように口にした。
 セイバーも、アーチャーも、そして弓ねえもみんな、バーサーカーの餌食になるのだと。
 幼い子どもは平気で残酷なことをやることがあると言うけれど、これはいくら何でもやりすぎだろう。けれど彼女は、それが当たり前の世界に生きている。それが、恐ろしい。
「シロウは優しいから、そんな場面見ちゃったら悲しくて悔しくてしょうがなくなるもん。だからその前に、わたしのものにしてあげようかなー、なんてね」
 一瞬だけ、赤い瞳が冷たい光を宿す。俺を見つめるイリヤの表情はその外見よりもずっと大人っぽく、そして威厳のある魔術師のもので。
 その彼女の手が、俺の頬をゆっくりと撫でた。瞬間、全身の神経がまるで凍り付いてしまったように温度を失う。俺の身体は一瞬、俺の意識を受け付けなくなった。多分、イリヤの魔力によって。
「……っ、ふざけるな」
 引きつった顔の筋肉を動かしてせいいっぱい睨みを利かせてはみるけれど、しっかり拘束状態の俺ではカッコつけにもなりゃしない。ほら、イリヤだっておかしそうに笑ってるじゃないか。俺の顔を両手で包み込んで、勝ち誇ったように。
「やだぁ、ふざけてなんかいないわよ。今は聖杯戦争の真っ最中で、わたしとシロウやリンは敵なのよ? 敵をコロスのは当たり前じゃない」
「……っ」
 確かに、彼女の言うとおりだ。
 俺と……俺たちとイリヤとは、聖杯を手に入れるための戦争を繰り広げている真っ最中。
 彼女は、俺たちにとっては倒さなければならない敵……バーサーカーを操るマスター。
 コロスまではいかないけれど、最低限バーサーカーを倒さなければ俺たちに先はない。
 だけど、前に戦ったときはこちらがサーヴァント3人がかりだったのに、まったく歯が立たなかった。俺はろくな戦力にもなれなくて、上下の半身が泣き別れになりかけた。
「シロウをコロサナイのは、単純にわたしのわがまま。生命があるだけありがたいんだからね、感謝してよね」
 己のサーヴァントであるバーサーカーの実力を信じて疑わない彼女は、無邪気に言葉を口にすると俺の額を軽く指でつついた。
 無邪気な笑顔は、裏を返せば殺人に罪悪感を持たないことの証明。彼女はそうあるように育てられたんだ。この聖杯戦争を勝ち抜くために。
「……殺せ、って言ったら殺すのか?」
「そうねー。ま、少なくともセイバーやリンたちの方が先だけど」
 あっさりとイリヤは言ってのける。そうでなければ、こんな風に笑って誰かを殺すことを口にするなんてできないだろう。
 魔術師という奴は、こう思考の方向性とか倫理観とかが普通の人間とは違うものらしい。まあ、俺もたいがい考え方はずれてるらしいんだけど。たまに2人の姉貴から指摘されることがあるからなあ。
 ……ああ、そうか。だから親父は、俺に魔術の道を進ませたくなかったのかもしれないな。ただでさえ他の人と考え方がずれている俺を、魔術師というある意味まるで違う方向へと進ませたくなくて。
 きっと親父は、大火災で焼け出された俺に魔術とは関係のない、普通の道を歩んでいって欲しかったんだ。その割に姉貴とか姉貴とか姉貴とか、『方向性がずれる要素』を周囲に残していってくれたけど。
「お兄ちゃんはもうわたしのものだから、勝手にお城を出たりしたら許さないからね?」
 そんな俺の思考を読んだのか読んでいないのかは分からないけれど、イリヤはにぃと赤い目を細めた。俺の顔を一度覗き込み、そのまま部屋を出て行く。

 白い背中が厚い扉の向こうに消えると、何となくだけど室内の空気が軽くなったような気がした。そこでやっと俺は、はぁと大きく息をつくことができた。緊張しすぎて、うまく呼吸ができてなかったのかもしれないな。
 それにしても。
「……許さないって言われてもな……」
 イリヤが最後に残した言葉を口の中で反芻しつつ、俺は腕を固めている縄を外しにかかった。例えイリヤが許してくれなくったって、俺はここを出て家に帰らなきゃならない。衛宮の家にはきっと、待ってくれている人がいるんだから。
「……がっちり固めてくれてるなあ、ったく」
 焦っても縄が外れるわけではないから、まずは解析を試みる。……あー、大体の構造と外すためのポイントは分かった。ってーか、もし金属製の手錠とかで固められてたら逃げられなかったよなあ。変に甘く見られてるのかな?
「投影開始……っと」
 そんなことを考えてる暇がないだろうと思い直して手の中にナイフを投影する。手首から先はどうにか動かせるのだけれど、解析で見つけたポイントに刃を当てるのはさすがに後ろ手ってこともあって少し怖い。
「む、よ、は……いてっ」
 きしきしきし、と何度か刃を往復させているとぷつりと感触がした。同時に、ぴしりと肌を切る感覚も。あーやっちまった、と考えるより先に俺は手を動かして、無理矢理に縄をはぎ取った。瞬間、切れた個所を縄で擦ったらしく痛みが走る。
「あだっ!」
 ばらりと解けた縄を腕を大きく振るって払い落とし、痛んだ場所に目を落とした。手首の、太い血管からは少し離れた場所。じんわりとにじんだ血が、ぽとりと床を覆う絨毯の上に落ちる。
 ああ、弁償なんてことになったら洒落にならないな。いや、そうじゃないだろう、衛宮士郎。
「……あー、ほんとに治りやがった」
 見ている前で、傷はゆっくりとその姿を消した。元々大したことのない怪我だけど、こうやって治るのを目の当たりにするとあまり気分の良いもんじゃないなあ。とりあえず、残った血を拭き取ろうとして室内をくるりと見渡し、その調度に俺は絶句した。
「……」
 いやー、度が過ぎるほどの金持ちってすごいな。姉貴と趣味の方向性は微妙に違うんだけど、それでもこの子ども部屋に存在する全ての調度品がとんでもなく高価なものばかりであることくらいは俺にだって分かる。それでいて全てが調和して落ち着いた雰囲気を醸し出していて。
「……でもやっぱ、どこか子どもっぽいんだよなあ」
 ま、ベッドの上に転がっている大きなぬいぐるみなんかから察する限りここはイリヤの部屋だ。子どもっぽくたっておかしくはないんだよな。
 イリヤはこの部屋で、1人で眠っているんだろうか。いや、きっとメイドさんとかいるんだろうけどさ。それでもやはり、何だか寂しいのかもしれない。
 かといってあのバーサーカーが添い寝してやる図、なんてのは大変に勘弁して欲しいけどなー。

「……ん?」
 一瞬、部屋の外から誰かの気配がしたような気がした。イリヤが戻ってきたんじゃない、というのだけは何となく確信できる。だってほら、扉の外で何だか戸惑っているじゃないか。
「ここで良いのだな?」
「ええ、間違いありません」
 って、この声はアーチャーとセイバーか。もしかして、助けに来てくれたのかな?
 慌てて向かおうと立ち上がったところで、ばたんと激しい音を立てて勢い良く扉が開いた。一番に飛び込んできたのは、豪奢な金の髪をなびかせた姉上。
「士郎! 無事かっ!」
「え、あ、うわっ!」
 もぎゅ。
 暗い、息苦しい、というのが最初の感想。その次にしばらく空白があって、それからやっと俺は自分の顔に何がぶつかっているのかを理解した。
「ゆ、ゆみねえ、た、たのむはなせっ、くるひい」
「む? おお、済まぬ。苦しかったか」
 俺の頭をがっちり捕まえていた腕をタップすると、素直に弓ねえは放してくれた。……俺だってそれなりに年齢相応の性欲は芽生えてるんだから、いくら姉でも胸を押し付けてくるのはどうかと思うぞ。というか、胸に埋もれて窒息死なんて嬉しくない。まったくもって嬉しくないと断言する。
「ユミ、我々は敵地に潜入しているのですからもう少し静かにしていただきたい!」
「いやもうバレてるんじゃない? 相手はアインツベルンだし」
 どうにか酸素を肺に取り込めたところで、セイバーが部屋に入ってきた。何だかおかんむりに見えるけど、なんでだろう。で、その更に後からやってきた遠坂は半ばあきらめ顔。まあ、俺もイリヤはもう気づいてるんだろうなと思ったけどな。
 気づいていて、何もしてこない訳がない。
「む……済まぬな。可愛い弟を案じておるとつい周囲に意識が向かぬ」
 一方、弓ねえはそんなことお構いなしにセイバーの顔を見て笑う。そうでなくても姉貴はあまり周囲に意識を向けないだろ、というツッコミを入れたくはあるが、そうしたら次は本気で三途の川のほとりに立ってそうだからやめた。
「いくら可愛い弟とはいえ男性の頭を、そ、そのはしたない胸に押し付けるなど何と破廉恥な。味方でなくば、速攻斬っているところです」
「我の胸を切り落としても、そなたの胸が膨らむわけではあるまいに」
「だからやめなさいよ、あんたたち。そう言った話は士郎の家に帰ってからにしてくれない?」
 口論がヒートアップしかけたところで、遠坂が強引に割り込んで話を止めてくれた。ありがとう遠坂、さすがに胸の話に俺が口を出したら後がややこしくなるからな。まあ、姉貴が大きいのがいいか小さいのがいいかとふて腐れるレベルなんだけど。……遠坂、自分に火の粉が飛んでくることを恐れたのかもしれないな。
 まあ、そういったしょうもない話題での口論も家ではしゃいでる分にはいいんだけど。今はぶっちゃけ敵陣中枢部だからして、さすがにやばいだろ。
「この大たわけが。無事なようだな」
 一瞬険悪になった空気を読まず最後に部屋に入ってきたのは、まあ想像通りアーチャーだった。セイバーや遠坂の背中を守っててくれたんだろうな。さすが、気が回るというか。
 ……確実に俺の前世じゃないな、うん。もしそうなら、俺ももう少ししっかりできているような気がする。
「ほんとに大たわけだな。ごめん、ありがとう」
「……む」
 だから、素直に謝って礼を言う。と、何だかこう、ものすごく複雑な顔をされた。……ああそうか、アーチャーだけを対象にしちゃ駄目だよな。みんな、来てくれたんだから。
「遠坂、セイバー、それに弓ねえも。迷惑掛けてごめん。それと、来てくれてありがとう」
「たわけ者。姉が弟を案ずるは当然のことぞ。だが、礼儀をわきまえておるのは姉として喜ばしいの」
「謝罪も礼も要りません。私はシロウのサーヴァント、主を守るために動くのは当然のことです」
「まったく、セイバーもお堅いこと。私はそのくらいの謝罪じゃ納得しないんだからね?」
 ……誰でもいい。素直にどういたしまして、と答えてくれないものか。これは贅沢な悩みなのか?
 いやまあ、全員悪気があってのことじゃないって分かってるんだけどな。ま、俺の回りで素直な答えを返してくれる相手って言えば藤ねえか桜、それに一成と美綴ってとこか。ああ、全員聖杯戦争には関わりのない連中ばかりだ。魔術師やサーヴァントって、基本的に性格曲がってるものなんだろうか。
「まあよい。そこなアーチャーもそなたを案じておったしの。とっとと帰るぞえ、士郎」
「む」
 そんな中では付き合いが長いせいか一番分かりやすい姉上が、話を切り替えてくれた。途端、アーチャーの眉間に深いしわが寄る。おいおい、あからさまに嫌がるなよな。
「誰が誰の心配をしているというのだ、弓美」
「そなたが、士郎の心配をだ。何、そなた己が何を考えているかも分からぬほどモウロクしておるのか?」
 にやにや笑う姉貴の顔は、俺をからかっているときと同じ顔だった。……ってことは、今目の前でふて腐れてるアーチャーの顔はからかわれているときの俺の顔、なんだろうなあ。
「と、とにかく、城を出よう。イリヤが何を仕掛けてくるか、分かったもんじゃない」
 気分を切り替えるためにも、俺はそう言って立ち上がる。アーチャー以外の全員が、不承不承だけど頷いてくれた。

 そのまま、何の妨害もなしに俺たちは玄関ホールまでやってきた。
 ……玄関、だよな? なんか、ここだけでうちの母屋くらいらくらくと入りそうなもんだけど。
「いや、さすがに母屋は入りきらないぞ。土蔵ならば余裕で入るのだが」
「人の心読んだような台詞を言うなよな、アーチャー」
 この辺りのやり取りが、アーチャー俺の前世疑惑の出所なんだろうなあ。変なところで思考が一致するし、料理の手順なんかもツーカーだし、弓ねえに弱いし、俺が前髪上げたらアーチャーに似てるし。
「出て行くとき専用の罠もなさそうだし、さっさと出ちゃいましょ」
「そうですね。シロウ、リン、私が先導します」
 遠坂とセイバーはお互いに顔を合わせて頷く。何だか、セイバーが遠坂のサーヴァントみたいだ。じゃあアーチャーが俺のサーヴァント? 御免被る。
「アーチャー、殿を頼むぞえ」
「分かっている。先に行きたまえ」
 ダブルアーチャーの方も、何だかんだで息が合っている。置いてきぼりな自分が、昔はそうでもなかったんだが今は少し寂しい。
 寂しいと思えるってことは、俺はこいつらと一緒にいる時間が楽しいってことなんだろうな。
 俺にも楽しいって感情、あったんだな……なんてことを考えてたら、突然目の前に弓ねえの顔がドアップで現れた。いい加減慣れたのか、あまり驚いてない自分がここにいる。こういう慣れもどうだろうとは思うけど。
「これ。何をぼうっとしておる? 士郎よ」
「え? あ、ごめん」
 あー、もうすぐ外とはいえまだ敵陣内でぼんやりしてたらしい。まったくこんな時に、俺はどうしようもないよな。だからイリヤに拉致られるんだ。しっかりしろ、衛宮士郎。
「まったく……そら、行くぞ」
 姉貴も説教している場合じゃないと分かってくれたのか、素直に身を翻す。その割に、しっかりと俺の手を引っ張ってるけど。彼女も早いところ、敵であるイリヤの懐からは出てしまいたいんだろう。
 既に扉は開かれていて、その外には暗い光景が広がっている。ああ、もう夜なのか。そりゃあ、商店街に行ったのが夕方だったからな。冬の日は落ちるのが早いっていうし。
 さあ、早くここを出よう。イリヤが怒るかも知れないけれど、それは仕方のないことだし──

 ──お兄ちゃんはもうわたしのものだから、勝手にお城を出たりしたら許さないからね?

 ずきん。

 急に、目に見えない何かに胸を締め付けられた。ぎりぎりと全身が縛られて、息ができなくなる。俺はそのまま動けなくなって、その場にうずくまってしまった。
「が、ぐぁ……っ!?」
「士郎!? 如何したか!」
 姉貴の声が耳に届く。けど、答えられない。答えようと吸い込んだ息が肺に入らない。
 苦しくて胸を掻きむしりたくなる。そう思って胸元を押さえた手は、弓ねえの細い手でがっちりと掴まれた。
 窒息って、こんなに苦しいんだな。だめだ、声が出ない。助けも、呼べない。
「まずい、早く外に……」
「違う、凛! 外に出すな!」
 遠坂の指示を遮るように、アーチャーが怒鳴りつけた。そのまま俺はがっしりとした腕に捕まえられて、手を掴んでいる弓ねえごと扉から引き離される。そうして、床に倒れ込みかけた俺の身体は弓ねえの膝の上。おかげで、したたかに背中を打たなくて済んだ。
「……は、ぁ……」
 気がついたら、少し息が楽になっていた。足りない酸素を必死に吸い込むと、まだ胸は痛む。あー、酸欠でくらくらするのも相まって立てないや。
「士郎、大丈夫か?」
「なん、とか……急に、息、つまって……」
 姉貴はやっとのことで俺の手を離してくれた。その代わり、反対側の手で頭を撫でてくる。どうも、これやられると照れくさくなるんだよな……姉貴が俺のことを心配してくれてるのは分かるんだけど。でも、苦しいのが少し紛れるような気がしたから、いいかな。
 と、がつんと床を蹴る音がした。音の主であるところの赤い衣装のサーヴァントは、俺をちらりと見下ろすと腕を組んだ。……あれ、何か怒ってる? 俺に?
「ここを出ようと扉に向かったところで苦しみだし、扉から離れたら楽になった。ふん、下らん真似を」
「どういうことですか? アーチャー」
 セイバーの問いに、アーチャーはふんと鼻を鳴らした。何だろう、あいつが怒っているのは俺じゃないのか。
「『衛宮士郎が城の外に出る』ことが許されていないようだ。場所ではなく、こいつに呪がかかっている」
「ギアスか。……相手も魔術師だったわね。抜かった」
 遠坂の言葉に、俺はああそうか、と納得が行った。
 イリヤが俺を軽くしか拘束しなかった理由。
 セイバーや弓ねえたちが自分の砦に侵入してきたのに、迎撃しなかった理由。
 ギアス……つまり、俺に呪いをかけることでイリヤは俺を魔術的に拘束していたわけか。
 あの扉から一歩でも外に出れば、俺の心臓はその場でぴたりと止まっていたんだろうな。

「なーんだ。引っかからなかったんだ。つまんないの」

 イリヤのそんなつまらなそうな台詞が、俺の推測を間接的に肯定していた。まあ、そろそろ来るとは思ってたけどさ。
「悪い子ね、シロウ。言いつけを聞かないからこうなるのよ」
 奥の廊下から、いつの間にか彼女は姿を現していた。ぱっと見た限りでは1人しかいないけれど、彼女の背後からは隠しきれない存在感が溢れ出ている。そこにはきっと、彼女の従者が控えているんだ。
「黙れ。きったないことやらかしてくれるじゃない? イリヤスフィール」
「ふふん。シロウにも言ったけど、もうすぐあなたたちは消えて無くなっちゃうんだから。その前にシロウを保護してあげただけの話よ? 感謝して欲しいくらいだわ」
「シロウを連れて出たいなら、交換条件が無いわけじゃない。これでもわたし、優しいんだよ?」
 彼女はそう言って無邪気に笑う。だけど、彼女の言う『優しさ』は俺たちの考える優しさとは次元が違う。方向性が違う。
「サーヴァントの生命をひとつ、ここで消しなさい。それでシロウは解放される」
 だからこそ、彼女はそんなことをあっさりと言ってのけるんだ。
 俺か、セイバーか、アーチャーか、──弓ねえか。
 この場合選択肢として除外されている遠坂だけど、彼女は聖杯戦争に参加している魔術師の1人でアーチャーのマスターだ。イリヤにしてみれば、『邪魔だからコロス』対象だろう。
 要するにイリヤは、この場で誰か死ねと言ってる。そこに、全員が生き延びるという選択肢はない。
「だって、最終的にわたしのバーサーカーが勝つことは決まってるんだもの。それなら、過程を楽しんだっていいじゃない?」
 だって彼女は、最終的にバーサーカーを除いたサーヴァントを全て倒す……殺すと言っているんだから。その過程で邪魔になるのであれば、例えそれがサーヴァントを失ったマスターであったとしても容赦はしない、とあの赤い瞳は主張している。

「何じゃ。簡単なことではないか」

 一瞬だけしんと静まりかえった空間に響いたのは、弓ねえの声だった。どこかつまらなそうに顔をしかめ、腕を組みながらイリヤを見つめて……いや、睨み付けている。それでも、俺の頭を撫でる手が止まらないってのはある意味すごいと思った。そのおかげで、俺は安心していられるから。
「小娘。要するに誰でも良い、サーヴァントが1人くたばれば良いのであろう?」
 彼女の言葉には、嘲笑の響きがこもっている。それに気づいたのか、イリヤがぎりと歯を噛みしめた。握りしめた拳から、血の色が消えている。対照的にその幼い顔は、多分怒りのせいで赤く染まっていた。
「そこなウドの大木を屠れば良い。そやつもサーヴァントなのだからな」
 くい、と姉貴が顎で示したその先に、空気からにじみ出るように巨体が出現した。白い少女の背後に佇むのは彼女のサーヴァント──バーサーカー。
 言われてみれば、『サーヴァント1人』の条件にはあれも当てはまる。まさかイリヤ、バーサーカーだけは例外とかそんな細かい条件付けたりしてないよな?
「確かにユミの言うとおりだけど。でも、わたしのバーサーカーを殺すより例えばあなたが死ぬ方がずっと楽で早いわよ?」
 ありがたいことに、そこまでイリヤは考えてなかったみたいだな。だけど確かに彼女の言うように、バーサーカーを倒すのは骨が折れる。と言うか、俺は本気で死にかけた。
「はん。こっちの誰か1人が消えて城から出られても、どうせバーサーカーで追いかけてくるんでしょ」
 だけど遠坂は、弓ねえの言葉に乗ることにしたらしい。指の間にずらり、と宝石が並んでいるのがちらりと見えた。ああ、魔力がたっぷり詰まっているな。あれが遠坂の武器、か。
「ならば、いっそここで決着をつける……か。いずれ戦わねばならん相手だ、ここでやるのも悪くはない」
「なるほど。敵サーヴァントが一騎減り、我がマスターは解放される。大変魅力的な提案です、ユミ」
 アーチャーの両手に干将莫耶が現れた。セイバーも見えない剣を握りしめる。2人とも完全に臨戦態勢だ。
 本気で、この場で、バーサーカーを倒すつもりだ。俺が馬鹿だったせいで、十分な準備もできないままに。
「ふんだ。この前だって、このメンバーでかかってきて敵わなかったじゃない」
 そうして、抵抗を決めた遠坂たちを前にしてイリヤは、本当に子どもっぽくふて腐れてみせた。自分のわがままが通らなかったからと言って頬を膨らませるのは、確実に彼女の内面が子どものままだから。外見だって子どもだけどさ。
「せっかくここから出してあげようと思ったけど、やーめた! あなたたちには全員、ここで死んでもらう」
 細い腕をぶんと振り、イリヤは数歩後ろに下がった。彼女と入れ替わりに一歩、たった一歩だけバーサーカーが踏み出してくる。それだけで、ホールの空気がぞくりと冷えた。
 絶対的な死の気配が、室内が凍り付きそうなほどにその温度を下げたのだ。
「やれるものならやってみせよ。その前に、我らがそのデカブツを屠る」
 そんな中で、弓ねえだけはいつものように偉そうな口調を通す。白い手と赤い目はイリヤと良く似てるのに、弓ねえのそれはとても暖かい。見慣れているからなのか、弓ねえだからなのか。
「士郎、案ずるな。姉がそなたを守り通してみせよう」
「……弓ねえ、俺も……」
 だけど、俺だけが見ているわけにはいかない。だから、無理矢理に身体を起こそうとしたのだけれど……その身体をあっさりと、姉貴は細腕で押さえ込んだ。この辺、さすがはサーヴァントって言うべきか。
「未だ本調子ではあるまい? そなたはここで、我らの勝利の見届け人となれ。良いな」
 そうして、俺には笑顔を見せながら姉はそんな言葉を口にした。そうして、ひょいと俺の身体を抱え上げると壁際まで運んでいく。本気で姉貴は、俺に戦わせないつもりかよ。
 ごめん。本当に、ごめん。
「あら、そんな不可能なこと言い切っちゃっていいの? シロウはあなたたちの最期を看取ることになっちゃうのよ」
 イリヤにあんなこと言われるのは、俺がどうしようもない役立たずだからなのに。
「はっ、小娘が」
 それなのに弓ねえは、もう一度俺の頭を撫でてくれた。そうして俺を置いて立ち上がった姉上の豊かな金の髪を掻き上げる仕草は優雅で、それなのに力強く見える。
「そなたは何も分かっておらんようだな」
 俺の方から、弓ねえの顔は見えなくなった。だけど多分、自信に満ちた笑顔なんだろう。その気迫に圧されたかのように、イリヤが一歩退いた。
 セイバーを右手側に、アーチャーを左手側に、そして遠坂を己の背後に従えて、弓ねえは名乗りを上げる。まるで、世界に君臨する王のように。
「我は衛宮弓美。衛宮切嗣の娘にして衛宮士郎の姉、そして先の戦にて召喚されたアーチャーのサーヴァント。共に肩を並べるはセイバーと此度のアーチャーのサーヴァント、そして冬木の管理者たる赤の魔術師ぞ」
 姉貴が軽く腕を振ると、その手の中にグラムが出現する。
 あれは、どこか異空間にしまわれていたものが弓ねえの呼びかけに応じて姿を現したものだ。俺は半ば第三者的な立場からその光景を見ることで、それをやっと理解できた。
 どこかに武器庫……いや、宝物庫のような異空間を、姉貴は持っているんだろう。きっとそれが、弓ねえの英霊としての能力なんだ。
 そう言えば弓ねえ、コレクション癖があるんだよな。変に何かのカテゴリにこだわって、金に任せて集めまくるんだ。
 それがもし、彼女が本来持っているはずの能力に起因するものであったなら。

 英霊になった……いや、なる前から金の姉が集めていたものは──きっと、宝具。

「そなたらごときに負ける要素など、微塵もないわ」
 凛とした声が、広いホールに響く。
 サーヴァントだったときの姉貴の姿なんて知らないはずなのに、俺には真紅のマントを翻した姉貴の姿が見えたような気がした。

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
 バカな……ッ、更新だとぅっ! 我が軍、全滅ッッ! 3分掛からずにか(挨拶)
という訳で戦闘パートに入る前菜な今回ですが、うーむ、あんな姉が欲しい(ぇ
イリヤと弓ねぇってやっぱり基本的な骨格を類似化した上でのアンチテーゼに見えます、私が捻れた見方をしてる可能性の方が大きく、また、前からそうだよと仰るならばぐうの音も出ませんが。
士郎君の生き方に沿ったシーンの描き方等お見事です、やっと弓ねぇ分補給出来て幸せー、な感じです(
それでは次回も楽しみにしてます、どうかご自愛くださいませ。
lostlifer
2010/03/23 11:07
なんという贅沢決戦。

不安要素は前話でこの姉も記憶操作にかかってるっぽいところですが…
さてどう展開しますやら。

#こんな姉…居たらなんだかんだで疲れそうだなぁ(ぇ
ユーレカ
2010/03/25 01:49
lostliferさま
 コンスコン乙。……じゃなくて、ご無沙汰しております。

>イリヤと弓ねぇってやっぱり基本的な骨格を類似化した上でのアンチテーゼに見えます
言われてみればそうかもしれません。士郎の姉はあと藤ねえがいますが、各々どこか対照的なんですよね。

ユーレカさま
 贅沢……かもしれませんな。しかし、普通に戦うとこれでもかつかつな辺りがヘラクレスの恐ろしさ。

>不安要素は前話でこの姉も記憶操作にかかってるっぽいところですが…
元々記憶喪失なところがあるので、反動は多少ありますね。

>#こんな姉…居たらなんだかんだで疲れそうだなぁ(ぇ
この手は見るだけ、に限ります。ええ。
Shunki
2010/04/03 11:23

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Fate/gold knight 20 Shunkiのぼちぼち記/BIGLOBEウェブリブログ
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